もう歩けるからと、制するネスティに頼み込んで、は部屋を出た。
そのままネスティの案内で向かった居間で。
「「あっ!?」」
予想通りの出来事が起こる。
Another Name For Life
第38話 曖昧な定義
「「「(さん)ッッ!!!」」」
こちらを振り返ったマグナとトリス、そしてアメルの声が、見事なまでに重なった。
その直後の行動も、見事に3人重なる。
「って、ちょ……ッッ!?」
マグナたちはに駆け寄り、そのままの勢いで飛びついた。
どどどっ!!
……勢いもついていた3人分の体重を支えられるはずもなく、はそのままひっくり返った。
マグナ、トリス、アメルが一緒に倒れこむ。
「、目を覚ましたんだな!?」
「もう大丈夫なの、!?」
「心配したんですよ、さん!」
三者三様に、夢中で言葉をかける。
が。
「…………」
ものの見事につぶされてしまっているからは、返事がない。
仰向けに投げ出された手だけがふるふる震えている。
「……君たちはバカかーっ!!」
ネスティの叫びが響き渡ったのは言うまでもない。
* * *
「「本ッ当にごめんなさいっ!!」」
マグナとトリスが、身体をさするに必死で頭を下げた。
「いいよ、もう。
たいした怪我もないし」
あまりの真剣さに、さすがに怒る気にもなれず、は小さくため息をつきながら手をパタパタと振る。
「あははは、災難だったね」
「笑い事じゃないと思うよ、モーリン……」
長い金髪をポニーテールにしている女性がけらけらと笑ってみせたのに、ショウが思わずツッコんだ。
モーリン、という名を聞き、がきょとんとした顔をすると、それに気づいたモーリンはニッと笑ってみせた。
「ああ、自己紹介が遅れたね。
あたいはモーリン。ここの道場の師範代をやってんだ。
だったっけ?
アンタの話は、みんなから聞いてるよ。
自分の家だと思ってゆっくりしてくれていいからね」
「ありがとう」
さっぱりした態度はも好感が持てた。は素直に礼を述べた。
そして、それとなくモーリンの様子を見る。
裏表のなさそうな、まっすぐな気質を感じる。
隙をつこうだとか、寝首を掻こうだとか、そういう気配は全くといっていいほどない。
見ず知らずのたちを招きいれたのは、本当に心の底からの親切心なのだということが、彼女を見ればよくわかる。
なるほど、ネスティがあっさりと認めたわけだ。
しかし、の心のどこかでは、モーリンの話をしたときのネスティの言い回しが、少しだけ引っかかっていた。
* * *
「バルレルー」
自分の名を呼ぶ気の抜けた声に、バルレルは面倒くさそうに振り返る。
そこには予想通り、自らの召喚主が立っていた。
「あんだよ?」
「うーん、たいしたことじゃないんだけど……今ヒマ?」
「なんか用事押し付けんなら、聞かねえぞ」
あからさまに嫌そうな顔をするバルレルに、は違う違うと手を振ってみせた。
「することないなら、日向ぼっこつきあってもらおうと思って」
「……はぁ?」
言われたことは突拍子もなさ過ぎて、バルレルは思わず自分の耳を疑った。
結局、の意図もよくわからないまま、バルレルはに連れられて道場の縁側まで連行されてしまった。
ちらりと隣を見上げると、ぼんやりと晴れた空を見上げているの横顔が目に入る。
視線に気づいたがバルレルのほうを向くと、バルレルはばつが悪そうに眉を寄せた。
「どうかした?」
「それはこっちの台詞だ。
いきなり誘ったりして、何のつもりなんだ?
テメェはいつもなら勉強やら何やらで忙しいだろ」
はいつも、戦闘訓練やら召喚術の勉強やら、誰かが見ると必ず何かで忙しそうにしていた。
バルレルも、だからこそ自分は自分で好きにやっていたわけなのだが。
なのにこうして縁側でのんびり日向ぼっこなんてして。
何か裏でもあるのだろうか。
バルレルの疑問に、はため息で答える。
「それがねえ……
『なんにもするな!』ってみんなに言われちゃってさ」
戦闘訓練をしようと剣を提げて浜へ向かおうとすると、リューグやモーリンが止める。
召喚術の勉強をしようと本を探すと、マグナやトリスが止める。
では何か家の手伝いはないかとうろつくと、これまたアメルやレシィに止められ、ショウに締め出されてしまった。
「だいたい平素から君は無理をしすぎなんだ。
倒れたんだし、いい機会だと思って少し身体を休めろ」
代表してネスティに一喝されてしまい、今に至るというわけである。
「用事押し付けるどころか、むしろ私の方からなにかやることはないか聞きたいよ」
「…………」
のんびりしている時間ももったいない、とでも言いたげにため息を落とすに、バルレルは変なものでも見るかのような視線を向けた。
それを気にするでもなく、はバルレルににこっと笑いかけた。
「でもまぁ、せっかく時間が出来たんだしさ。
たまには護衛獣さんとコミュニケーションも悪くないと思って」
「……けっ、勝手にしろ」
言い捨ててそっぽを向いたバルレルを見て、は小さく笑った。
穏やかな笑顔。
そこから思い出されたものは――――
「……テメェは、いったい何モンなんだ?」
「え?」
唐突なバルレルの問いに、はきょとんと首をかしげた。
「前にも言わなかった?
私は――――」
「悪魔召喚師、か?
オレが聞きてえのはそういうことじゃねえ」
バルレルはぴしゃりとの言葉を遮る。
バルレルの言葉の意味がわからないは、怪訝そうに眉を寄せる。
「ここまで逃げて来たときのこと、覚えてるか?」
「……おぼろげに、なら」
「なら、テメェが機界の召喚術を使ったことはどうだ?」
「…………え?」
その言葉に、は心底不可解そうに小さく声を上げた。
「どういうこと、それ」
「……覚えてねえみてぇだな」
呟いて、バルレルは経緯を話す。
が敵の攻撃に倒れてから、敵に突っ込んで行ったマグナの眼前の敵をウィンゲイルで薙ぎ払ったことを。
「あのときの魔力…………
あれは、オレをここへ喚んだのと同じ感じがした。
とてつもなく強くて、単純な……そういう“声”だ」
「声……?」
バルレルの言葉は、にはさっぱり見当がつかなかったし、内容もピンとはこない。
そもそも、召喚術というのは複数の属性を扱えるものなのか。
仮にそれが可能なことだとして、何故自分にそんなことが出来たのか。
考え始めればきりがない、さまざまな疑問。
「……あのさ。
サプレスの召喚術に適正がある人間が、ロレイラルから何か喚ぶってのって、出来ることなのかな」
「オレに聞くんじゃねえよそんなの。
そーいうのはメガネの管轄だろ」
「まあそれもそうだね……」
ふとバルレルに尋ねてみれば、案の定ばっさりと切り捨てられてしまう。
はため息をついて、ぼんやりと空を見上げた。
「――――私の名前は。
悪魔召喚師で、退魔師。
今は保護されたはぐれ召喚獣で、それから…………」
ぶつぶつと呟き始めたに、バルレルは怪訝そうに眉を寄せた。
「それから………………」
言葉が、途切れる。
はわずかに肩を落とした。
――改めて考えてみればみるほど、『“自分”が何者か』って、案外わからないものなんだな――
自分が何者なのか。
それを定義するのは、一体何なのだろう。
かたちづくる要素は、きっとさまざま。
だが、それが明確に何なのかと尋ねられれば、答えられない。
今までなら、ひと言で済ませられてきた。
けれど今バルレルに問われ、それが確実に揺らいでいる自分に気づいた。
それが何故なのか。
それすら、今のにはわからなかった。
「――――私は……“誰”なのかな……」
口の中だけで呟かれた言葉は、自身にしか聞き取れなかった。