いるはずのない、存在。

 あってはならない“歪み”。



 それが、確かにそこに在った。





Another Name For Life

第29話  異界の喚び声 前編






 武器も首尾よく手に入ったことだしと、使い勝手を試すために、達は街の外の林を目指した。
 再開発区でもよかったのだけれど、どういうわけか今日は妙に周辺の人通りが多く、落ち着かないということで街の外に出ることになったのだ。



 木々の合間を抜け、ひらけた場所に出たところで、ショウは改めて腰から下げていた剣を抜いた。



「太極剣てさ、具体的にどういうモノなの?」

「突きの動作に使うのが中心だね。
 刀みたいに振って使うことも出来る。
 そういう場合は、重さで叩き斬るようないわゆる西洋剣とかと違って、斬ることに重点が置かれた作りになってる。感覚としては、サーベルに近いかな。
 もっとも、“太極剣”って言うもの自体は演舞とか型の要素が強いってんで、オレが教わったのは師匠の我流。実践向きに改良されてて、そっちは“振る”動作も多用されるんだ」



 話しながら、各々身体をほぐしたりして準備を整える。

 しばらくしてから、とショウが互いの剣先を触れさせられる程度の距離をとった。
 ひとまずは見物のバルレルも、二人の間合いから離れる。



 一陣の風が、吹き抜けた。
 梢のざわめく音がする。



 その音が、止んだ。

 同時に、二人が動く。



 キィィィンッ!!



 金属同士がぶつかり合う鋭い音が響いた。
 そのまま何度も繰り返される打ち合いの音に、両者の実力の近さが窺える。



「へぇ、意外とやるじゃんか!
 術師だからこっち方面はそんなでもないと思ってたよ」

「まぁ、伊達にしごかれちゃいないモンでね!」



 会話を交わすことが出来る程度には、互いに手加減も出来ていたし、余裕もあった。



 だからこそ、“異変”にも早くに気づくことが出来たのだ。



「「――――!?」」



 周りを取り巻く空気の質が、変わった。



「おい、何か変だぜ!
 妙な気配がしやがる!!」

 バルレルの警告に、もショウも剣を構え直す。
 見物人だったバルレルももう既に槍を手に臨戦態勢だ。



 それを待っていたかのように、周囲の景色の一角が歪んだ。



「…………あれは、まさかッッ!?」



 が、思わず驚愕の声を上げた。



“歪み”から現れたのは、彼女のとても見慣れた“モノ”だった。



 元の大きさの三倍はありそうな、深紅の骸骨。
 腰から下が黒い薔薇の花に変じている、見た目は美しい女。
 翼にのみ羽を残した、骨だけの鳥。
 銀色に鈍く光る身体から緑色の気体を噴出している屍。

 それらが大勢現れ、三人を取り囲んでいた。



「なんで、こんな所に……こんなに大量に、悪魔が……!?」



 ショウも、驚きと動揺を隠せない。
 ただひとりバルレルだけが、訝しげにとショウを見ていた。

 は、いつも手放さないリュックからアーム・ターミナルを取り出して左腕と右側頭部に取り付けた。このあたりの動作はさすがに手馴れているようで、とても素早い。

「デビルアナライザ起動、データ照合……」

 口の中で小さく呟く。
 その間も、異形の者達はじりじりと三人に迫ってきていた。



「……邪鬼ガシャドクロ、妖樹アルラウネ、凶鳥グルル、屍鬼コスモゾンビ……

 データと一致した。
 間違いない。やっぱり、私たちの世界の“アクマ”だよ……ッッ!」



 の言葉を聞き、ショウが舌打ちした。



「やっぱり、そうなのか」

「ゴチャゴチャ言ってる暇はねえぞ、テメェら!!」



 バルレルの声に、とショウはハッと顔を引き締めた。



 それと同時に、“アクマ”達も動いた。



 歪んだ色へ変わってしまった空の一部を覆い尽くしそうなほどのグルルの群れが、三人に向かってくる。
 急降下する凶鳥をかわすと、鳥の固まりは空へと上昇し、旋回した。

 低いところに未だとどまっていた一羽を、ショウとバルレルが攻撃を加え、落とした。

 しかし。



「いくらなんでも、多すぎだろうがッッ!!」



 バルレルが叫ぶ。
 そんなものはお構いなしに、グルルたちは再び一丸となって突っ込んでくる。



「――ふたりとも、下がれ!!」



 後ろから飛んできたの声を聞き、ショウとバルレルは振り返り、すぐに飛び退いた。

 それを見届けてから、が凶鳥に向かって構えていた銃の引き金を引く。



 バシュンッという音と共に、細かい光の粒が凶鳥たちへと向かってゆく。
 鳴き声とも、断末魔の悲鳴とも取れる耳障りな声と共に、グルルは次々と地に落ち、ざらりと黒い粒の塊と化し、崩れてゆく。



「――散弾か!?」

 ショウの言葉に、は、口許を持ち上げるだけの笑顔を作った。



光の散弾フォトン・シェル
 威力はそんなに高くないけど、範囲は広い。
 あれくらいの数なら、何とかなるよ」



 あれだけいたグルルを一掃したものを“そんなに高くない威力”だと言うのだから、彼女の基準の高威力とはどれほどの物なのかと思ってしまう。
 そして、“あれくらいの数なら”という物言い。もっと多くの鳥型悪魔と対峙したことでもあるのだろうか。



「あとの連中はみんな火に弱いよ!」
「わかった!」

 応えながら、ショウはジャケットの内側の、腰の後ろあたりを探り、そこに仕込んだ符を数枚引き抜く。



「はッ!!」

 気合と共に、悪魔たちへ符を投げつけると、札は数本の炎の矢となって悪魔の群れを焼き払った。

 だが、それは周りを取り囲む悪魔の一部に過ぎない。
 残った悪魔が、襲い掛かってきた。

「ショウ、次の符は!?」

 剣でコスモゾンビの一体を斬り倒しながらが叫ぶ。
 ショウはジャケットの内側をごそごそと漁っている。



 ふと、その手がぴたりと止まった。



「……………………ない。」

「「はぁっ!?」」



 嫌な汗をだらだら流し、蒼い顔で呟かれたショウの言葉は、ばっちりしっかりとバルレルの耳にも届いていた。



「テメェ、どーすんだよッッ!?」

「んな事言われてもッ!
 こんな大量に火行符が必要な事態が来るなんて思ってなかったんだよ!!」



 今まで戦ってきたのは、街中であったり森に囲まれた湿原であったり。
 とにかくそういう火を多用していいような場所ではなかった。そのため、ショウは最低限の枚数しか火行符を生成していなかったのだ。
 最低限と言っても、そこそこに枚数はある。これだけ大量に必要な、今の事態の方が異様なのだ。



「もうこうなったら、武器で何とかするしかない!
 喧嘩してる余裕があるなら、その分動け!!」

 の怒声に、ショウもバルレルも目の前の敵を減らすことに思考を移した。



――それにしても、多すぎる……!
 一体なんなんだよ、これは……!?――



 今この場に集う悪魔たちは、はっきり言ってしまえばにとっては強敵になりえない者ばかりだ。ひとりで、剣だけで倒すことが出来る。
 しかし数が多すぎて、倒しても倒しても襲い掛かってくる。

 面倒なことこの上なかった。



「何だってんだ、こいつら!
 次から次へと沸いて出てきやがるッッ!!」



 苛立ちの含まれたバルレルの叫びのとおり、開かれたままの空間の歪みからは、次々と新たな悪魔が姿を現していた。



「“異界化”のペースが早すぎる!
 門が開きっぱなしだから、どんどん出てくるんだ……!」

「何とかならねえのか!?」



 バルレルの問いに、ショウは力なく首を振った。



「……“異界化”は、原因となっている悪魔を退治すれば治まる。
 だけど、その原因がわからない以上は……!」



 際限なく出現する悪魔の中から、原因となる悪魔を探すことは難しい。
 倒し続けて、いつかその悪魔を仕留めることもあるかもしれないが、それこそ絶望的な確率だ。
 そもそも、次から次へと現れるこの悪魔たちの中に、その“原因”が存在するのかも怪しい。

 この場の悪魔を一掃できれば、あるいは何とかなるのかもしれないけれど、それは今の自分たちに取れる手段では――――



 そこまで考え、ショウはハッとしてに尋ねた。




 何か広範囲の技を持ってる悪魔は喚べないのか!?」

「ごめん無理!
 マグネタイトが足りないッッ!!」



 生体エネルギー・マグネタイト。

 悪魔が人間の世界で活動するために必要不可欠なそれは、悪魔召喚師が仲魔を呼ぶ際の“代価”である。
 悪魔を倒すと、その骸は黒い砂鉄のような物質を残す。それは通常では目に見えない気体であるマグネタイトの結晶であり、その悪魔が存在するために使っていたマグネタイトの一部だ。悪魔召喚師はそこからマグネタイトを手に入れることが出来る。

 も先程から集めようと試みてはいるのだが、敵を倒すことに追われ、そんな余裕がない。そのため、回収できたのは空気中に漂ったごく微量のもののみだった。



「あーもう、勿体無い!!」



 声は切羽詰っているし、剣を振るう手も止まってはいない。そしてある意味では正しいのだが、どうにも場違いな感が否めない一言が、の口をついた。

 恐らく、新たに出現している悪魔たちは、達が悪魔を倒し、回収できなかったマグネタイトを利用して現れているのだろう。

 しかし、現状ではどうすることも出来ない。理不尽さに対して叫びたくなるのをこらえながら、達は各々に武器を振るった。







「――――ぅわっ!?」

 ショウが、ガシャドクロの放った電撃を浴び、その場に倒れこんだ。剣が手を離れて、地面を転がる。
 その隙をついて、悪魔たちは一斉にショウに襲い掛かった。



「しま…………ッッ!!」



 避けようにも、身体は電撃のせいで痺れてしまっており言うことを聞かない。
 やって来るであろう痛みをこらえるために、地に付いたままの手をぐっと握り締める。

 じゃり、と音を立てて、地面に散らばっていた小石のいくつかが、拳の中に握りこまれた。



 と、その時だった。



 小石を握りこんでいたショウの左手から、光が零れた。



「――――え!?」



 ショウは思わず目を見開く。

 もバルレルも、手を止めてショウの方を見た。



「――これは……!?」

 が言い終わる前に、光が溢れ出した。



 ドォォォォンッ!!



 炸裂音と共に、光が爆発する。
 その眩しさに、達は目をぎゅっと瞑った。

 おさまった頃に目を開くと、歪んで異様な色へと変貌していた空が、元どおりの青空へと変わっていた。もっとも、時間の経過を感じさせるかのように、端の方がうっすらと橙に染まり始めていはいるけれど。
 辺りを取り巻く空気も“異界化”のもたらすどこか重いものではなくなっていた。



「――戻った……!?」



 が、誰に言うでもなく呟いた。



 異界化が、解けた。
 あの光によって。

 でも、“あれ”は確か――――



 が、ショウの方へと目をやり、そして。





「……え?」



 固まった。

 長くなったので前後編で。
 何が起きたかは、お楽しみ。(バレバレかもしれないですが(^^;)

UP: 04.05.13

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