人は、ひとりで出来ることなんて限られているから。
信じている仲間と、共に歩む。
Another Name For Life
第33話 月下の闇
夜の帳が下り、闇があたりを包み込む頃、マグナ達はこっそりとゼラムを抜け出した。
街から離れたところで、いったん足を止める。
「先輩達には気付かれずに何とか出てこられたけど……
次の問題は、どの道を通っていくかって事なのよね」
トリスが切り出した。
アメルが聞いたとおりの道筋を通るのが一番確実だけれど、追っ手をかわしながらの山越えが厳しいのは、言うまでもなく明らかだ。
とはいえ、街道はまず間違いなく見張られているだろう。
「いっそ、この草原を突っ切っていくか?」
フォルテが眼前に広がる平野に目を向けながら言った。
「えぇー!? そんなことしたら、簡単に見つかっちゃうじゃない!」
ミニスが声を上げたが、マグナとトリスは神妙な面持ちで互いに顔を見合わせている。
「どこを通ったとしても、連中の追撃はあるでしょ」
「そう思った方がいいだろうな。
となれば、少しでも立ち回りやすい場所を選ぶべきじゃないか?」
とネスティの言葉に、マグナとトリスが顔を見合わせたまま頷いた。
そして、皆に向き直り、口を揃えて言った。
「「草原を突っ切ろう」」
きっぱりと言い放たれて、それぞれに驚きやら納得したような表情やらを浮かべる中、ショウが尋ねた。
「見つかったときどうするか、ちゃんと考えてるか?」
その声に焦りはない。
マグナもトリスも、揃って頷いた。
「わざわざ街道を無視して草原を行くのなんて、俺たちくらいだろ?」
「近づいてくる人影は、まず追手だと思って間違いないはずだから、そうしたらうまく隠れてやり過ごすこともできるわ。
それに……」
言いながら、トリスは僅かに表情を渋いものにする。
「――もし戦いになったとしても、草原なら無関係の人を巻き込まなくて済むからね」
アメルが、ハッと息をのむ。
「容赦のない連中だから、目撃者がいたら始末しかねないからな。
そんなことをさせるわけにはいかないだろ?」
真剣なマグナの表情を見て、ショウが満足そうに微笑んで頷いた。
ネスティが小さく感嘆の息をつく。
「まいったな……
そう言うことまで考えていたとは……」
あっけに取られたようなネスティの顔に、マグナもトリスも達成感溢れる悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「あたしも……あたしも、賛成します!
お二人のその考えに……!!」
アメルが、ぐっと両の拳を胸の前で握り締めた。
他の者も、同意を示すように頷く。
「よっしゃ! だったら先導役は俺たちに任せときな!」
フォルテが力強く胸を叩いてみせ、その隣に立つケイナがにこりと微笑んだ。
* * *
「あ、そこくぼみあるから気ィつけて」
の指摘に、マグナが驚いて足元に注意を向けると、確かに地面に足が引っかかるくらいの大きさのくぼみがあった。
気付いていれば何ともないようなものだが、ぼんやりと歩いていたらつまづいて転ぶかもしれないくらいの深さはある。
「ありがと、。
それにしても、フォルテとケイナもそうだけど、たちも月明かりだけでよく足元まで見えるよな」
先導役のフォルテやケイナも、先程から仲間たちに注意を呼びかけている。
それだけでなく、とショウも、他の者よりもしっかりした足取りで、自分以外の足元の注意まで払えている。
「この世界の月の方が、私たちのトコよりかもずっと明るいから。
それに、もっと暗くて足場が悪いところとかも、しょっちゅう歩いてたし」
けろっとした顔でが言った。
「そうそう」
ショウも言い、それからフッと遠い目をする。
「……真夜中の山奥とか樹海は、こんなモンじゃなかったしね……」
絞り出された声から、何やらよろしくない過去の体験でも思い出したのだろうと推測できる。
「でもフォルテ達がいてくれて、ホントに心強いわ」
トリスがにっこりと笑って言った。
「どういたしまして。
でもね、トリス。
それは私たちだって同じなのよ。
信じられる仲間が一緒にいてくれるから、不安に耐えることが出来るの」
ケイナの静かな声は、しかしはっきりとトリス達の耳に響いた。
「――人間ってのはな、自分で思ってるほど強いもんじゃねえ。
偉そうな口を叩いてる俺だって、さほど大したことができるわけでもねえしな」
どこか神妙な顔つきになったフォルテの言葉に、マグナとトリスは不安げにフォルテを見上げた。
それに気付き、フォルテがフッと笑ってみせた。
「ははは……
ちっとばかし弱気な発言しちまったかな」
「――それって、あそこに立ってる人のせい?」
普段と何ら変わりのない声の調子でが言った。
トリスとマグナがハッとの視線を目で追うと。
「「…………!!」」
そこには、月の光に照らされてなお、夜の闇に溶け込んでしまいそうな、黒い鎧。
背中に流れるままにして、そよ風にたなびいている紅い髪は、闇の中にくっきりと見てとれる。
黒騎士ルヴァイドが、そこにいた。
「――いい月だ……
貴様らの死出の手向けには、勿体無いほどの美しさだな…………」
軽く空を仰ぎ、優雅ささえ感じさせるほどに落ち着き払ったルヴァイドとは対照的に、マグナ達の間には動揺が走っている。
「ど……どうして!?
あんなに周りに気をつけて進んできたのに……!!」
アメルが、不安の入り混じった声で驚きをあらわにする。
「別に不思議ではない。
俺たちはあらかじめこの一帯に手勢を分散させていた……
どの方角に逃げようと、確実に貴様らを捕獲して任務を果たすためにな」
何たる執念。
皆、息をのむのが空気でわかる。
「――まずい!
敵はここで僕たちを足止めして、別働隊で完全に包囲する気だぞ!!」
「…………!!
みんな、逃げろ!!」
ネスティの言葉を聞いて顔を蒼くしたマグナが叫んだ。
「言ったはずだぞ。
次に出会ったその時は、決して容赦はせぬと。
――逃がしはせん!!」
ルヴァイドの声を合図に、木々の闇に隠れていた兵士達が、姿を現し始めた。
「――こうなることを予想してなかったわけじゃないけど……
なかなか面倒なことしてくれるね、ルヴァイドも」
やれやれといった調子で、が剣を抜いた。
構えたときの、ちゃきりという金属のかすれた音を合図に、戦いが始まった。
「――こうして、また剣を交えるときが来るとはな」
油断なく剣を構える眼前のに、ルヴァイドも剣の切っ先を向ける。
「正直、引いて欲しいところだけど……まぁ言うだけ無駄だね。
あんたみたいなのを相手にしたのは初めてじゃない。気配でわかる」
瞳だけが僅かに曇ったことに、しかしルヴァイドは気に留めた様子がない。
「前回のような小細工は、もう通用せんぞ」
「あんなの、私ひとりだからできたような芸当でしょ。
この大人数でそんな馬鹿な真似するわけないだろ。安心しなよ」
確かに、召喚術で巨鳥を喚んだり、煙玉を使ったりしたところで、何人か逃げ切れない者が必ず出るだろう。
「だから、これしかないんじゃないか。
悪いけど、簡単には譲らないからね」
「ならば、行くぞ!!」
言いながら、ルヴァイドが大剣を振るう。
はそれを紙一重でかわし、カウンターで刃を当てる。
キィンという金属同士の鋭い音だけが響き、鎧には僅かに傷をつけただけだった。
「うーん、やっぱ全身金属の鎧相手にはちょっとキッツイかな〜」
たははと苦笑いしながら、目だけは敵を捉える豹のような眼つきのままだった。
その間も攻撃の手は休めない。
ルヴァイドが一度剣を振るうたびに、は二手三手と斬りつける。
その重さゆえに速さの出ないルヴァイドの剣はことごとくかわされる。
しかし、速さによる手数が多くとも一撃の軽さと鎧の厚さによっての攻撃もほとんど無効化されている。
膠着状態にあるその戦いを、じっと見つめる者がいた。
「………………」
リューグは、とルヴァイドの動きを見ながら、いつだったかの早朝訓練を思い出していた。
* * *
「はい、また一本……っと」
「――くっそぉ!!」
首筋に向けていた剣を下ろし、明るい調子で言ったとは対照的に、リューグは悔しそうに地面に拳を叩きつけた。
「リューグさ。
自分の弱点ちゃんとわかってる?」
「…………ンだよ、急に?」
訝しげに、半ば苛立たしげな視線を向けると、は普段の冗談めかした調子とは違って、真面目な顔つきだった。
「もう少し正確に言うなら、自分の長所と、短所。
ちゃんと自分でわかってる?」
「………………」
長所に、短所?
「――カッとなりやすい、とかって事言いてえのか?」
「……あぁいや。言い方悪かったかな。
そうじゃなくて」
自覚はあるのか、という言葉を飲み込みながら、は手をぱたぱたと振る。
「戦いかたのクセと、そこから見てとれる長所とか短所だね。
そりゃもちろん、性格的なことってのも影響するもんだけど、そう言うのはちょっと置いといてさ」
「……何が言いてえんだよ」
回りくどい言い方に、リューグはだんだん苛々してきたのか、半眼でを睨みつけていた。
「ぶっちゃけね。
今の戦い方のままだと、あんたルヴァイドに勝てない。」
「――――!?」
途端にリューグの顔色が変わった。
「あんたは武器に斧を選んでる。
使ってるからわかるとは思うけど、斧ってのはパワー重視で、一撃必殺って感じにどうしてもなるよね。
でもそれって、ルヴァイドとかフォルテとかの使ってるような大剣にも言えるんだよ。
純粋な力同士のぶつかり合いになればどうなると思う?
当然、力の強い方が勝つよね。
現状見た限り、あんたは明らかにルヴァイドにパワー負けしてる。
それじゃ、勝てない」
リューグは黙っていた。
不機嫌そうな顔のまま、の話の続きを待った。
「じゃあ、ルヴァイドを超えるようなパワーを身につければいいのかって言えば、そうじゃないってのはわかるよね。
あんたには、ルヴァイドに劣る決定的な欠点がある」
「…………何だよ」
ポツリと呟かれた言葉には、苛立ちがしっかり混じっていた。
「――防御力。
打たれ弱いんだよ、あんたの方が。
だから、仮に力が同じで、体力が同じだとしても……あんたは絶対に勝てない。先に負ける」
「――――!!」
重厚な鎧を全身に纏ったルヴァイドと、革製の胸当てくらいしか装備していない自分。
同じ攻撃を喰らって、どちらがより耐えられるかなど、明らかなことだ。
表情をあからさまに暗くするリューグに、は苦笑した。
「でも、わかってるかな。
あんたの方がルヴァイドに勝ってるところ、ひとつだけ確実にあるんだよ」
「え……!?」
がばっと、リューグは俯かせていた顔を上げた。
「機動力だよ。
鎧が軽い分、あんたの方が動きは素早いってわけ。
それが、ルヴァイドと比較したときのあんたの長所」
がニッと笑った。
「具体的には、相手の攻撃を避けながら、自分の攻撃をいかに当てるかってトコかな。
あんた、武器が斧だから必然的に手数は落ちるけど……それでも、避けながら構えることが出来るようになれば、たとえ相手がルヴァイドでも、当たり負けることはないよ」
「それ、本当だろうな!?
どうすればいいんだッッ!?」
リューグはガバッとの肩に掴みかかった。
興奮からか、頬が紅潮している。
「それじゃ、次からそういう動きを重視した訓練にしようか?
まず、私が攻撃を当てるから、リューグは避けてね。
とりあえず動きに慣れるまでは斧はなし。
慣れてきたら斧持って、それにも慣れたら、反撃態勢まで持ち込むようにしようか」
「――よしっ、やってやらぁ!!」
リューグがぐっと身構えた。
「……あぁ、そうそう。
パワー重視の攻撃しか出さないけど、その分手加減なしで行くから。
変なところにぶち当たったら最悪死ぬから、気をつけてね」
「…………はぁ!?
ちょ、ちょっと待……!!」
「いくよー」
「待てぇぇぇー!!」
さらりと言われたとんでもない言葉にリューグが驚いて止める間もなく、容赦のない攻撃が次から次へと降ってくる。
早朝のゼラムに、少年の叫び声がこだました。
* * *
「…………」
いらんことまで思い出し、リューグは振り払うようにぶるぶると頭を振った。
――実戦でどうするか、お手本見せるから。
適当なところで代わるから、あんたもやってみな――
戦いが始まる直前に、はそう耳打ちしてきた。
お手本、の言葉どおりに、今まで訓練中に教えられていた攻撃の避け方を、彼女は綺麗にやってのけている。
――戦い方は、強い相手のを見て覚えろ!
いい動きは盗めるだけ盗め!
戦場にあるものは全て手本だと思うんだ!!――
訓練の間の、の口癖が自然に思い起こされる。
そう。
今こうして戦っているルヴァイドとの動きも、自分の糧にすべき手本なのだ。
雑兵を押しのけながらも、リューグはその戦いから目を離さなかった。