目的地は、もうすぐ。
たどり着いた先にあるものは、果たしてどんな現実なのか。
Another Name For Life
第52話 見果てぬ未来
いろいろと騒動はあったが、一行は無事にファナンを出発して、アメルの祖母の村があるという場所へと向かった。
街道を逸れて草原を抜けると、木々がだんだんと目立つようになってくる。やがて森へと差し掛かったが、それらしい村があるようにはちっとも感じられない。
「方角は間違っていないはずなんだが……」
ネスティが訝しげに周囲を見回す。
「だったら問題ないなーい。そのうち見えてくるだろうって」
「でも、このままだと森の中に入っていってしまうわよ」
気楽に笑い飛ばすフォルテとは対照的に、ケイナは不審そうに眉を寄せている。
「ジジイは他に何か言ってなかったのか、アメル?」
「ごめんなさい、そこまでは……」
「やれやれ、そうなるとこの付近を一通り回ってみるしかないな」
ため息まじりのネスティの言葉に、アメルの顔が僅かに曇った。がぽんぽんとアメルの肩に手を載せる。
「アメルのせいじゃないから、そんな顔しなくていいよ」
そこで初めてネスティはアメルの様子に気付いたのか、ばつが悪そうな顔をした。
「とにかく、手分けして探してみよう」
マグナの提案にそれぞれが頷いて、周囲を調べ始めた。
数分後。
「ねえ、みんな! あっちに見えるの、煙じゃない?」
トリスの言葉に全員が指された方へと目を向ければ、確かに森の方から一筋の煙が立ち昇っているのが見えた。
「本当だ。ありゃあ、かまどか何かの煙だね」
モーリンが顎に手を添えながら呟くと、皆の顔が明るくなった。
「じゃあ、あれを目印にしていけば……」
「人のいる場所にたどり着けるでござるな」
歩き詰めだったために疲労が見え隠れしていた一行が、俄かに活気付く。
「よし、行ってみよう!」
マグナの声を合図に、森へと足を踏み入れた。
* * *
森の中に入ってすぐ、小さな家が一軒現れた。
「やっぱり、家があった」
「ということは、ここがアメルのおばあさまの暮らしてる村なのね」
「村ねえ……それにしちゃあ、一軒しか家がないぞ」
トリスとミニスが笑顔を浮かべたのとは対照的に渋い顔で、レナードが唸った。
「どっちにしても、人がいるなら道が聞けるわ」
「そうだな」
「「すいませーんっ」」
トリスとマグナが揃って家のほうへ声をかけた。アメルが緊張した面持ちで固唾を呑んでいる。
家からの返事はなく、代わりにがさがさと茂みの擦れる音が近くの木々から聞こえてきた。家の住人かと一行がそちらへ注目すると。
「ぴぃ?」
「……へ?」
現れたのは、人ではなかった。
丸っこい身体とつぶらな瞳が可愛らしい召喚獣が、ふよふよと浮かんでいる。
その召喚獣は、マグナたちの姿を見るなり、家の中へと入っていってしまった。
「ひょっとしてこの家、あの召喚獣が主なんてことは……」
「君はバカか? そんなわけないだろう」
冗談とも本気ともつかないマグナの一言は、ネスティに一蹴された。
「今のはサプレスの召喚獣だ。恐らく、この家の主人の召喚獣かなにかだろうな」
「ってことは、この家は召喚獣の家ってことか?」
フォルテの問いかけに、ネスティが頷いた。
「しっ、扉が開くよ!」
モーリンの言葉で、一行に俄かに緊張が走った。
扉が開かれて、ひとりの人物が姿を見せる。
褐色の肌の少女が、鋭い目をこちらへと向けていた。
「アフラーンの一族が古き盟約によりて、今命じる……」
低い呟きは、はっきりと耳に入ってきた。
「呪文の詠唱だと!?」
ネスティが目を見開いた。家の主人が召喚師だというのは推測できていたが、まさかいきなり召喚術を使ってくるなどとは予想しない。
動揺する一行をよそに、彼女の魔力はどんどん高まってゆく。
「まずい……みんな、散れッ!!」
「来たれっ!!」
マグナと少女が吼えたのはほぼ同時だった。
虚空から5本の剣が現れ、白刃を煌かせて降りかかってくる。
標的となった面々は、横に飛びすさったり自分の得物で切り払ったりして身をかわした。
「うそ、外れた……!?」
少女は驚きを露わにしてその様子を見つめた。
「いきなり何するのよ、あなたは!」
トリスの怒鳴り声に負けない大声で、少女は言い放った。
「お、お黙りなさいっ! 悪魔の手先のクセに!!」
「……はい?」
その内容に、皆揃って首をかしげる。
少女の話はあまりに突飛すぎるものだった。
「とぼけようったってダメよ、ルウはちゃんと知ってるんだから!
キミたちが禁忌の森に封印されてる仲間の悪魔を解放して、悪いことをしようと企んでるって!!」
ルウという名であろう少女は、次々にまくし立てる。
しかしマグナ達としても、封印だの悪魔だのという話には全く心当たりがないため、ただ首を傾げるしか出来ない。その様子がルウには悪魔がとぼけているようにしか見えないようで、彼女の顔にはだんだんと苛立ちが募っていくのが目に見える。
その様子に気付いてか、アメルが慌ててかぶりを振った。
「ご、誤解ですっ! あたしたち、そんなことをしに来たんじゃ……」
「そうよ、あたしたちはちょっと道を聞きたいな……あぁっっ!?」
必死のアメルとトリスの言葉は、ルウが再び放った召喚術によって中断させられた。
「だまされるもんですか! そうやって油断させるのが、キミたち悪魔の得意技だもの!
二度と悪さが出来ないように、ルウが懲らしめてあげるわっ!!」
ルウの声に応えるように、森や家の中から何匹か召喚獣が現れた。
先程現れた丸っこい召喚獣と、その他にも赤いとんがり帽子をかぶっている召喚獣が、それぞれ4匹ずつ。
「やっちゃえ、みんなっ!!」
ルウの声を合図に、召喚獣たちは一斉に向かってきた。
――あるひとりの人物へと。
「えっ……わ、ちょっ……!?」
8匹の召喚獣は、揃ってに向かって飛んでいく。
「うわぁっ!!」
一気に飛び掛られて、は召喚獣たちに埋もれる形でひっくり返った。
「っ!?」
いくら彼女でも、あの数に一度に襲い掛かられてはひとたまりもないだろう。周りの面々が助け出そうと慌てて身構えて……
「……え?」
固まった。
尻餅をついてその場に座り込んだの周りに、召喚獣たちが群がっている。
そこまでは良いとして、何故か彼らはに甘えるようにすり寄ったり、ひしっとしがみついたりしている。
の方も最初は呆然としていたが、どういうわけかなついてくる彼らの心情を感じたのか、笑顔を浮かべて頭を撫でてやったりしていた。
「なっ……ペコ!? ポワソたちまで……どうしちゃったの!?
離れなさいっ、そいつは悪魔の手先なのよ!!」
やはり同じく呆然としていたルウはハッと我に返り、召喚獣たちを叱りつけた。
しかしペコたちもポワソたちも、一向にから離れようとはしない。
それどころか、つぶらな瞳をうるうるさせて、じっとルウを見つめて何かを訴えている。
「な、何よぉ……!」
彼らの瞳はとても真剣で、ルウはひるんだ。
そのやりとりを見ていたが、ゆっくりと口を開いた。
「本当に、私たちはあんたの言う封印やら悪魔やらとは、全然関係ないんだ。
だから落ち着いて、話を聞いてほしい」
静かに、はっきりとした声では言った。ルウは思わず頷きかけたようだが、慌ててぶんぶんと首を振る。
「だ、だまされないわよ!
悪魔の手先だっていう証拠に、そこに悪魔がいるじゃない!!」
ルウはびしぃっ! とバルレルを指差した。確かに、彼は正真正銘の悪魔だ。説得力には欠けるかもしれない。
「でも、バルレルは私が喚んでからほとんどずっと一緒に私達と行動してるから……封印がどうとかに関わってるとは思えないんだけどなぁ」
完璧に疑われ睨まれている状況にも、は全く調子を崩さずに、のん気にペコの頭をなでている。
「喚んでから……? ひょっとしてあなた、召喚師なの……?」
恐る恐るルウが尋ねてきたので、はこくんと頷いた。
「他にも召喚師はいるよ。
サプレス以外の世界から来たひとたちもいる。そういう感じ、するでしょ?」
魔力の質のことを言いたいのだろう。来訪者達をじっと見つめて、ルウは「確かに……」と呟いた。
「とにかく、事情を話させてほしい。私達が悪魔の手先かどうかっていう判断は、それを聞いてからでも遅くないんじゃないかな?」
にっこりと笑顔で告げれば、ルウはまだ疑っていそうな雰囲気ながらも、とりあえず頷いてくれた。
* * *
「じゃあ、キミたちって本当に旅の人だったのね」
家の中に移ってひととおり説明を終えた頃に、ようやくルウも納得してくれたようだった。
「なぁんだ……」
「なぁんだ、ってねぇ! こっちはその勘違いのせいでとんでもない目に遭わされたのよっ!」
気が抜けたように息をついたルウに、ミニスがぷりぷり怒って抗議した。
「ごめんなさい。でも、こんなところに旅人がやって来ることなんて、今までなかったから。
てっきり、森を荒らす悪魔の手先かと思っちゃって」
「悪魔が森を荒らすとは、どういう意味でござるかな」
「そうよ。なんで悪魔とか封印なんてものが、この森と関係あるの?」
ルウが最初からずっと言い続けていた言葉。繰り返されてきたそれに対する疑問を、カザミネとトリスが口にした。
「キミたち、あの森がなんて呼ばれてるのか知らないの?」
きょとんとした顔でルウが問い返すと、全員が肯定の意を示す。
「あそこはね、“アルミネスの森”っていうんだよ」
「――アルミネスだって!?」
ルウの言葉を聞いて、ネスティの顔色がサッと変わる。
「何か知ってるのか、ネス?」
マグナが尋ねれば、ネスティはゆっくりと頷いた。
「封印の森だよ……
あの森は、遠い昔にリィンバウムに攻めてきたサプレスの悪魔の軍勢が封じ込められている禁忌の森だと言われているんだ」
静かな、重々しい声が室内に広がる。
「おいおい、それってあれか? 天使が悪魔と戦って出来たとかっていう……」
不審そうに眉を寄せてフォルテが言った。
「私も知ってる。でも、あれっておとぎ話なんじゃないの?」
「おとぎ話なんかじゃないわ! 本当の話よ」
ミニスが首をかしげると、ルウが否定した。
「ルウたちアフラーンの一族は、あの森を中心に出るサプレスの力を研究するために、ずっと昔からここで暮らしているんだもの」
「すると君は、派閥に属さなかった召喚師の末裔なのか……」
ネスティの呟きを耳にして、ルウは不思議そうな顔をした。
「はばつ??」
「いや、こっちの話だ」
ネスティが目をそらして手を振った。
「……よくわかんないけど、まぁとにかく、このあたりのサプレスの魔力が強いのは本当よ。
ホラ、だからこの子達も元気でしょ?」
ルウが未だにになついているペコやポワソを示す。
「くぷぅ♪」
指されたペコが、笑顔で手を上げた。
先程の飛び掛りっぷりを見れば、元気だというのはよくわかる。少々元気すぎる気がしないでもないが。
「そうなの? バルレル、どんな感じ?」
「ん? おぉ、言われてみりゃあ確かに身体が軽い気がするな」
バルレルは肩や腕を軽く回してみせた。
「けど、ここのところ森の様子がおかしいの」
ルウは森のある方角へと視線を向ける。
「何だかざわついて、イヤな感じで……まるで誰かが出入りをしてるみたいだったから、それで……」
「俺たちが荒らしてると勘違いしたってワケか」
「……ごめんなさい」
苦笑したマグナの言葉に、ルウは心底申し訳なさそうにうなだれた。
「それにしても、ものすごいなつかれようだよな。サプレスがどうとかってのと関係あるのかな」
ポワソやペコたちを纏わりつかせたままのをしげしげと眺めながら、ショウが言った。
「この子達がここまで誰かになついてるのなんて、ルウだって初めて見るわ」
何が原因なのかしらと、ルウは腕組みをして唸った。
「おねえちゃんはね、ホッとする色をしてるの」
ふいにハサハがぽつりと呟いた。
「あっ、あの……ボクもハサハさんの言ってるの、わかります。さんって、頼もしいっていうか、なんだか安心する感じがするんです」
頬を赤く染めて、しどろもどろになりながらレシィが言った。
「頼モシイトイウノハ、自分ニモ理解デキマス。殿ノ状況判断力ト行動力ハ、極メテ優秀ナモノデス」
同意するのはそこかよ、と誰かが内心でツッコミを入れたものの、レオルドも好意的な言葉を示した。
バルレルは何も言わないが、周りの人間をぞんざいなあだ名で呼ぶ彼がきちんと名前で呼んでいるあたり、特別な扱いなのだということはうかがえる。
「なんか、もてもて」
「……異世界限定だけどね」
トリスが呟いて、が苦笑した。
「しかし、さっきから気になってたんだが……
お前さんは何でまた悪魔だなんて勘違いをするかね?」
家の中は禁煙ということでいささか落ち着かなさそうにしながら、レナードがルウに尋ねた。
「あの森の奥には結界があって、人間はその先には入れないのよ。だから……」
「――ちょっと待ってください!」
ルウの言葉は、突如上げられたアメルの声に遮られた。
顔を蒼くしたアメルが、震えながらルウを見つめている。
「ねえ、ルウさん……
それだと、森の奥には人が住んでないってことになりますよね……?」
アメルの様子に少し戸惑いながらも、ルウは頷いた。
「もちろんそうなるよ。悪魔の封印された森のそばに、村なんて作れるはずないもの」
何人かが、ハッと顔を上げた。
「それがもし本当なら……あたしのおばあさんの暮らしてる村は、どこにあるの?
おじいさんの言っていたことは、嘘だったっていうの!?」
涙声は、次第に叫びへと変わっていく。
「落ち着いて、アメルっ! きっと途中で道を間違えただけ……」
「気休めはよしてッ!!」
トリスが肩に置いた手は振り払われた。
弾かれる乾いた音に、トリスはびくりと硬直する。上げたままの手を所在無げに浮かせたまま、呆然とアメルを見つめた。
「ルウさんだって言ってたじゃない、旅人が来ること自体が珍しいって!!」
「あ……」
ルウは僅かに目を見開いて、口元を手で押さえた。自分の何気ない一言が与えた彼女への影響が、のしかかっているのだろう。
「変だって思ってたの……!
村の名前も目印も、おじいさんは教えてくれなかった……
あたしが会いたいって言っても、おばあさんのところへは連れて行ってくれなかった!!」
「アメル、落ち着けっ!」
「いやっ!」
リューグに肩を掴まれても、アメルは取り乱したまま首を振る。
「嫌、そんなの……
あたしの信じてたことって、いったい……
いったい、何だったのよぉーっ!!」
悲痛な叫びは、鋭い刃のように心に突き刺さる。
そして、抜けない棘のようにちりちりといつまでも痛んでいた。