圧倒的な力の差は、しだいに絶望を現実に呼び起こす。
Another Name For Life
第35話 風の救済 霧の守護
「トリスさん、あれっ!!」
驚愕と恐怖の入り混じった声でアメルが指した方に目を向けると、木々の闇に、オレンジがかった光が浮かび上がっている。
いくつも。
周りから、自分たちを取り囲むように。
「松明の、明かり…………あれが全部敵だっていうの……!?」
トリスは、震える手で杖を支えているが、今にも離れて転がり落ちそうなのが自分でもわかった。
「我が兵を相手によく戦ったと褒めてやろう。
……が、戯れもここまでだ」
淡々と、しかし鋭さを隠さずにルヴァイドが言った。
「読み負けたんだ……!
こうなったら、僕らにもう打つ手はない……ッッ」
ネスティが悔しそうに拳を握り締めた。
「諦めちゃダメだっ!
まだ、奴らに捕らえられたわけじゃない!!」
マグナが、己を奮い立たせようと声を張り上げ、剣を構える。
そして、そのまま兵士達に向かっていこうとした。
「――やめろ、マグナ!!」
ショウが叫ぶ。
それと同時に、向かった先の兵士達の武器が一斉にマグナを向いた。
このまま突っ込めば、あっさり返り討ちにあう。
そんなことはわかっていた。
しかし、止まらない。
今更、止められない。
これで、少しでも陣営に隙が出来たら。
あとは、きっとみんながなんとかしてくれるから。そう、信じてるから。
「マグナあぁぁ!!!」
トリスの叫びが響き渡った。
無謀としか思えない、特攻でしかない突撃に、仲間たちは眼前に広がるであろう絶望を見たような気がした。
しかし。
「――――!?」
吹き抜けた突風が、マグナのクセのある紫紺の髪を揺らした。
その風は、マグナの目の前の敵を、薙ぎ倒した。
思わずマグナが振り返ると、自分のすぐ後ろの頭上に、召喚獣が一体浮かんでいるのが見えた。
見覚えがある。
両手に強い風を起こすためのファンを装備した、機界の召喚獣。
確か名前は、ウィンゲイルといったはず。
「――助かったよ、ネス!」
未熟な自分がまだ呼べない召喚獣を呼び出すことが出来るのは、彼だけ。
ネスティの方を向き、マグナが礼の言葉を述べる。
まったく……君は馬鹿か?
そんなことを言いながら、呆れ顔を浮かべている。
それが、本来在るはずの姿。
なのに。
「…………違う、僕じゃない…………!!」
ネスティも、あっけに取られたように、驚きを隠せないまま、こちらをどこか焦点の合わない目で見つめていた。
そして、すぐにネスティは術が発動したであろう方へと、サッと視線を移す。
そこに立っているのは。
「…………!?」
驚いた顔でしゃがみこんだままのアメルに見上げられている、。
表情は、風にあおられたのかふわりと舞うセピアの髪に遮られ、見ることが出来ない。
マグナの立つ方に向けられた手が、ゆっくりと下ろされる。
反対側の手に、光が残るサモナイト石を握りこんでいるようだった。
僅かに軌跡を残すその光の色は、青。
ネスティの見慣れた、ロレイラルのサモナイト石の放つ光だ。
「…………よかった…………」
ほっとした声で呟きながら、は顔にかかっていた髪を、そっと耳にかける。
“”にしては違和感の拭えないその動作を、しかしどこか自然と思う心があるのを、ネスティは感じていた。
隠れていた顔が現れ、見つめられているのに気付いてか、ネスティの方へゆっくりと向き直る。
視線が、ぶつかった。
ネスティを見た“”は、僅かに驚いたように目を見開いて、それから微笑んだ。
穏やかに、たおやかに。
――いとおしそうに。
「…………ッッ!?」
違う。
“彼女”は。
――――じゃない。
反射的に、直感した。
何故かも、わからずに。
“”は、そのままふらりと倒れこんだ。
近くに立っていたレオルドがその身を支えたため、くずおれることはなかった。
瞳を閉じているの様子を、すぐ傍のバルレルも窺っていた。
「…………血路を開こうとしても、無駄な足掻きだ。
この数相手に、そんな手が通用するとでも思ったか?」
冷ややかなルヴァイドの声が響く。
「……!」
ふと、レシィがぴくりと何かに気付いたように顔を上げ、空を振り仰ぐ。
「……レシィ君?」
「匂いが……」
立ち上がりながら問い掛けるアメルにも応えず、レシィは呟く。
「風の匂いが、変わった。
冷たく、湿って………………これは……?」
疑問に対する答えは、すぐに現れた。
霧が、あたりを覆い隠し始めたのだ。
「なんだ、この霧は……!?」
ネスティが周囲を警戒する。
この霧は自然に生じたものではない。明らかに、何者かの手によるものだ。
それが敵であったなら……
しかしそれは杞憂に終わる。
「この霧は……
おのれ、目くらましのつもりか……!?」
ルヴァイドが、苛立ちを含めて言い放つ。
周囲の兵士達にも、動揺が走っていた。
ゼルフィルドのセンサーも、狂わされているらしい。
傍にいたショウとネスティはすぐにその場を離れ、姿の消えかかる仲間たちのほうへと走った。
「一体、どうなってるんだ……?」
ショウたちと同様に、離れた場所から仲間のもとに合流しながら不安そうに呟いたマグナの耳に、不意に声が聞こえた。
『今のうちにお逃げなさい……』
「……!?」
どこかで聞いたことのあるような声。
しかし、それはどこだったか。
『目くらましの霧が、あなたたちを守っているうちに。
さあ……!』
「なるほど、そういうことか……」
ショウが誰にともなく呟いた。
「みんな、こっちだ!」
聞きなれた声に、ハッと目を向けると。
「ギブソン先輩!?」
「それに、ミモザ先輩も!!
でも、どうして……!?」
マグナとトリスが口々に名を呼ぶ。
ミモザがくすっと笑った。
「あら、まさか本気でバレてなかったと思ってたわけ?」
「君たちの考えそうなことぐらいお見通しだよ。
まったく、水くさい後輩どもめ!」
「すみません……」
苦笑混じりのギブソンの言葉に、ネスティは頭を下げる。
この二人には、かなわない。
「じゃあ、この霧はミモザさんたちが?」
アメルの問いに、ミモザはウィンクしてみせる。
「ちょっと知り合いに頼んで、ね」
「あまり時間はない。
とにかく急いで包囲網から抜け出さないと」
「……そうはさせんぞ!」
霧の中から現れた黒い鎧に、それぞれが驚く。
「ルヴァイドっ!?」
「嘘でしょ!?
ただの霧じゃないのよ、これって……!」
これにはさすがのミモザも、いつもの調子が崩される。
「他の者は惑わせても、この俺にまやかしなど通じぬわ。
デグレアの勝利のため……絶対に聖女はこの手に捕らえてみせる!!」
「きゃああっ!」
「アメル!?」
アメルが悲鳴をあげた。
「ルヴァイドぉぉーーーーッッ!!!」
リューグが吼え、斧を振りかぶる。
「……!!」
とっさのことに、しかしそれでもルヴァイドは何とか身をよじらせる。
ガギィンッ!!
鈍い金属音がした。
その直後に、ガランッと、何かの転げ落ちるような音。
「くっ……!」
口惜しそうな声でうめくのは、燃えるような深紅の髪の男。
額に、僅かに紅いものが流れている。
「おのれ…………っ
おのれえぇぇっ!!」
吼える声には聞き覚えがある。
足元に転がる、割れた兜にも、見覚えが。
あれが、ルヴァイドの素顔。
今まで兜に覆われていた、本来の姿。
リューグの一撃は、致命傷にはならず、しかし兜を弾き飛ばすには至ったらしい。
ルヴァイドは怒りにか瞳にぎらぎらと光を携える。
そこから感じるはっきりとした殺気に、ハサハやミニスなどはびくりと肩をすくめていた。
「ここは私たちにまかせて君たちは逃げるんだ!」
「でも、それじゃ……」
「心配しなくたって引き際は心得てるわよ。
ただ、あなたたちの逃げる時間を稼ぐだけ!」
不安そうなケイナの声に、ミモザは笑顔で答えてみせる。
「マグナ、トリス」
ギブソンの呼びかけに、マグナとトリスは目を向ける。
「負けるんじゃないぞ。
本当に大切なものなら譲らずに守るんだ」
その瞳に宿る強い意志に、以前彼が話していた過去のことが、自然と思い返される。
「おみやげ、期待して待ってるからね?」
「ギブソン先輩……
ミモザ先輩……」
優しい先輩達。
その心遣いを、無駄にするわけにはいかない。
「さあ、行け!!」
ギブソンの声に後押しされるように、マグナ達はその場を離れていった。
去り行く後輩たちの背中を見送りつつ、二人の召喚師はそれぞれに術を唱え始めた。
UP: 04.07.02
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