見通せないものも、ある。
Another Name For Life
第32話 映らない真実
繁華街の一角で、あるものが目に入り、は足を止めた。
トリスがそれを見て、呼びかける。
「どうしたの?」
「いや、あれ……」
指さした方に目をやり、トリスはそこに何があるのか気がついた。
「あぁ、メイメイさんのお店ね」
「?」
「占い師のメイメイさんのお店よ。
……とうぶん来られないだろうし、寄ってみよっか」
トリスはそう言って、返事も待たずに行ってしまった。
はハサハと顔を見合わせ、ハサハに手を差し伸べた。
「……行こうか」
ハサハが頷いてきゅっと手を握ったところで、もトリスの後を追った。
* * *
「あらまぁ若人、いらっしゃぁい」
独特の雰囲気を持つ内装の店に入ると、主人と思われる女性がヒラヒラと手を振った。
「こんにちは、メイメイさん」
トリスが挨拶をした。
も軽く一礼し、改めて、メイメイと呼ばれた女性を見る。
細い銀のフレームの丸い眼鏡をかけ、左右に結い上げたおだんご頭に、チャイナドレスによく似たデザインの、胸元の開いた赤い服を着ている。店同様に、彼女の格好も個性的だ。
ヒュッと尖った耳と、頭に生えた龍のような二本の角が、彼女が“人間”でないことを示していた。
間延びした口調に、赤い顔。
手元に置かれた
瓢箪を見るまでもなく、酒を飲んでいたのが窺える。
「今日は忙しいんじゃないの?
なのに、こんな所で油を売ってていいのかしら」
メイメイが笑顔を崩さずに言った。
「あはは……やっぱり、わかっちゃってる?」
「あったり前よぉ。
なんたって、このメイメイさんは凄腕の占い師なのよぉ?」
自信たっぷりに胸を張るメイメイの姿に、も思わず笑みを零した。
「…………ん? そっちのアナタ、見ない顔ねぇ」
ふと、メイメイがに視線を移した。
おどけた調子とは裏腹に、こちらを見透かすような光を秘めた視線に、自然との身体が警戒心で強張る。
トリスはそんなの様子には気づいていない。ハサハは、つながれたままの手から伝わるものを感じ、ぎゅっとつないだ手を握り締めた。
「よ、あたしたちの仲間なの」
「……初めまして」
は短い言葉と共に、軽く頭を下げた。
メイメイはの前までやって来て、ずいっと顔を近づけ、の顔を覗き込む。酒の匂いが、の鼻をついた。
「ん〜〜〜……」
メイメイは何かを考え込むように、眉間に皺を寄せた。
はただじっとして、メイメイの瞳を見つめ返していた。
「あなた、随分と変わった魂を持ってるのねぇ」
「はぁ……?」
言葉の意味が分からず、曖昧に返事をすると、メイメイが笑った。
「にゃはははは。そんなに緊張しなくていいのにぃ。もっと楽にしなさいな。
確か、だったわね。
うちは、初めてのお客サマは特別にタダで占ってあげてるの。
折角だから、何か見てあげるわよぉ?」
「……何でも、いいの?」
「もっちろん。
運勢だろうと何だろうと、シルターン式の占いでばっちり占っちゃうんだから。
にゃははははっ♪」
笑っているメイメイを前に、は手を口もとに当てて考え込むようなしぐさをする。
たっぷり三つ数えるくらいの頃に、は口を開いた。
「じゃあ」
「はいはーいっ!!
の恋愛運、見てあげてくださーいっ!!」
当人の言葉を掻き消して、トリスが明るい声で言った。
「え、ちょ……トリスっ」
「お安い御用よん。
それじゃ、こっち来てちょうだいな」
「はーいっ♪」
「待てやあんたら。」
占われる対象が、完全に置いてきぼりである。
こういうときのトリスは、止めようがない。は潔く諦めて、メイメイの正面に、赤いクロスの敷かれたテーブルを挟んで座った。トリスとハサハはその両隣に座る。
メイメイが、テーブルの上に台座を置き、その上に水晶玉を載せた。
「それじゃあ、具体的に何を見ればいい?」
「えーと……じゃ、と一番仲のいい男の人との相性っ!」
「……トリス……」
が脱力しきった声でため息をついた。
そして力なくメイメイに向き直る。
「じゃ、まぁ……お願いします」
「にゃはははは、苦労してるわねえ、若人」
けらけら笑いながら言ってから、メイメイが水晶玉に手をかざし、念じる。
水晶玉の中心に、僅かに光が揺れた。
光が揺らめき、少しずつ水晶玉の中に広がっていく。
……と。
パァンッ!!
「「「「!?」」」」
何かがはじけたような音がして、全員がハッと息を飲む。
メイメイが水晶玉に視線を移すと、そこに先程まで存在していた光は、もう跡形もなく消え去っていた。
「あちゃあ……」
「め、メイメイさん。
今の、何なんですか?」
トリスが恐る恐る聞くと、メイメイは肩をすくめた。
「妨害念波、っていうのが適当かしらねえ。
何か強い力に妨害されちゃって、読めないのよ。
滅多にあることじゃないんだけど……」
言いながら、自分でも首を傾げてみせた。
「えーとつまり、それって、の恋愛運は」
「占えない、って事になるわね」
「えぇ〜っ!?」
トリスがあからさまに不満そうに眉を寄せてぶーたれた。
はどこかほっとしたように息をついた。
そして、すぐに表情を引き締める。
「メイメイさん。
もうひとつ、見て欲しいことがあるんだけど」
「んー……二回目だからお代を、って言いたいところだけど……
これじゃあ、一回目はノーカウントよね。
出血大サービス。タダで見てあげるわよん」
「なになに、何見てもらうの!?」
興味津々、といった様子で肩に手を載せるトリスに、はすまなそうな顔を向けた。
「トリス、悪いんだけど……
ハサハと、先に帰ってくれないかな」
「……?」
その声と表情は、真剣そのものだった。
文句を言おうとしたトリスは、ぐっと押し黙る。
そして、大きく頷いた。
「…………わかったわ。
早めに帰ってきてね。行こう、ハサハ」
立ち上がりハサハを促して、メイメイに一礼をして、トリスは店を出て行った。
その後ろ姿を見送ってから、はメイメイに向き直る。
「じゃあ、見て欲しいんだけど。
昨日、この街の近くの林で起こったこと、メイメイさんは知ってるかな」
含みのある言葉に、メイメイは先程までと違う、引き締まった表情でを見つめた。
「……空間の奇妙な歪みの、ことかしら?」
は無言で頷いた。
メイメイはくすっと笑う。
「今日は面白い日だわ。
こんな質問を、二度もされるなんてね」
「え……」
二度もされる。同じ質問を。
質問する者なんて、あの場にいた者くらいしかないはずだ。
それは、すなわち。
「メイメイさん、ひょっとして」
「ショウのこと? 知ってるわよ。
彼、時々この店に来るの」
にっこりと笑ってメイメイが言った言葉は、驚きもあったが、しかしどこかで予想していたことであり、「やっぱり」という気持ちの方が強かった。
「こっちに来てから着てるあの緑の服、あるでしょ?
あの布をあげたの、私なのよね」
「え、ホントに!?」
これには、さすがのも面食らった。
今日はつくづく世間の狭さを思い知らされる日だと思った。
まさかそんな繋がりがあったなんて。
「にゃはははは、人生何事もいろんな縁で結ばれてるものなのよ、若人。
アナタとショウだって、まさしくそうでしょ?」
「ってことは、最初から私のことも知ってたの?」
「まぁ、噂だけね。
異世界から来たって事と、未来から来た親戚がいるって話は聞いてたから」
「なるほど……」
メイメイには何か特殊な眼力でもあるようなので、ひと目見て、がリィンバウムのものでないことはわかっただろう。
ついでに、同じ血族の者というのは“気”が似通うものだ。メイメイがそれを見て、ショウの話からの正体を知ったとしても不思議ではない。
「……で、話を戻すけど。
その歪みの原因、メイメイさんにはわからない?」
「それがねえ……さっぱり。
ショウにも全くおんなじこと聞かれたんだけどね。原因に関しては、私も調べようがないのよ」
「そうか…………」
異界化の原因を、もしかして彼女なら見抜けたかもしれないと、直感的に感じたのだが。
は小さくため息をついてうなだれた。
「ごめんねぇ?
いかにメイメイさんの占いの腕が確かだとしても、わからないことだってあるってことよ」
おどけた口調でにゃははと笑うメイメイを見ても、の気は浮かない。
「じゃ、最後にもうひとつだけ……
ここから先は、金取る?」
「あぁ、お金じゃなくてお酒でちょうだいな」
「……は?」
「お金で貰っても、すぐに酒代に化けちゃうんだもの。
なら、最初からお酒で貰った方が、メイメイさんうれしいっ♪」
は目をぱちくりさせた。
目の前の占い師は、どうやら筋金入りの酒好きらしい。
「じゃあ……とりあえず、これで」
そう言って、は背負ったリュックの中から、口を金属で塞がれたコップ大の瓶を取り出した。
瓶にはラベルが貼り付けられていて、中は透明の液体で満たされている。
「にゃ!? なになに?」
見慣れない酒に、メイメイが目を輝かせた。
「吟醸ゆめざくら。
悪魔用の酒だから、味の保障は出来ないけど」
「ぜーんぜんオッケーよぉ!
で、何を占えばいいの!?」
酒を前にして、完全に目の色が変わったような気がする。
心なしか、気力も段違いのような。
思考がそれた頭を振り、改めて、は尋ねた。
「……私をこの世界に喚んだ召喚師は、何者なのか見てほしい」
ネスティから召喚術を学べば学ぶほどに、自分が召喚されたときの状況の不自然さが浮き彫りになっていく。
ずっと引っかかっていたことだった。
知ったところでどうなるという訳でもないが、それでもやはり気になる。
メイメイは頷いて、先程と同じように水晶玉に手をかざした。
念じると、光がじわじわと水晶玉に満たされていき、そして。
パァァンッ!!
やはり、先程のように破裂音がして、水晶玉の光が消える。
「……だめねえ。
占えない」
メイメイがため息をついた。
「どう、なってるんだ……?」
「わからないけど……
誰かが、占いの結果をあなたに知られたくないために妨害してるっていうのは確かね」
「……恋愛運も、知られたくないこと?」
「恋のライバルなのかもよ? にゃはははは」
笑ってから、メイメイは真剣な目つきに変わる。
「……それでも、わかることはあるわ。
貴女を喚んだ者は、死んだりしてないっていうこと。
貴女は、ちゃんとこの世界に召喚の誓約で縛られている。
召喚主が死んでも、確かに誓約は生き続けるわ。でも、それは綻んでいくものなのよ。
貴女の誓約は、その気配がない。まだきちんと生きているということ」
「……そう、か……
それだけわかっただけでも、充分だよ。
ありがとう、メイメイさん」
が、ふっと笑った。
「じゃあ、ありがとうございました。
そのうち落ち着いたら、酒持ってショウとでも来るよ」
「にゃは、それは楽しみだわっ!
いつでもお待ちしてまぁす♪」
酒持って、の一言に目を輝かせるメイメイに笑みを零し、は店を出て行った。
ひとり残ったメイメイは、先程のことを思い返す。
今まで見たこともない、風変わりな魂の持ち主。
異邦人だから、という感じではなかった。
彼女には、本人の知りえない秘密がたくさんありそうだ。
そして、『それ』が彼女の運命を大きく左右するものなのだろうと、メイメイは感じていた。
「これもまた、星の巡りの導きなのかもしれないわね……」
これから起こりうる未来のさまざまな出来事を想い、メイメイはそっと瞳を閉じた。
トリス達がゼラムを離れるまで、あと1日。
未来が、どのように進むかは、まだ誰にも予想さえ出来なかった。