いつかは、わかってしまう時が来る。
腹をくくらないといけないときが、必ずやって来る。
わかってはいても、簡単に覚悟が決まるものではない。
Another Name For Life
第43話 金の派閥本部
昨日の海賊達との戦闘から一夜明けて。
モーリンとカザミネの申し出に、一同は目を丸くした。
「本当に、二人とも一緒に来てくれるのか?」
マグナが尋ねると、二人とも揃って頷いた。
「あんたたちさえよければね」
「拙者の旅は武者修行のためでござる。
話に聞いたルヴァイドとやらの腕を、この目で確かめたいのでな」
「あたいは……海賊を退治してくれたお礼ってことでさ」
真剣な面持ちのカザミネと、少し照れたように笑うモーリンを見て、一同は顔を見合わせた。
「しかし、いいのか?
僕たちを狙ってる相手は一国の軍隊なんだぞ。
命のやりとりをすることになるんだ」
代表して、ネスティが尋ねた。
ついてきてくれるのは心強いが、半端な気持ちでは彼ら自身が後悔することになる。
「だったら、なおのこと引けないね!」
「どうせ流浪のこの身……死の覚悟なしに剣の道は極められぬ」
しかし彼らの心配とは裏腹に、モーリンもカザミネも力強く答えた。
「……やれやれ。
本当に物好きばかりだな、この世界は」
ネスティはやや呆れたように小さく笑った。
浮かべられた笑顔と、たった一言の言葉に含まれた意味を知るとショウは、僅かに目を伏せた。
「それじゃ、ネス?」
「拒む理由もないからな。同行してもらおう」
その言葉を聞いて、尋ねたトリスはもちろん、皆嬉しそうに顔を綻ばせた。
「へへ、よろしく頼むよっ!」
「かたじけないでござる」
和気あいあいとした空気の中、一人眉をしかめる者がいた。
「……おい」
リューグに声をかけられて、モーリンが振り返る。
「言っておくが、足手まといにだけはなるんじゃねえぞ」
「あぁ? 誰に向かって言ってるんだい?」
挑戦的な目つきで口元ににやっと笑みを浮かべるモーリンを見て、リューグはあからさまにむっとした顔つきになった。
「今の言葉、忘れんじゃねえぞ」
「そっちこそね」
「まぁまぁ、ふたりとも……」
剣呑な雰囲気に、慌ててトリスが間に入った。
「こっちの問題はいいとして、あとは……」
「うん……」
脱力したように、ショウとマグナが顔を見合わせた。
まだひとつ。
重要な、そしてもっとも難解な問題が残っている。
それを思うと、少なからず頭が痛くなるのは気のせいではないだろう。
* * *
「ぜーったい、イヤッ!!」
ミニスの強い声が、部屋いっぱいに響いた。
「いい加減に諦めようよ、ミニス」
「そうだよ。
お母さんは君を連れてきて欲しいって言ってるんだから、ミニスが一緒に来てくれないと困るんだよ」
トリスとマグナの説得にも、耳を貸そうとしない。
「だってだって、もしペンダントをなくしたことがばれちゃったりしたら……!」
「……したら?」
「いやいやいやー!
そんな恐ろしいこと、考えたくもないわよぉーっ!!」
ミニスのあまりの取り乱し方に、トリスとマグナは困ったように顔を合わせた。
いくら嫌だとミニスに言われても、ここに置いて行くというわけにもいかない。
そもそも、ミニスはどうしてそこまでおびえているのかが、全く見当もつかない。
「でもねミニスちゃん。
いつまでもそのことを隠しているの、よくないと思うよ?」
「そうね。ここは素直に話しておいたほうがいいと私も思うわ。
事情を知れば、あなたのお母さんも探すのを手伝ってくれるかもしれないし」
見かねたアメルとケイナが優しく声をかけると、ミニスはぐっと押し黙る。
「それに、下手に黙ってた方がかえってよくないかもしれないしな」
「変なところでばれると、後が大変だろうしねえ」
それぞれに何か似たような経験でもあるのか、眉根を寄せながらしみじみと語るショウとの姿は、なにやら妙に説得力があった。
「ね、心配しないでよミニス。
あたしたちも一緒に謝ってあげるから」
トリスがにっこり笑うと、ミニスは渋ったままの表情の中に揺らぐ心を映していた。
「……ほんとに?」
「もちろんよ。ねっ、マグナ?」
「ああ、約束だ」
妹に見上げられ、マグナも力強く頷いてみせた。
「……じゃあ、行く……」
ミニスの口からポツリと出た言葉に、マグナとトリスは顔を見合わせてホッとした。
「よかったね。トリスさん達が一緒なら、大丈夫だよ」
アメルが微笑んだが。
「……大丈夫かどうかはわからないけど、少なくとも一人であんな目に遭うよりはマシだから」
「「…………はい??」」
ミニスの言葉に、その場の全員がぴたりと動きを止めた。
「二人とも行こう。
嫌なことは早く済ませちゃいたいの」
そう言い残して、ミニスはさっさと部屋を出て行ってしまった。
「ちょ、ちょっと!
ミニスー!?」
「“あんな目”って、いったい何があるってんだよぉ!?」
中途半端に嫌な言葉を残して行ったミニスに、トリスとマグナは半泣きになる。
「……そ、それじゃあオレたちはそろそろ準備を……」
うわずった声でわざとらしく呟きながら、部屋の扉へ足を向けたショウの両腕に、トリスとマグナが片方ずつがっちりとしがみついた。
「……ショウも一緒に来て!!」
「……何があるのかわかんないけど、とにかく何だか恐すぎるから!」
そしてショウの返事も待たずに、双子の召喚師はそのままずるずるとショウを引きずって行った。
「こ、こらぁ!!
オレまで巻き込むなぁー!!」
ショウの叫び声が遠ざかると、部屋は沈黙に包まれた。
「「「…………」」」
アメルとケイナ、は呆然と佇み、それからお互いに顔を見合わせた。
「……まあ、こうしててもしょうがないわけだし。
いつでも出られるようにしとこうか」
「……そうですね」
の合図で、それぞれがのろのろと動き出した。
言いようのない脱力感が、しばらく肩から離れてくれなかった。
* * *
ミニスの案内で向かった建物は、何と言うかまあ……特徴的だった。
マグナとトリス、そしてショウは呆然と金色に輝く塔を見上げた。
「……ここ?」
「そうよ。ほら、行くわよ」
恐る恐る尋ねたトリスに、何事もないようにけろりとした顔でミニスは返す。
3人は困ったように顔を見合わせてから、のろのろとミニスのあとを追った。
「ほら、きょろきょろしないの。
さっきから門番の兵士が笑ってるわよ」
ミニスに注意されても、どうにも周りに目が行くのは仕方がない。
「蒼の派閥の召喚師がここに呼ばれるなんて前代未聞なのよ。
貴方達が恥をかけば、蒼の派閥の召喚師全員がバカにされるってこと、ちゃんとわかってる?」
「いや、わかってるけどね……」
「でもなぁ……」
トリスとマグナは揃ってため息をついた。
元来、こういったことはネスティの方が向いているため、二人は頼りきっていた。
そのことが裏目に出てしまっていると反省をしつつも、ついてきてくれなかったネスティを軽く恨んだ。
とはいえ、今回のミニスの件はマグナとトリスが責任を持つと約束した以上は致し方ない。
「ほら、案内が来たわよ。
しっかりしてよね」
ミニスの一喝に頷いて、双子の召喚師は足を進めた。
* * *
「ごめんなさいね、わざわざこんなところまで呼びつけちゃって。
そこのソファに座って、もう少しだけ待っててくださいな」
議長室に通されたマグナたちが最初に目にして驚いたのは、ファミィの机にはみ出すほどに積まれた書類の山だった。
しかしそれ以上に、鼻歌まじりで次々と処理を行なうファミィ本人に驚かされてしまっているのだが。
「はい、おしまい。
そこのあなた、悪いけどこれを各部署に届けてくださいな。
それからお茶の用意を5人分、帝国産のビスケットと一緒にね?」
手近にいた者に指示を与えてから、ファミィは低いテーブルを挟み、マグナ達と向かい合うようにソファに腰かけた。
「それじゃあ、改めて。
よく来てくれたわね。マグナ君にトリスちゃん。
それから、ショウ君……でよかったかしら?」
名乗っていないはずなのに名を呼ばれたことに、マグナたちは目を丸くした。
「どうして、あたし達の名前……」
「もちろん、調べたのよ」
「おかあさまっ!」
事も無げにさらりと言うファミィを、ミニスが叱責した。
「ミニスちゃん、そう恐い顔しないで。
仕方がなかったのよ」
睨みつける娘に対して困ったように眉を寄せるが、ファミィの口調は普段と何も変わりがない。
「うっかり聞きそびれたわたくしも悪かったけど、あなたたちったら名乗ってくれないんだもの。
失礼だとは思ったけど、調べなかったらここにご招待できないもの。そうでしょう?」
正論に、ミニスは言葉に詰まった。
「ファミィ様。
あなたはどこまで俺たちのことを……?」
「あら、だめだめ」
マグナの質問はあっさりと遮られた。
「“様”だなんて他人行儀ですよ。
ファミィさん、て呼んでくださいな」
どこか弾んだ調子でそんなことを言うファミィを、マグナたちは複雑そうに眺めるしかなかった。
「そうねぇ……
わたくしが知っているのは、貴方たちのお名前と、うちの子が聖王都で困っているのを助けてくれたらしいこと。
それから……黒い鎧の兵士さんたちに追われてるってことかしらね」
「それってほとんど全部じゃないの!!」
あくまでのほほんとした調子を崩さないままのファミィの言葉に対する反応は、ほとんどミニスの一言に集約された。
いったい、そんなことをどうやって調べたのやら。
「ただ、ショウ君は名前を調べるのが大変だったのよ。
どこを調べてもなかなか見つからなかったものだから」
先ほど最初にショウを呼んだときにいささか自信がなさそうだったのは、そういう理由だったらしい。
「まぁ……オレも一応召喚された身ですからね。
登録とかも特にしないみたいですし」
「あら、そうだったの。
それじゃあ、わからなくてもしょうがないですわね」
ファミィは納得がいったように大きく頷いた。
それから、何かを思い出したようにぽんっと手を打った。
「あ、そうだわ!
わたくしったら、肝心のご褒美を渡さなきゃいけないのに……」
「ごまかさないでっ、おかあさま!」
「はい、これは領主さまからのご褒美。
海賊を倒した勇者さんたちへの勲章よ」
さらっとミニスを無視して、勲章の入った箱をマグナへと手渡した。
「それから、これはわたくしから。
旅をする召喚師には必要だろうと思って、何種類かを揃えてみたんですけど」
マグナに渡されたものよりも大きな箱を受け取ったトリスが不思議そうに開けてみると、そこには各属性の未誓約のサモナイト石が入っていた。
「ありがとうございます。
えっと……ファミィ、さん」
「喜んでもらえて、わたくしも嬉しいわ」
呼称にためらいながらも礼を述べたトリスに、ファミィは満足そうに微笑んだ。
「さっ。
用事が済んだら行きましょう、みんな!」
「おい、ミニス。
そんなに慌てなくても……」
ふいに席を立って腕を引っ張るミニスに、マグナは怪訝そうに眉を寄せた。
これほどまでにミニスが急ぐ理由がわからない。
……しかし、それはすぐに発覚することになる。
「そうよミニスちゃん。
おかあさん、まだあなたに用事があるんだから」
「……!?」
名を呼ばれ、ミニスが凍りついた。
「さっきも言ったとおりあなたたちのことをいろいろと調べたんだけど、一つだけどうしてもわからなかったことがあるの。
あなた達はファナンに来るまでに何度も戦いに巻き込まれてきたわけだけど……
どうして、あなたのお友達のワイバーンさんは一緒に戦ってくれなかったのかしら?」
「……!!」
ミニスの表情が引きつる。
「あ、いやそれは、その……」
「マグナ君。
わたくしはミニスちゃんに聞いてるんですよ?」
弁護に入ろうとしたマグナをぴしゃりと遮り制す。
口元は笑みの形を保ったままだが、何とも言えない威圧感がその場を支配していた。
観念して、ミニスは恐る恐る事情を説明した。
「困った子ねえ。
召喚獣のペンダントをなくすなんて」
「ごっ、ごめんなさい!
ごめんなさいっ、おかあさまっ!!」
頬に手を当てため息をつくファミィに、ミニスは必死で頭を下げた。
目には涙が浮かんでいる。
「泣いて謝ってもダメです。
悪いことをしたなら、おしおきです」
「いやー!!
カミナリどかーんはイヤァァァァ!!!」
泣き叫ぶ娘を無視して、ファミィは雷を操る召喚獣を喚び出した。
「さあミニスちゃん。
動いたらダメですよ」
口調がふだんのおっとりしたもののままなのが、余計にある種の恐怖心をあおる。
動くな、と言われずとももう既に、ミニスの足は恐怖で縛りつけられてしまっていた。
「カミナリどかーんです!」
「きゃ……!!」
召喚獣から力が放出される。
それを合図に、ミニスの頭上に雷が収束し、一直線に降りかかった。
「「ミニスっ!!」」
稲妻がミニスを襲う刹那。
バシイィッッ!!
何かが弾ける鋭い音が響いた。
「…………?」
自分を襲うはずの熱と痛みがいつまでたってもやってこない。
不思議に思ったミニスが、恐る恐る瞳を開くと。
「……だいじょうぶか?」
頭上から、自分のすぐ目の前に立つ人物の声がかけられた。
「……ショウ?」
見上げると、符を2枚天井にかざす形で構えている。
役目を終えた符は、ぼろりと風化したように崩れ、消えていった。
ミニスに怪我がないことを見て、ショウは微笑んで、それからファミィに向き直った。
ファミィは目をぱちぱちと瞬かせて、驚いたような様子を見せている。
「あらあら、わたくしの雷が……
一体どうやって防いだのかしら?」
「雷は自然界の力だから、同じように自然の力を使うオレの術で防げるんですよ。
まったく……いくら加減してるとはいえ、折檻にこれだけの威力の雷を使うのはさすがにまずいんじゃないですか?」
「手加減……してたの、あれ?」
その割にはかなり情け容赦なかったような気がするのだが。
マグナとトリスは顔を見合わせた。
「……コホン。
まあ、とにかく」
ファミィは軽く咳払いをする。
「なくしたペンダントは絶対に見つけること。わかったわね、ミニスちゃん」
「はい……」
真剣な面持ちで、母の言葉にミニスは頷く。
「安心してよ、ミニス」
「俺たちも一緒に探すからさ」
「うん。ありがと、ふたりとも」
愛娘とその友のやりとりに、ファミィはふわりと微笑した。
「すいませんね、もうしばらく娘の面倒をお願いします。
お礼といってはなんですが、この街の周りをかぎ回っている黒の旅団の人たちは追い払っておきますからね」
「おかあさま……!」
嬉しそうに顔をほころばせるミニスの肩に、ファミィはそっと手を添えた。
「行ってらっしゃい、ミニス。
皆さんに迷惑をかけないようにね」
「う、うんっ!
行ってきます!!」
ミニスの顔には、決意と共に母への感謝が浮かんでいた。