為すべきことは、それぞれにある。
それは、交わることもあるし、そうでないことも。
Another Name For Life
第39話 解けない謎
マグナたちがモーリン宅に転がり込んでからはや3日が過ぎようとしていた。
「早いものねぇ」
「ええ、本当に。
モーリンさんには、感謝しないといけませんね」
「そうだよな。
寝る場所だけじゃなくて食事の世話までしてくれたし、ネスの怪我を診てくれたりの看病してくれたり……」
トリスとアメル、マグナが頷き合った。
「だが、いつまでも彼女の厚意に甘えているわけにもいかないだろう。
この場所にも、いつ“黒の旅団”の手が伸びてくるかわからないのだからな」
「そうですよね……
あんな親切な人を巻き込むわけにはいかないですもの」
ネスティの言葉に、アメルが俯いた。
「そうだな、黒騎士たちがここに気付く前に、早く出発しないと……」
コンコンッ。
「……はい?」
マグナが同意したところで、扉がノックされた。
トリスが返事をして扉を開くと。
「よっ、みんな揃って何の話だい?」
「もっ、モーリンさん!?」
噂をすれば何とやら。
モーリンの登場に、思わずレシィの声がうわずっていた。
隣に座る彼の召喚主であるショウは、対照的に涼しい顔をしていたが。
「
(……彼女がいたこと、気付いてたんじゃないのか?)」
「
(まぁ、一応ね……)」
ネスティがちょいちょいとつついて小声で尋ねれば、やはり小声でそんな言葉が返ってきた。
「えっとね、モーリンのおかげですっかり疲れも取れたなーって話してたのよっ」
「あはは、そりゃよかった」
誤魔化すようにトリスが言うと、モーリンは彼らの不審さを気にするでもなく笑った。
「だったらさ、ひとつあたいと一緒に街まで出てみないかい?
ファナンを案内してやるよ」
「「へ?」」
突然の申し出に、マグナとトリスが思わず声をハモらせた。
「二人とも、折角だから行ってきたらどうだ?」
珍しいネスティの言葉に二人が顔色を変えそうになったとき、ネスティは声を落として二人に言った。
「……折を見て、そろそろ出発することを彼女に伝えてくれ。
その間に僕達は準備をしておくから」
「えーっ!?」
「そんな……ッッ!!」
責任重大である。
そんなことを自分達に任せるなんて、とマグナもトリスも不満をあらわにした。
「あんたたちは行かないのかい?」
モーリンがアメルとネスティの方へと視線を移した。
「あ、あたしはっ。
まだちょっと気分が……」
「僕も遠慮するよ。
足の方が本調子になるまではね」
うわずった声のアメルとは対照的に、ネスティは落ち着き払った声でそう言ってみせる。
「ふぅん。
そっちの二人はどうする?」
「じゃ、オレも行こうかな。
港町って興味あるし。は?」
「あぁ、私は……」
振り返ったショウの問いかけに、が視線を巡らせると。
「君もまだ本調子じゃないだろう?
今日のところはおとなしくしておけ」
「……はーい」
ネスティに釘を刺され、「そういうわけだから」と断った。
* * *
「ネスティー、暇ぁー」
「第一声がそれか」
ノックの音が聞こえたので扉を開けてみれば、渋い顔をしたが立っている。
そして自分の顔を見るなり発せられた、気の抜けきって間延びした言葉に、ネスティは呆れた顔つきになった。
「だって、暇なんだもん」
「ここを出る準備があるだろう?」
「そんなん、とっくに終わらせたし」
ぶーたれながら、は部屋の主の了承も得ずに中へずんずん入っていく。
そしてやっぱり了承を得ずにベッドに腰かけ、膝の上に肘をついた。
部屋を見渡してみれば、ネスティももうほとんど準備を終えているのか、一ヶ所に荷物がまとめられていた。
もしかしたら、そもそも最初から早々に出て行くことを見越して、あまり散らかしたりなどしなかったのかもしれない。ネスティの性格を考えると、そっちの方が自然に感じる。
「だったら、昨日みたいにおとなしくしていればいいじゃないか」
「寝てばっかりでもうちっとも眠くないし、ぼーっとしてるときに考えることは一通り考え尽くしたから、もう何もすることないんだよぉ」
ため息をついてから、は何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、ネスティ。
ひとつ聞きたいんだけど」
「……何だ?」
それまでの気の抜けまくった表情とは違う真剣な顔つきに、ネスティはただならぬものを感じ取る。
「サプレスに適性を持つ召喚師が、ロレイラルから何かを喚ぶことって、可能?」
唐突な問いに、ネスティは暫し考え込んで、口を開いた。
「……そういう事例が全くないわけじゃない。
複数の属性に対して適性のある魔力を持つ者は、稀にだが存在するのは確かだ。
蒼の派閥にもいるはずだぞ」
「そう、なんだ……じゃあ別に不思議じゃないのかな」
「どうしていきなり、そんなことを?」
ネスティが軽く首を傾げると、は昨日の縁側でのバルレルとのやり取りを話した。
話を聞くにつれ、ネスティの顔色が僅かだが変わっていく。ぼんやりと自らの考えにふけりながら話をしているは、そのことに気付かなかった。
「今は、喚べるのか?」
「調べようとして本とかサモナイト石漁ってたら止めたくせに」
「…………」
ふてくされたように言い放たれた言葉に、ネスティはぐうの音も出なかった。
ひとつため息をついてから、ポケットをごそごそと探り、何かを取り出す。
それからの手を取って、そこへ小さく硬質なものを乗せた。
ネスティの手が離れてからがそこを覗いてみると、刻印が刻まれて僅かに光を帯びる黒いサモナイト石がひとつ収まっていた。
「ライザーの召喚石だ。
それなら今ここで喚んでも支障はないだろうから、やってみてくれ」
「……うん、わかった!」
パァッと顔を明るくして、は立ち上がった。
部屋の中央まで歩いていき、そこで、石に神経を集中させる。
「…………」
「…………」
にわかに訪れる静寂。
“魔力”というものを感じることが出来る者には、のその力が高まっているのがわかるだろう。
しかし、その魔力がサモナイト石に通じ、異界の門が開かれることはなかった。
パァンッと、何かが弾けるような音がして、高まり集まっていた魔力が霧散する。
「……今の音は、何だ……?」
どこからともなく聞こえた破裂音に、ネスティが天井を仰ぐ。
はその音を知っていた。
ゼラムで過ごした最後の日。
メイメイの占いの最中にも聞こえた、『妨害念波』の関与する音。
これも、“誰か”が知られたくないと思っていることなのだろうか。
だとすれば、何故。
ゼラムを抜け出したときの戦闘で、その“誰か”は、知られたくないはずの機界の召喚術をに使わせたのだろうか。
「よくわかんないけど……とりあえず今のところ私にはロレイラルの術は使えないって結論でよさそうだね」
「……そう、だな」
まだどこか納得のいかない表情で、しかしネスティは頷いた。
「まぁ、そのうちわかるよね。
焦らなくてもさ」
「君は……ずいぶんと楽観的だな。
自分のことなのに」
知らず知らずのうちにネスティの口から出た言葉に、はへらりと笑って見せる。
「自分のことだから、かな。
別に命に関わることじゃないだろうし、どうしても急いで知らないといけないことでもないと思うし。
『急がば回れ』とも言うし、ゆっくりやってればおのずと見えてくるものだってあるからね」
自分の中に誰かがいるかもしれないというのは、さして重要ではないことなのだろうか。
楽観というよりもはや何かを超越した位置にいるような気がするのは、きっとネスティの気のせいではないだろう。
「君がそう言うなら、とりあえずそういうことにしておこう。
……何かあったら、ちゃんと言うんだぞ」
「うん、了解」
の微笑みに、『本当に大丈夫なのか?』という気持ちが抜けそうにないのを、ネスティは感じ取っていた。
* * *
夕方、マグナたちが帰ってきた。
その顔は、どこか浮かない。
事情を尋ねてみれば、モーリンは自分達の話を聞いてしまっていたのだという。
「そうか……」
一通りの話を聞いたあとで、ネスティが呟いた。
「せっかく仲良くなれたのに、さみしくなっちまうよな」
しゅんとマグナが俯いた。
「……あたし、このままモーリンさんとお別れしたくないです。
だって、まだお礼だって何も出来てないのに」
そう言ったアメルをたしなめたのは、トリスだった。
「あたしだって同じ気持ちよ、アメル。
でも、しかたがないじゃない……」
投げ出したような口ぶりのトリスに、アメルが何かを言おうと口を開くと、遮るようにマグナが言った。
「モーリンは、この下町を守っていかなくちゃいけないんだ。
だから、俺たちと旅をすることは出来ないよ」
街を回っていたとき、下町でごろつきまがいの海賊が、飲食店街のおばちゃんたちに絡んでいた。
それを見たモーリンは真っ先に駆けて行き、挑発して海賊達を銀沙の浜まで誘い出した。
たまたまそこで稽古をしていたリューグや、途中で(運悪く)合流したフォルテも巻き込んで海賊達との戦闘になったわけだが、モーリンは結局その大半を一人でのしてしまっていた。
「あの様子だと俺らが助ける必要なかったんじゃねーか?」
フォルテの呟きに、マグナもトリスも苦笑いを浮かべるしかなかった。
そんな折に、モーリンは自分のことを話してくれた。
さっきの連中はファナンの近海を狙う海賊達で、交易船の積荷ばかりか、近頃は陸の住民達にまで手を出すらしい。
そこで、モーリンは下町の用心棒として、今回のように戦っているのだと。
「モーリンにはモーリンの、オレ達にはオレ達のやるべきことがある。
それが両立できないものである以上、一緒に旅をするのは不可能なんだ」
諭すようなショウの言葉に、アメルは肩を落とした。
「……もしかして君たちは、彼女に僕たちの事情を話してしまったのか?」
ショウはともかく、マグナもトリスも普段ならアメルと同じように言うはずなのに、今回は正反対のことを言っている。
ネスティの質問に、マグナもトリスも口をつぐんだ。
それを肯定と取るのは容易だった。
「つまり、今の君たちの言葉が、彼女の答えなんだな」
確認するように尋ねれば、マグナもトリスも頷いた。
「……明日になったら、きちんと彼女に挨拶をして出発しよう」
「ネスティさん!?」
アメルはもはや泣きそうな顔になっていた。
「その方がいいんだよ。
モーリンのためにも、僕たちのためにも」
「ネスティの言うとおりだよ。
ここで私らがどうこう言ったって、きっとモーリンは答えを曲げたりしないから」
ネスティとの説得に、アメルは不満いっぱいに眉を寄せていたが、しぶしぶ頷いて見せた。
「……わかりました」