――――こえが、きこえる。

 言葉は聞き取れるのに、誰の声かがわからない。



 姿が、見える。

 表情はわかるのに、顔が見えない。





 そこにいるのは、誰?



 あなたたちは、誰?







 ――――あなたは、だれ…………?







 声にならない声で問いかけると、“彼ら”はこちらを振り返った。



 そして、笑いかけてくれた。





 そのうちの、ひとりの。



 温かい笑顔を見た瞬間。







 胸に、甘い疼きを感じた。







 ――――知っている。

 私は、あなたを知っている。



 あなたは、誰?





 わたしは、だれ――――?





Another Name For Life

第37話  笑顔のぬくもり






 瞼の裏に太陽の日差しを感じる。

 眩しさから、は目を覚ました。



「…………?」



 天井には、見覚えがない。

 横になったままで視線をめぐらすと、見知らぬ内装の部屋が、そこにある。



 前にもこんな事があったような気がするのは、気のせいではない。

 初めてこの世界に来たとき、蒼の派閥で目覚めたときのことだ。



 今度は、どこにいるのだろうか。



 ぼんやりとそんなことを考えている頭は、知っている声に、そちらへと意識を移す。



「……!?」

「…………ぅん……?」



 けだるそうな声を唇から洩らしながら、はそちらへと顔を向けた。



「……ネスティ……?」

「気がついたんだな。
 よかった……」



 短い黒髪がさらりと揺れた。

 僅かに下がった眼鏡の奥で、心底ホッとした表情で、ネスティは微笑んでいた。



「えぇと……私、一体……」

「覚えてないのか?」



 眉を寄せるに、ネスティはこれまでの経緯をざっと話した。



 聖王都ゼラムから、アメルの祖母が住むという北の村を目指し旅立ったこと。

 その途中で、黒騎士ルヴァイド率いる“黒の旅団”の追撃を受けたこと。



 ……その際に、が頭を打たれ、倒れたこと。



 そして、逃げるうちに村とは正反対の場所に当たる港町・ファナンへと辿り着いてしまったこと。



「今は、モーリンという女性の厚意で彼女の家の世話になっているんだ」

「なるほど……ありがと。だいたいわかった。

 それにしても、マグナ達って本当に危機感がないね……
 私はまだそのモーリンて人に会ったことがないから何とも言えないけど、素直すぎるのはちょっと問題あるかも」



 少し呆れたようにが言うと、ネスティもまったくだと言わんばかりに頷いた。



「……だが」



 ふいにネスティの唇から零れた呟きに、は「ん?」と小さく首をかしげた。



「ついて行っても大丈夫だと言う確証は、あったからな」

「……………………ふぅん」



 それが何か、とはネスティは言わない。
 も、だからこそあえて聞くことはしなかった。



「まっ、何にしてもさ。
 ネスティみたいに疑り深すぎるよりはいいかもしれないけどね。
 その点ではマグナたちの方がかわいげあるし?」

 そんなことを言いながらにやっとが笑ってみせると、途端にネスティの顔がぴきっと引きつった。



「……ほう。君も随分と言うじゃないか。

 そんなことを言ってくれるのは、この口か?」



 ネスティは目を据わらせたまま、の頬を摘んで、おもむろに引っ張った。
 ベッドに横になっている状態のは、回避するすべがなく、じたばたともがく。

「〜〜〜〜〜〜!!」

 暴れたせいで引っ張られて余計に痛いのか、は声にならない声で叫び、ベッドをばしばしと叩いた。

 涙を浮かべ、必死で自分の頬をつねっている方のネスティの手首を掴む。



「っ痛!?」



 痛みに顔を歪めるのは、ネスティの番だった。

 ぱっと手が放されて、はベッドにぼふっと仰向けのまま背中から落ちる。



「いったぁ〜……」

 は、解放されて尚ヒリヒリする頬を必死でさすり、未だに涙目のままで、ギッとネスティを睨みつける。



「何てことすんのさ、ネスティ!!」



 ひどいよ、と言いながら唇をかみ締め、まるで子供のようには訴える。



「……そんなに痛かったのか?」

「痛いに決まってんでしょーが、このおバカ!!」



 恐る恐るネスティが尋ねると、即座に大声が返された。



「……なんなら、あんたにもやったっていいんだよ?」



 はゆらりと身体を起こし、ばきぼきと指を鳴らした。



「え……遠慮しておく。
 僕が悪かった。」



 冷や汗をだらだらと流して、ネスティはかぶりを振った。

 手首を掴まれたときの痛みで、の握力は嫌でも理解した。
“あれ”でホッペタなどつねられようものなら、当分の間は痕が残ることだろう。



「ん、許してあげる」

 が手をほどいたのを見て、ネスティは安堵の息をつき、それからフッと笑った。



「……叩かれたのが後頭部だったから、脳障害が心配だったんだが……
 それだけ元気なら、もう大丈夫だな」

「それ確かめる方法がアレか!?」



 ていうか、脳障害心配するような相手にする仕打ちか!?



 理不尽さを感じずにいられないネスティの物言いに、も思わずツッコまずにいられなかった。
 そのの様子を見て、ネスティは声を上げて笑った。



 そしてまた、目覚めて最初に見せたような、穏やかな笑顔へと表情を変える。



「本当に……無事でよかったよ」

「ありがと。
 ……心配かけて、ホントにごめん」



 すまなそうにがしゅんと俯くと、ネスティはその頭にぽんっと軽く手を載せた。



「まったくだ。
 ……丸一日ずっと目を覚まさなくて、みんな心配してるんだぞ」

「……え!?」



 ネスティの口から出た数字に、は目を丸くした。



「丸一日!?
 私、そんなに寝てたの!?」



 うなずいたのを見て、は額に手を当ててうなだれた。

 そんなに寝ていたとあっては、どこかの双子召喚師が突進してくるのはほぼ間違いないだろう。
 容易に想像できるその光景に、は深い深いため息と共に、ぐったりと肩を落とした。

 明らかに沈んでいるそのの態度を見て、ネスティはくすくすと笑う。



「……なに笑ってるのさ」

「いや、別に」



 そう言いながらもネスティは口元に手を添えたままで肩を震わせている。は面白くなさそうな顔でぷいっとそっぽを向いてしまった。

 拗ねた子供のようなに、悪い悪いと苦笑しながら、軽く頭を撫でてやる。



 ふと、ネスティが自分に向ける視線の種類の変化に気づいて、は顔を上げ、不思議そうに、自分を見つめるネスティを見た。



「どうかした?」

「あぁ、いや……」



 ふいに尋ねられて、ネスティは軽く頭を振った。



「なんていうか、そんな顔もするんだなと思って」

「それは暗に子供っぽいと言ってるのかな?」



 は軽く眉間にしわを寄せ、それからふっと遠い目をした。



「まぁ……あれだね。
 反動なんだよ、きっと」

「反動?」



 オウム返しに尋ねられ、「うん」とは小さく頷く。



「私、あんまり子供らしい子供時代過ごしてきてないから。
 今までずっと、ネスティみたいに対等の立場で話せる相手もいなかったし。

 だからね、その反動。

 対等に、傍にいられる相手と、じゃれあってさ。
 それで、騒いだり、喧嘩したり、笑ったり。

 そーいうの……どこかできっと、憧れてたんだ」



 だから、この世界に来てからの日常が、楽しいのだと。

 そう言って、は笑った。



 その笑顔が、普段ののものなのに、ゼラムを抜け出したあの夜のあの笑顔と、重なる。



「……あぁ、ごめんね!」

「?」



 唐突なの声で、ネスティはぼんやりとしていた思考を元に戻す。



「なんか私、勝手に対等だとか言って……
 もしかして、嫌だった?」



 どうやら、黙りこくっていたのを違う風に解釈したらしく、至極申し訳なさそうにが謝る。

 ネスティは一瞬目を丸くし、それからの頭をくしゃくしゃとすこし乱暴に撫でながら、穏やかに笑ってみせた。





「――そんなわけ、ないだろう?」





 ネスティの笑顔を見たその瞬間。



 は、胸の奥底でちり、と何かが燻ったのを感じていた。

 ついに始まりました、『Another Name For Life』ファナン篇。
 冒頭に謎の文章を残しつつ、ちょっと夢っぽく仕立てられたかなと、個人的には満足してます。
 初期設定では主人公を起こすのはトリスとアメルとハサハだったんですが、それだとゼラム篇とかぶるし、思い切ってお相手さんに登場してもらうことにしました。
 そしたら他のキャラを一切出せなかったというアホぶり……だ、ダメじゃん。
 余談ですが、初期案は他にバルレルやらショウという選択肢もありました。でも何か、文章がまとまらなかったので没。

 全体的に話数が短くなりそうなファナン篇ですが、まったりとお付き合いくださいませ。

UP: 04.08.19

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