大切なひと。
願う心は、純粋に。
Another Name For Life
第36話 True Mind 後編
「――そういえば、ひとつ気になったんだけど…………」
「なんだ?」
不意に話題を変えるショウに、ネスティは首を傾げる。
「――ライル、って何かわかるか?」
「………………!?」
ネスティの顔色が、サッと変わった。
「やっぱり、ネスティに関わることなのか」
「ショウ、それをどこで……!?」
わかるも何も、『ライル』はネスティの本当の家名だ。
わざわざ尋ねるということは、ショウは知らなかったということ。
だとすれば、何故そんなことを今尋ねるのか。
「――さっき……
が、マグナを召喚術で助けただろ?」
数刻前に繰り広げられた大平原での戦いがネスティの脳裏に蘇る。
同時に、あの時の“”の姿も。
「……あの時、がオレ達――というか、むしろネスティの方だな――見たときに、凄く強い“心の声”が聞こえたんだ」
「それが……“ライル”だったのか?」
真剣な面持ちで頷くショウを見て、ネスティは黙り込む。
には教えたから、彼女はライルの名を知っている。
だがしかし、ならあの場で思い浮かべるはずのない言葉だ。
では、あれは誰だったのか――――?
「あれ、じゃないよな。
の中にいた、別の誰かだ」
「やはり、そうなのか……?」
ショウもまた、ネスティと同じことを確信していたようだ。
「身に纏う気配とか、しぐさがのモノじゃなかったからな。間違いないと思う。
例の声は、確かにによく似てたけど」
「じゃあ、アレは一体………………」
ネスティの中で、さまざまな考えが延々と浮かんでは消えていく。
その様子を見て、ショウがくすっと笑った。
「のことになると、ネスティってちょっと一生懸命になるよな」
「な…………ッッ!?」
まさかショウの口からそんな言葉が出てくるとは思わず、動揺からネスティは顔を真っ赤に染めた。
「な、何をっ! 僕は、べ、別に……ッッ!!」
「……つくづく素直なリアクションで。
トリス達が面白がるの、なんかわかる気がするわ」
おたおたと慌てふためくネスティを見て、ショウは半ばあきれたようなため息をついた。
「安心しなよ。そーいう意味で言ったんじゃない。
……ネスティは、のこと、大切に思ってるか?
恋愛感情でも、友情でも、何でもいいから」
問われて、ネスティは暫し目を伏せる。
自分の秘密を知っても、変わらず接していてくれた。
出会えたことを、誇りだとさえ言ってくれた。
一見あっさりした中にある温かさに、救われたと何度思ったことか。
見せてくれた、強さの陰に隠れた素顔は、とても儚くて。
守りたいと。
苦しさから解き放たれて欲しいと、そう願った。
「大切……か。
そう、だな」
柔らかい表情で呟いたネスティに、ショウは満足そうに笑顔を浮かべた。
「そっか。
大事にしてやってくれよ」
「だ、だから……!!」
真っ赤になってムキになるネスティを見て、ショウはけらけらと笑う。
それから、すぐに真剣な眼の微笑に変わる。
「オレはさ。
兄貴の力になりたくて、タオの修行をしてたんだ。
けど、もう兄貴はいなくて……それでも、がいるだろ?
には……兄貴の血を継いでるには、幸せになってもらいたいんだ」
そこに浮かぶ表情は、まるで妹に対する兄の顔。
「それと同じくらいさ、ネスティにも、幸せになってもらいたい」
「……え?」
突然自分の名を出され、ネスティは訝しげにショウを見た。
「何ていうか……ネスティ、いつも辛そうだから。
ときどき、本当に苦しそうな声が聞こえて来るんだよ。
声じゃなくて、感情のときもあるけど。
おせっかいだとは思うけど……でも、なんとかしたいって思っちゃうんだよな」
そう言って笑う姿が、いつかのと重なる。
「君達は……本当に……」
ネスティの呟きは、自分だけにしか聞こえないほどに小さなものだった。
「もう、休んだらどうだ?
怪我人なんだし」
気遣うショウの言葉に、ネスティは素直に頷いた。
「……あぁ、そうするよ。
ショウはどうするんだ?」
「オレはもう少し起きてるよ。
海、見てたいから」
そう言って、岩場に腰を下ろして海を眺めるショウに挨拶を述べて、ネスティは仲間達の方へと歩いていった。
* * *
皆が寝静まる中で、ネスティは眠っているの隣に腰を下ろし、彼女を見た。
結局あのままは目を覚まさず、レオルドに運ばれてここまでやって来た。
その直前のあの光景は、改めて思い返すと、本当に気になるところが多い。
あの時が喚んだのは、ロレイラルの召喚獣・ウィンゲイル。
と相性のいい召喚属性は、霊界サプレスのはず。
護衛獣として喚び出したのがバルレルだったし、召喚術を教えていたときもずっとサプレスに呼応する魔力を発していたのだから、間違ってはいない。
ショウと話していたことが、蘇る。
あの時の“”は、ネスティのよく知る、悪魔召喚師のではない。
もっと別の“誰か”だ。
の中の、知らない存在が、ネスティのことを見て、心の中に『ライル』の名を浮かべていた。
考えれば考えるほどに、わからなくなっていく。
しかし、忘れようとしても、あの時のの笑顔が頭から離れない。
あの
表情を、どこかで見たことがあるような気がする。
「…………」
ネスティは、の顔にかかる髪をそっとどかす。
現れた寝顔に、そっと呟いた。
「………………きみは、誰なんだ………………?」
答えは返ってくるわけがない。
ネスティはそのまま毛布をかぶって横になり、目を閉じた。
眠りに落ちる前に脳裏に浮かんだのは、いとおしそうに微笑む“”だった。