物言わぬものたち。

 その手に武器を持ち、前進することしか知らない。



 ……嫌な位、重なる。





Another Name For Life

第45話  屍人使い






 風のように駆け抜けていったパッフェルを追いかけて、いつの間にかとショウは砦の奥深くまでやって来てしまった。
 目の前の扉を開け放つと、大きな箱の前にパッフェルがしゃがみこんでいる。どうやら金庫のようだ。
「パッフェルさん」
 ショウが呼びかけると、パッフェルはきょとんとした顔で振り返った。
 ……手にはしっかり、中身の詰まった布袋の口を握り締めて。
「あれま。あなた達ついて来ちゃったんですか?」
「放っておくと寝覚め悪いし。
 この状況で一人で動き回るなんて得策じゃないと思うよ。

 ――いくら、隠密行動に長けててもね」

 の一言に、パッフェルは一瞬――ほんのひとかけらほどの瞬間だが――目を見開いた。
 すぐに、いつもの笑顔を浮かべる。
「ええと、なんのことでしょうか?」
「とぼけなくていいよ。足音とか、しぐさとかでわかるから。
 あんたがただのアルバイターじゃないってことくらいね」
 もショウも、とてもよく似た目をしてパッフェルを見つめていた。

 暫しの沈黙の後、パッフェルは小さくため息をついた。

「……あ〜あ、いつから気付いてたんですか?」
「最初に会ったときからかな。
 私らも元の世界じゃ裏で生きてきたからね。近いモノは、なんていうか……感覚でわかる」
 答えたの隣で、ショウが頷いてみせた。
「うーん。やっぱり、ショウさん達相手じゃごまかしきれないですねー」
「いや……
 ていうかパッフェルさんて、そもそも普段からけっこう行動が怪しいと思うんだけど」
 てへへと笑うパッフェルを見て、ショウががしがしと頭をかく。
「それで、本当に何が起きたかは知らないの?」
 の問いにパッフェルは頷くことで答えた。

「さて、戴くモノは戴いたし!
 早いとこ脱出しちゃいましょうー!」
 布袋をしまいこんで、パッフェルが元気よく立ち上がった。
 扉を開いて、三人で廊下に出る。

 ……と。



「……気をつけろ、何かいる……!」

 先程までとはあたりの空気がまるで違う。
 ショウの警戒の声が廊下の石壁に反響した。



 響いた声が消えるか消えないかという時、“それら”は姿を現した。



 ――血に汚れた、胸元の裂けた衣服を身に纏った男達。

 その瞳はどんよりとにごり、あらぬ方へと向けられている。
 だらりと下がった手に握られている剣は、紅に染まるものも混じっていた。



「こいつは……!」
「……間違い、なさそうだね」

 目の前に現れたものの正体を直感的に感じ取り、ショウがうめく。
 は冷たさの秘められた眼を向けて呟いた。



生ける屍アンデッド……
 こいつらも全員死体だよ」



 腰から提げた剣をゆっくりと引き抜いて構える。

 ちゃき、という小さな音が響く。



 ――それを合図に、屍たちが動いた。

 あまり広くない廊下の幅いっぱいに広がって近づき、ぎこちない動作で剣を振り上げる。
 振り下ろされたその動作は遅く、三人は苦もなくそれをかわす。

 近づいてきた一体の腹に、が手にした剣を突き刺した。
 もはや血の通わなくなった肉にずぶりと侵入した感触が、柄越しに感じられた気がした。

 その攻撃に、刺された屍は一瞬動きを止める。
 しかし、またすぐに他の仲間と同様に前進を開始する。

 じりじりと、虚ろな瞳が迫ってくる。

「強敵ってわけじゃなさそうだけど、こう数が多いとさすがに……!」
「いちいち倒してたら、きりがなさそうですねぇ」

 鬱陶しそうに骸の集団を睨みつけながらがぼやくと、パッフェルが同意する。



 ショウはしばらく何かを考えるように沈黙していたが、やがて意を決して前方の兵士たちを見据えた。

 上着に隠れている腰の辺りに手を回してごそごそと探る動作をする。
 ひと呼吸ほどの間を置いて、数枚の符を掴んで引っ張り出した。
 三枚ほどを一度に構え、印を結ぶ。

「ふたりとも下がってて!」

 鋭い声を耳にし、とパッフェルは大きく後ろへと後退する。
 それを見止めるかどうかというところで、ショウの手の符が朱い光を発した。



 ――途端、屍の兵士達が炎に包まれる。



「……ォォォォォ……!!」

 高温の火炎に灼かれ、屍たちは地の底から響いてくるような唸り声を上げ、次々とその場にくずおれてゆく。

 石の床に転がって今度こそ動かなくなった屍から、黒いもやのような“何か”がにじみ、消えてゆくのが、の目に映った。



「……っく……」

 ショウがその場に膝をついた。
 後ろ姿からでも、胸元を押さえているようだということはわかる。

「ショウ、どうしたの?」
「……………………?」

 傍に寄って肩を叩いて名を呼ぶと、ショウは戸惑ったような瞳を向けてきた。



 ――そこに宿る光が一瞬だけひどく虚ろだったのは、きっと気のせいではない。



「符術の影響? どこか苦しい?」
「……や、大丈夫。
 悪いな、心配かけて」

 普段どおりの笑みを浮かべてみせて、ショウは立ち上がった。

「――それにしても。
 この調子だと、もしかしたら入り口に転がってた死体も同じような仕掛けがしてあるかもしれないな。
 残ってるみんなが心配だ。急いで戻ろう」

 言いながら、ショウは出口の方へと歩き出す。



 ……その背中に、何か言い知れぬ不安のようなものを、は感じていた。



* * *



 安全圏まで来たところで、パッフェルは「そろそろおいとましますね、ではでは〜」などと言って、さっさといなくなってしまった。
 ここからでは遠い砦の正門の方がなにやら騒がしい。おそらくはショウの予想通りといったところだろう。

「早く戻らなくちゃな。
 死体だから火行符は有効みたいだけど、雨降ってるしなぁ……」
 威力落ちるんだよな、などとぼやきながらショウは足を進めた。

 ……が。

 石壁に反響していたふたつ分の足音が、ふいにひとつ減る。
 ショウが足を止めて振り返ると、俯いたが後方に立ち止まっていた。

、どうかしたか?」
 呼びかけても、は返事をしない。歩を進める気配もない。
「……?」
 不思議そうに首を傾げて、の傍まで引き返しながら今度は少し強めに呼んでみる。

 は顔を上げて、ショウをまっすぐに見つめた。

「ショウはさ」
 ゆっくりと口を開く。



「……さっきのあれ、わかった?」



 小さく呟いた声は、静寂の中ではっきりと耳に届く。

 ショウは暫し目を伏せてから、言った。
「……黒い影、か?」
「そう」
「なんでそんなの、急に言い出すんだ?」
 言おうと思えばさっきだって、とでも言いたそうにショウはを見やる。

「なんとなく、かな。
 言うなら今って気がしたから。それだけ。
 ……“あれ”が消えたのと同じくらいに、ショウが苦しそうにしてたから――何か関係あるのかと思って」

 言われて、ショウは僅かに目を見開いた。
 それは本当に、先程のパッフェルと同じような僅かな変化だったけれど、には十分だった。

「……道士は“気”を読むからな。
 ああいう極端に単純になった気配にはあてられることくらいある。
 普段はそんなに気にならないんだけど、さっきのは距離も近かったし数も多かったからな。
 それだけだよ。心配いらない」
「なら、いいんだけど。
 ――無理だけは、絶対にしないでよ」

 念を押され、ショウは苦笑しながら頷いてみせた。
 ……はまだどこか不満そうだったが、それ以上追求しないことにしたらしく、足を進めた。



* * *



「カーッカッカッカ!
 諦めておとなしくそやつらの仲間になるがいい!!」

 砦の高台に立つ蒼白い肌の男――“屍人使い”ガレアノが、高笑いをした。
 屍の兵士がその声を合図にか攻撃を仕掛けてくる。

 いきなり動き出した死体の正体は、憑依の召喚術。
 死体を操るその召喚術を使っているのはガレアノで、奴を倒せば何とかなるのだということは頭の中ではわかっていた。
 しかし、なにしろ死体の数が多い。
 そして動きこそ遅いものの力はあるため、切り結んでいるフォルテやリューグ達は、その足を止めるのがやっとといった状況だった。



「っ!
 モーリン、リューグ!! 後ろぉっ!!」
 後方から迫る敵に気付いている気配のないふたりに、ミニスが叫んだ。
 名を呼ばれてふたりが振り返れば、屍の兵士が今まさに斧を振り下ろそうとしているのが視界に飛び込む。



 ――回避は、間に合わない。
 衝撃を覚悟して身を固める。



 ……が。
 痛みはやってこなかった。

 熱風が、雨に濡れて冷えた肌を撫でる。
 目を開ければ、炎に燃えてくずおれる兵士。

「これは……!?」





 フォルテとマグナ、カザミネが大勢の屍人兵に囲まれていた。
「くそっ、これじゃきりがねえ……!」
 濡れた手で柄が滑りそうになるのをこらえて、大剣を握る手に力を込める。
「いくらなんでも、数が多すぎる……!」
 目の前の敵を斬り倒し、マグナがうめいた。

 ――と。

 光の粒が、雨あられと屍人兵に浴びせられる。
 粒子を浴びた兵士は、次々に倒れてゆく。

「え……!?」





「お待たせ!」
「みんな、大丈夫か!?」

 声のした方に視線を向けると、符を構えているショウと銃を構えたが、高い位置の窓に足をかけて立っていた。

、ショウ!!」
「遅ぇぞ、てめえら!!」
 仲間から口々に声が上がり、二人はふっと笑ってみせる。

「遅刻した分は、仕事で返す……よっ!」
 言うなり、は宙へと跳び出した。
 ショウもそれに続く。
 高所から飛び降りたにもかかわらず、もショウも軽やかに着地してみせた。

 そのまま、はガレアノに視線を向ける。

「あんたが元凶?
 私さぁ、こういうタチの悪いの嫌いなんだよ。
 さっさとやめてくれる?」
「なんだァ、貴様は?
 このワシにそんな口を利くなど百年早いわ。
 身の程を知れ、小娘!」

 侮蔑の笑みを浮かべ、ガレアノは屍人をけしかける。
 三体ほどが一斉にに襲い掛かった。

 血しぶきが上がる様が、ガレアノの脳裏に浮かんだことだろう。
 その顔にはこの上ない満足そうな表情が浮かぶ。

 だが、しかし。



「グロロロロォォォォ……!!」



 屍人たちの喉から叫びが零れた。

 次の瞬間、兵士達の背中から光の塊が飛び出してゆく。



「な……っ!?」
 ガレアノの瞳が驚愕に見開かれる。
 腹を貫かれた兵士の屍が仰向けに倒れれば、そこには無傷のが佇んでいる。
 ――手の内の銃口は、光の弾丸の名残のように、淡く軌跡を残していた。

「聞こえなかったか?
 さっさとやめろと言ったんだ」

 低い声は、先程とはまるで別人。
 手にした銃が、まっすぐにガレアノの頭に照準を合わせられる。

 そのままゆっくりと、はガレアノへと歩み寄っていった。

「く……!」
 退散しようとガレアノが踵を返せば、別の銃口が向けられているのに気付く。
 ベージュのコートを着た壮年の男が、忌々しいものを見るような目つきでガレアノを睨みつけている。

「……タイムアップだぜ。
 この世界の法律はよく知らねえが、お前さんのしたことは明らかに人としてのルールをはみ出しすぎだ」
 ガレアノは一瞬怯んだような様子を見せたが、すぐににやっと笑みを作る。
「カッカッカ……そんなことは知らんな。屍人に生者の理屈を唱えても無駄さぁ」
 その場の誰もが、嫌悪感と苛立ち、そして奇妙な物言いに対しての疑問を表情に浮かべる。

「そもそも、戦いはまだ終わっていないぞ」
 ぼうっと、ガレアノの身体が紫の光を発する。

「な……!?」
「死体が、また……!」
 倒したはずの屍たちが、ゆっくりと起き上がって手近な武器を拾い上げる。
「まさか、まだ召喚術を使う魔力が残っていたというのか……!?」
 これだけの死体を操り、それでもなお屍を動かすための低級霊をサプレスから呼び寄せられる。
 目の前の敵の召喚師としての力に驚かされたのは、言葉を発したネスティだけでない。

「そらそら、どうした?
 代わりの屍人はいくらでも用意してやるぞぉ、カーッカッカッカ!」
 驚いた顔をしたを見て、ガレアノが満足そうに高笑いをする。
 生意気なことを抜かして銃を突きつけた相手の実力も知らないで偉そうに、というところだろう。



「ひどい、こんなの……ひどすぎる……!」
 アメルの悲しみに満ちた声が、いやに鮮明に耳に届く。

「…………調子に乗るなよ」
 同時に、低く呟かれた意外な人物の声を耳にして、トリスとマグナは思わずそちらへと目をやった。
「……ショウ?」



「みんな泣いてる。
 ずっと苦しみ続けて、やっと安らかに眠れると思っていたのに……こんな……」
「無理矢理起こして、さんざん利用しやがって。
 死者はお前の人形じゃないんだ」
 悲しみと、怒り。
 ふたつの対照的な感情に満たされた声が響くと、その主から“何か”がどんどん強く感じられていく。



「こんなこと……やめてぇぇぇぇぇ!!」
「いい加減に、しろおぉぉ!!」


 叫びが、重なる。



 アメルの身体から、柔らかく温かな光が溢れた。
 その光を浴びた屍人達は、次々に浄化され、消えていく。

 ショウの咆哮が、身体の内側から光を爆発させる。
 蒼い光は一条の矢となり、ガレアノを撃った。
「ぐあぁぁぁっ!!」
 雷撃にでも打たれたかのように、ガレアノの身体が大きくのけぞる。



「こ、この力……
 そうか、そこの娘があの方の求める……!
 それにあっちは……いったい……!?」
 ガレアノが驚愕を露わに、アメルとショウを凝視した。

「くたばりやがれ、この外道がっ!!」
 コートの男が、ガレアノに向けて銃弾を放つ。

「ぎひゃあぁぁぁっ!」
 銃弾に貫かれ、ガレアノは砦から転落していった。

 断末魔の悲鳴は、いつまでも耳に残った。

 今回は書きたかったポイントが結構盛り込まれています。
 三悪魔戦はやはり色々と面白いです。
 その分、ネタがしっかりとまとまっていない気がするのも否めないわけなのですが。うーむ、これについてはなかなか解決が……

 レ、レナードさんの名前が出せなかった……!(泣)
 次回にはきっと!

UP: 05.01.20

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