みんな、心は同じ。
彼女を守りたい。ただ、それだけ。
Another Name For Life
第31話 揺るぎない決意
レシィが召喚され、アメルが押さえ込んでいた想いを解き放った次の日。
マグナとトリスは、ギブソン・ミモザ邸の庭に仲間を呼び集めた。
屋敷の主たちの姿は、そこにはない。
「決めたわ。
黒の旅団に、アメルを渡さない」
トリスが宣言した。
「アメルは俺たちが、何があっても絶対に守り抜いてみせる」
マグナがそれに続く。
「…………だとさ?」
フォルテが皆の顔を見回した。
各々、それぞれの思考からくる表情を浮かべている。
誰も何も言わず、にわかに沈黙が訪れた。
「……これはあたし達が勝手に決めたことだから、みんなに無理を言うつもりはないわ」
「みんなは、自分の意志で決めてくれ。
もしも賛成できない人がい……」
べしんっ。
マグナの言葉は、最後まで続かなかった。
ネスティが、彼の後頭部をはたいたのだ。
「ってぇーッッ!!」
マグナが声を上げて頭を押さえる。
さして大きな音が立たなかった割に、けっこう痛かったようだ。
「つくづく、君たちはバカだな」
ネスティは呆れたようにため息をついた。
「ここでケツまくるなら、俺は最初っからとっくに逃げ出してるぜ?」
フォルテがニッと笑った。
「今更知らん振りしてさようなら、なんてあんまりじゃない?」
「そうよっ! マグナもトリスも、私たちがそんなに薄情だと思うの!?」
ケイナも笑っていた。ミニスは、冒険者達とは対照的に憤慨している。
「みんな……」
仲間の温かさに、トリスとマグナは思わず笑顔を浮かべた。
「アメルを守るのは、オレの覚悟で、兄貴との約束だ。
それは、なんとしても果たしてみせるからな」
リューグが、瞳にある種の光を宿らせて言った。
「乗りかかった船だ。
仕方あるまいさ」
ネスティがやれやれといった調子で言うと、その様子に、が笑った。
「素直じゃないなぁ」
「な……誰がッッ!?」
顔を赤くしてムキになるネスティを制しながら、はマグナ達に向き直る。
「言うまでもないよね。私も行くよ。
どっちみち、私はここじゃ他にすることもないんだし」
「ごめんな、」
「いいから、いいから」
は笑顔のまま、すまなそうなマグナの頭を、やや乱暴にわしわしと撫でた。
マグナも、自然と笑みを浮かべる。
「うん……頼りにしてるよ」
「任せといて。
バルレルも、いいよね?」
「けっ、好きにしろよ」
尋ねられ、バルレルはそっぽを向いた。
しかし、咎めたり、心底嫌そうだったりという様子はない。
「ショウはどうする?
レシィのこともあるし……」
トリスがショウを見上げると、ショウは微笑んだ。
「今更聞くこともないさ。オレはトリス達の護衛獣だろ?
お供させてもらうよ、マスター」
芝居がかった調子で言ってみせると、トリスはくすっと笑う。
「ハサハも……おねえちゃんと、いっしょがいい」
「アナタヲオ守リスルノガ、我ガ役目デス。主殿」
ハサハとレオルドも、それぞれに召喚主に言った。
ショウは、レシィの方に向き直り、少しかがんで視線の高さを合わせた。
「ホントに、巻き込んじゃってごめんな、レシィ。
送還の方法を覚えたら帰ってくるから、それまでここに残っててもいいんだぞ?」
レシィには、昨夜のうちに事情を全て話していた。
そのうえで、レシィは首を横に振った。
「ボク、まだご主人様に何も出来てません。
お付き合いさせてください、ご主人様に。
ご主人様のすること、ボクも手伝いたいんです」
決意のこもった緑の瞳を、ショウは正面から受け止めた。
「あぁ。よろしく頼むよ」
「みんな……ありがとう……」
アメルが、瞳を潤ませたまま呟いた。
「……で、だ。
方針はそれとしてな。具体的にどうするよ?」
まとまったところで、フォルテが口を開いた。
「くやしいけど正面からあいつらと戦っても勝てそうに無いのよね」
トリスが、眉根を寄せた。
「だったら、徹底的に逃げ続けるしかないと思うんだ」
マグナがぐっと拳を握り締める。
「それしかなかろうな。
国境を侵している以上、奴らも表だって大きな動きは取れないはずだ」
「小集団の利を活かして、徹底的に引っかき回すってワケか」
作戦の妥当性に、ネスティとフォルテが頷いた。
「街の外で、あいつらが待ちかまえているのは間違いないわよね」
ケイナが、誰にともなく言った。
「待ち伏せは確実にあるだろうな。
だが、連中は僕たちがどこへ行くのかまでは把握できていない。
完璧な包囲はできない。そこをうまくつければきっと……」
具体的にどうするか、までは現状では考え付かない。
けれど、可能性が全くないわけではない。
ネスティが考え込むようなしぐさをした。
「とりあえずさしあたって、目的地はどうするの?
当てもなくうろつくんじゃ、あっという間に捕まるよ」
「そうね……」
の意見はもっともだと、トリスが僅かに空を仰いだ。
「あ、あのっ!」
突如声を上げたアメルに、全員の視線が集中する。
「あたし、前におじいさんに聞いたことがあるんです。
村から山を越えた西に小さな村があって、そこに……
あたしの祖母にあたる人が、暮らしてるって」
「……それ、本当か、アメル!?」
真っ先に声を上げたのは、リューグ。
「リューグは、知らなかったのか?」
ショウが尋ねると、リューグは頷いた。
「あぁ、初耳だ。
多分、兄貴も知らないだろうな。
……で、どうなんだ、アメル」
「事情があって一緒に暮らせないらしいから、今まで黙ってたの。
でも今はもう、そんなことを気にしていられる場合じゃないと思うから……!」
「……決まりね」
ケイナの言葉に、マグナとトリスが頷いた。
「うん、まずはその村に行きましょう」
「それからどうするかは、また話し合って決めればいいんだしな」
双子の召喚師の言葉に、異論を唱える者はない。
「ふたりとも。
先輩達にこの事は話しておくか?」
ネスティの問いかけに、マグナとトリスは顔を見合わせ、それからゆっくりと首を振った。
「……やめとこう。
ここから先は、俺達の力で切り抜けて行かないといけない旅になるんだ」
「不義理だとは思うけど、黙って出発した方がいいと思うの。
これ以上、先輩達に迷惑はかけられないし」
「……そうだな」
ネスティは頷いた。
「出発は、いつにするんだ?」
ショウが問い掛けた。
「出来るだけ、早い方がいいわよね。
でも準備はしたほうがいいし……」
「今日中に出て行くのはよした方がいいんじゃない?
いくら何でも、昨日の今日じゃ、すぐにばれるよ。
黙って出てく意味がなくなる」
の指摘はもっともだった。
「そうだな……
じゃあ、明日。
暗くなるのを待って、ここを発つんだ。
今日は、各自でそれぞれ準備する時間にしよう」
マグナが提案する。
反論は、特に出ない。
そこで各自解散、ということになった。
* * *
「、時間ある?
買出し、一緒に来て欲しいんだけど……」
「うん、構わないよ」
トリスの申し出を快諾し、屋敷を出ようとすると、玄関ホールでショウとばったり会った。
「ショウも、どこかに出かけるの?」
「あぁ、バイト先に挨拶しとかなくちゃと思って」
の問いに答えると、トリスが目を丸くした。
「ショウ、バイトなんてしてたの?
いつの間に……!」
「ここ来てすぐくらいの頃に、たまたまそこの店長さんと意気投合してね。
それからちょこちょこ店の手伝いしてたんだ」
「へぇ。何の店なの?」
「“あかなべ”っていう、ソバ屋だよ」
「えっ!?」
トリスが思わず声を上げた。
「それ、シオンの大将のところ!?」
「あれ、何だ。知ってるの?」
「知ってるも何も、時々行ってるわよ、あたし。
マグナもよく行くし」
トリスは面食らった様子を隠せなかった。
その顔を見て、ショウは笑った。
「そっか。たまたま、オレのいないときだったのかな?
オレもそこまでしょっちゅう手伝いに行ってたわけじゃなかったからなぁ」
「むぅー、ショウが働いてるトコ、見てみたかったよぉ」
心底残念そうにむくれるトリス。
ショウは苦笑してぽんぽんっと軽く頭に手を載せた。
「まぁ、いつか機会はあるだろうから。
気長に待ってくれよ。
それじゃ、お先に」
それだけ言い残して、ショウは扉をくぐっていった。
「なんていうか……」
それまで傍観者だったが、口を開いた。
「世間って、とことん狭いよね」
「……そうね」
* * *
保存食や消耗品などの必需品を買い揃え、とトリス、それにハサハは並んでゼラムの街を歩いていた。
「……えへへ」
「ん、どうかした?」
不意に笑い声を零したトリスに、は首を傾げる。
「なんかさ、こうやって……あたしとハサハとと、三人で一緒って、久しぶりだなって思って」
「そういえば……初めて会って、最初に私の服買いに街に出て以来かもしれないね」
久しぶり、というほどに時がたったはずもないのに。
なんだか、とても遠い日のように感じる。
蒼の派閥で、ハサハを召喚して。
追放同然の任務を言い渡されて。
初めてまともに見た外の世界で、いきなり野盗に襲われて。
そこで、に出会った。
未だに、がどうしてこの世界に来たのか、わからない。
けれど、そんなことは今のトリスにはどうでもいいことだ。
は、何者でも。どこから来て、何があったとしても。
きっと、“”であり続けるのだろうから。
「……トリス?」
押し黙ってしまったトリスの顔を、が覗き込む。
それに気づいたトリスが、ハッと顔を上げ、笑顔を作った。
そして、荷物を持っていないの右腕に、ぎゅっとしがみつく。
「わ、どうしたのさ?」
「ん〜、なんとなくっ。
と一緒にいられて、楽しいなって」
にっこり笑ってそう言うと、も頬を緩ませた。
「そっか、ありがと。
私も、トリスと一緒にいるの、楽しいよ」
「へへ……」
「でも、本当にどうしたのさ、急に?」
が首をかしげると、トリスは拗ねたように唇をとがらせた。
「だって、最近ってば、ネスとばっかり一緒にいるんだもの。
ネスばっかり独り占めで、ずるいじゃない」
他でもないトリス自身が、その原因をつくるきっかけをしょっ中与えていることは、この際無視。
実は、からそれなりの反応が得られることの方に、期待していた。
が。
相手はである。
そんな小細工などが通用する相手ではない。
致命的なまでに、彼女は『そちら』の方面には疎いのだから。
「え、そうかな?
ショウとかバルレルとか、あと朝稽古のときなんかにリューグとかともよく一緒だけど」
はきょとんとしてトリスを見た。
半ば予想したとおりの、トリスの求めるものとは違う反応に、トリスは小さくため息をついた。
――まぁ、このくらいの方が、やり甲斐はあるかな?――
トリスは、そう思ってにっこりと笑ってみせた。
わけがわからず、は首を傾げるだけだった。