同じようでいて、違うものもある。
それは、無限の可能性が生み出した、分かれ道のひとつ。
Another Name For Life
第48話 可能世界の欠片
疲れた身体を雨に打たれ続けて、特に弱っていたアメルは、熱を出して寝込んでしまった。
今はだいぶ熱も下がったようで、部屋で眠っている。
彼女と、彼女のいない分の家事をこなしているショウとレシィ。
この三名を除いて、皆がモーリン宅の道場に集まった。
「しっかし、この旦那が召喚獣ねえ……どう見ても俺たちと変わらない気がするがね」
フォルテが両腕を組んだまま唸る。
「同感だ。俺様もいまいち実感がなくてな」
視線の先のレナードが苦笑してみせた。
「召喚されるというのは、そういうものでござるよ。拙者もそうでござった」
召喚されたときのことを思い返してか僅かに目を伏せてみせながら、カザミネがしみじみと言った。
「そういえば、カザミネさんもシルターンから召喚されてきたのよね」
「いかにも」
トリスが尋ねると、頷いて肯定する。
「拙者は戦の助っ人として召喚されたのでござるが、その戦いで召喚師殿が亡くなられてしまい、帰る方法がなくなってしまったのでござる」
「なるほど、典型的なはぐれ召喚獣の誕生のしかただな」
カザミネとネスティの言葉に、レナードが顔色を変えた。
「おいおい、ちょっと待ってくれ。 召喚師が死んじまうと帰れなくなるのか?」
「召喚されたものを元の世界に戻すことができるのは、召喚した術者本人に限られます」
冷静に告げたネスティとは対照的に、レナードは落胆して頭を抱えた。
「なんてこったい!
俺を呼んだ召喚師は、あの砦でくたばっちまってんだぞ……!」
ざわめきが走る。
レナードはマグナとトリスに視線を向けた。
「なあ、お前さんたちも召喚師なんだろ? 何とかならねえのか?」
切羽詰った声で詰め寄られ、双子召喚師は困ったように顔を見合わせた。
「それは、ええと……」
「……なんとかしてみせるよ!」
「マグナ!?」
言いよどんだ直後、兄の口から出た言葉に、トリスは目を見開いた。
召喚術に関しては、トリスの方がマグナよりも秀でている。
それ故、レナードの問いに対する答えも、彼女の方がはっきりと脳裏に浮かべられたのだろう。
「今はまだ無理だけど、きっと何か方法が……」
「安請け合いはやめておけ、マグナ」
ぴしゃりと、ネスティが弟弟子の言葉を遮る。
「でも、ネス……っ」
「無理に誓約を解除しようとすればどうなるか、君だって知らないわけじゃないだろう? そんなことをすれば、彼の存在そのものが消えてしまうんだぞ」
マグナはまだ何か言いたそうにしていたが、唇を噛んで俯いた。
そんなマグナの肩をぽんぽんと叩いたのは、他でもないレナードだった。
「揉めるな、揉めるな。ダメモトで聞いてみただけなんだからよ。
お前さんの気持ちだけ貰っておくさ。ありがとな」
ニッと笑って見せるレナードの言葉に、マグナもぎこちなく笑みを返してみせた。
「しかしそもそも、それ以前に彼がどこの世界から来たのかが問題だ」
ネスティの一言で、周囲の視線がレナードに集中する。
「シッポや角はないから、メイトルパの亜人じゃないわよね」
「サプレスも違うわよね。天使や悪魔って感じじゃないし」
ミニスとトリスが揃って首をかしげた。
「見た目はあたいたちと変わらないから……カザミネと同じ世界かい?」
「しかし、シルターンにはレナード殿の使うような短筒はないでござるぞ」
モーリンの考えは、シルターン出身者のカザミネに否定された。
「ロレイラルの古い銃器に似ているが……」
「でもあの世界には、俺たちみたいな人間はいないんだろ?」
「……そのはずだ」
口元に手を当てて呟いたネスティにマグナが問いかければ、頷いて肯定された。
「コノ世界ノ人間ニ類スル“融機人”ハ、我々ヲ創造シタ者タチデス。
シカシ、幾多ノ戦争ニヨリろれいらるカラ滅亡シタトサレテイマス」
レオルドの言葉に、ネスティとが僅かに反応する。
「ベイガー?」
護衛獣の説明を聞いた召喚主は首を傾げていた。
「ロレイラルの機械文明を創始したとされる人型種族だよ。
それ以上のことはなにもわかっていない。ただの伝説だ……」
弟弟子に教えてやりながら、ネスティは密かに苦笑いを浮かべた。
『伝説』などと称しておきながら、他でもない自分自身がその融機人なのだから。
一見平静を保っているネスティの表情の変化を見止めたは、僅かに目を伏せて小さなため息をついた。
レオルドも、兄弟弟子のやりとりを見ながら、ただ沈黙していた。
「……あー、なんだ。一生懸命なトコ悪いんだが……
どれも、俺様の知ってる世界とは凄まじくかけ離れちまってんだよなぁ……」
ばつが悪そうに、レナードは頭をかいた。
「だとすると……やっぱり、レナードさんもたちと同じで、四つの世界以外から来たってことかしら?」
トリスがむぅと眉を寄せながら首をかしげた。
「ん、何だ? そっちの嬢ちゃんも召喚されてきたのか?」
「まぁ、一応……」
レナードに尋ねられて、はぽつりと答えた。確かに自分も『召喚された』身ではあるが、召喚主も定かでない特殊なケースなので、彼とはまた境遇が違う。
「なあ、それじゃあひとつ聞きたいんだが……ステイツのロスって場所を知らねえか? 俺様はそこで刑事をやってたんだ」
「ステイツ……ロス? いや、私は知らない」
考え込んでから首を振ったを見て、レナードは落胆したように肩を落とした。
と、その時。
「――ごめん、遅れたっ」
道場に、ショウとレシィが入ってきた。
「ご苦労様。慌てなくても大丈夫だよ」
走ってきたらしく呼吸の荒くなっているふたりを、マグナとトリスがねぎらった。
「今、レナードさんがどこの世界から来たのかって話してたところなんだけど……
ショウ、“ステイツ”の“ロス”って場所、知ってる?
どこかで聞いた気がするんだけど、私じゃわかんなくて」
の言葉に、ショウは一瞬きょとんとした顔になる。
「ステイツのロスって……
アメリカ合衆国のロサンゼルスのことか?」
「知ってるのか!?」
レナードの顔色が変わった。
周りの面々も、驚きを浮かべている。
「え、もしかしてレナードさんって……」
「まさか、知ってる奴がいたとはなぁ!
お前さんは、その格好からしてチャイニーズか?」
「いや、オレは日本人ですけど……」
一転して明るい調子で話しかけてくるレナードの様子に、ショウはやや気圧されているように見える。
「『ロス』ってロサンゼルスのことだったの? じゃあ、レナードさんも私たちと同じ世界の出身なんだね」
別称までは知らなかったらしいがぽんと手を叩いた。
「なんだ、知らなかったのか?」
「うん。私の時代じゃ、国家なんて成り立ってないし、都市名は残ってるけど、そこがどう呼ばれてたかなんて知らないし」
「……どういうことだ?」
ショウとの会話を耳にして、レナードが訝しげに尋ねる。
ふたりは自分達の住んでいた世界のことを、かいつまんで説明した。
「世界が……滅んだ?」
話を聞き終えたレナードが、信じられないという顔で呟いた。
「そんな、映画じゃあるまいし。
21世紀は無事にやって来てるじゃねえか」
「「え?」」
あっけにとられるのは、とショウの番だった。
「オレは20世紀末の大破壊直前から来て、は20XX年からで……
レナードさん、召喚される前の日付って、覚えてますか?」
「ん、ああ。確か200X年だったと思うぞ」
ショウとは揃って顔を見合わせて、深いため息をついた。
「……レナードさん、オレたちの世界の人じゃない」
「200X年頃って、大破壊直後で世界中が壊滅状態だったから、主要都市は軒並み悪魔の巣窟だったって話だしなぁ……」
やショウと同じ世界から来たのなら、時代を考えると、まず格好が噛み合わない。
大破壊が起こってから数年の間は、人々は皆着る物にさえ困っているような状態だったという。レナードの羽織っているコートは、多少くたびれているがぼろぼろと言うほどに酷くはない。
「たぶん、オレ達の世界とレナードさんの世界は、いわゆるパラレルワールドなんだと思う」
「「ぱられるわーるど??」」
「直訳すると『平行世界』。とてもよく似た、でもまったく別の世界ってこと」
聞きなれない単語に、マグナとトリスは揃って首を傾げた。が説明してやる。
「オレがこの世界に来る前に、“次元の狭間”って所にいた話はした事があるよな? あそこで聞いた話なんだけど……
“世界”っていうのは、無限に増え続けるものらしいんだ」
ショウの言葉は、その場の誰もすぐに理解することができなかったようで、それぞれが不可解そうな顔をしていた。
「今まで生きてきた中で、誰だって『もしもこうだったら』『もしあの時ああしていたら』って思うことってあるだろ?
たとえば、マグナ。
オレたちは今ここでこうやってモーリンの道場の世話になってるけど、それはどうしてだ?」
「へ?」
ふいに話題を振られて、マグナはきょとんと目を丸くした。
「どうしてって……モーリンが銀沙の浜で俺たちを見つけてくれたから?」
「そう。じゃあ、もしあの時モーリンが俺たちを見つけなかったら? もしくは、助けられないであのまま見捨てられてたら?
オレたちは、今この場にはいないよな」
ひとつひとつ確かめるように紡がれるショウの言葉を、皆黙って聞いている。
「それだけじゃない。
もし、別行動をとってるのがロッカじゃなくてリューグだったら?
そもそも、アメルが聖女の力に目覚めなかったら……」
「……おい」
ぎろりとリューグに睨まれて、ショウは小さく肩をすくめて、ひらひらと手を振って見せる。
「わかってる。ちょっと例が悪かったな。
でも、こうやって考えていったらキリがないってことはわかるよな。
意図的であろうとなかろうと、生きていく限りは、そういうさまざまな選択肢を選び続けるって事だ。
……でももし、『別の可能性』が現実になったら、どんな道を辿ってどんな結末へ向かうのか……?
そういった思念の、とくに強いものが集まっていって、『別の可能性』を選んだ未来を作り出すんだ。
世界はそうやって、無限に生み出されていく。オレはそう教わった」
「つまり……レナードさんの世界っていうのは、私たちの世界の『大破壊が“起こらなかった場合”』の未来のカタチっていうこと?」
「そういうことになると思う。あくまで推測だけどな。
大破壊なんて、ある意味で世界にとって最悪の結末だから、それが起こらなかったらっていう思念をたくさんの人が持てば、それだけ現実になりえると思うし」
の言葉に頷きながら、ショウは「逆の場合も考えられるけどね」と言った。
「細かいことはよくわからんが……とにかく、お前さんがたと俺様のいた世界ってのは、結局は別物だって思っておけばいいんだな?」
「だと思います」
ショウが答えると、レナードはため息をついた。それでも、自分の知る物に近い世界から来た者がいるという事が、こころもち安心させたようだ。
「別にいいじゃねえか。同じだろうが違っていようが。
この旦那のおかげで、俺たちは助かった。それだけで充分だろ」
フォルテがそう言って豪快に笑ってみせた。
「……で、あんた結局これからどうするんだ?」
一段落したところで、リューグが口を開いた。
「どうするったって、帰れねえんだったらここでやってくしかないんだろうが、なにぶんわからない事だらけだからなぁ……」
レナードは困ったように頬をかいた。
「ねえ、レナードさん。
だったら、あたしたちと一緒に来てくれませんか?」
「トリス!」
明るい笑顔のトリスの言葉に、ネスティの叱責が飛ぶ。
「君はまた簡単にそういうことを……! 僕たちと一緒にいるってことは」
「わかってるわよ。いつ戦いに巻き込まれるかも、って言いたいんでしょ?」
きっぱりとした口調で、兄弟子の言葉を遮った。
「このまま放っておくと、レナードさんは確実に“はぐれ”になるんだぞ?
せめて、この世界の常識を勉強してもらう間だけでも一緒に来てもらったほうがいいだろ?」
さらにマグナの助け舟が入り、ネスティは言葉に詰まった。
よもやこの兄妹から『常識』などという言葉が出てくるとは。
「しばらくそうさせてもらえるんだったら、俺様としては願ったりだな」
「危険が待っているとわかっていても?」
静かに、押し殺した声で尋ねるネスティに、レナードはニッと笑ってみせた。
「わかってるだけマシってもんだ。
ワケもわからんまま一人でうろつく方が、よっぽどゾッとするね」
「なるほど……
でしたら、もう僕から反対するようなことはありません」
「悪ぃな、厄介かけて」
レナードは片手を軽く上げた。
破天荒な者ばかりが集まっているこのメンバーに囲まれていると、落ち着いた『大人』のレナードの態度は、ネスティにはかえって新鮮に感じられた。
UP: 05.04.27
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