レオルドに抱きかかえられて現れたを、皆が心配そうに出迎えた。
特にアメルは、蒼ざめた顔で呆然とを見つめていた。
Another Name For Life
第57話 君にとっての君
「……もう、充分です」
ルウの家までなんとかたどり着いて、アメルが最初に口にした言葉だった。
「これ以上、危険をおして村を探すことはありません……」
俯き気味のアメルの顔には、表情こそ浮かんでいないものの、酷く暗い影が落ちている。
それがかえって彼女の痛みを感じさせるものだから、誰も何も言えなくなる。
「……本当に、それでいいんだな」
尋ねるというよりは、それは確認だった。
の言葉に、アメルは黙って頷いた。
「わかった。なら、もう何も言わない」
も、一見そっけなく返事をする。
淡々とした口調は、薄情に思えるかもしれない。
けれど、今のアメルには半端な同情などかえって疎ましいものになるだろう。
はそれを知っているのだろうか。
* * *
「本当に君は、ひとの言う事をちっとも聞いてくれないな」
皆が寝静まった頃にルウの家から外へ抜け出してみれば、案の定見つけることが出来た背中に、ネスティはため息まじりの声をかける。
振り返ったは、ばつが悪そうな顔で笑っていた。
昨日ネスティが座っていた枯れ木の幹に、今日はが先に座っている。逆の立場で同じことをしているのに軽く苦笑しながら、ネスティも昨日ののように彼女の隣に腰掛けた。
「アメルに悪いことしちゃったかな」
ぽつりとが呟いたので、ネスティは首をかしげた。
「さっき私のこと見て、辛そうだった。
私が歩けなくなってたのが、自分のせいだって顔してたから」
珍しく落ち込んだ風のあるの横顔を見つめて、ため息がこぼれた。
「……君はバカか? そんな風に後悔するくらいなら、最初からおとなしく休んでいればよかったんだ」
は返す言葉もないようにしゅんとうなだれた。ネスティはそんなの頭に手を載せて、そっと撫でる。
「そんなに気に病むことはないさ。昼間にも言われたが、強く止めることのできなかった僕にだって非はあるしな」
「う……それも、ごめん。
ネスティに事情があるの知ってたのに」
ちょっと意地の悪さを込めて言うと、はさらに申し訳なさそうに肩を落とす。
「でも、マグナだけを一方的に責めてるみたいになるのは嫌だったし。
それにネスティにも不満があったのは嘘じゃないから、ついね」
ときどき、は妙に正直すぎると思うことがある。
包み隠さずに心のうちを伝えてくれたのはネスティも嬉しい。けれど、は自分以上に物事をはっきり言うところがあるので、少し不安になる。
それが彼女に敵を作っているのではないかと。そのことに、彼女自身が気付いているのかと。
ネスティが無言でを見つめていると、は一度だけネスティのほうへ目を向けてから、またどこかへ視線を彷徨わせて黙り込む。
梢を揺らす風の音だけがしばらくのあいだ空間を支配する。
沈黙を破るように、ネスティは口を開いた。
「身体は……もういいのか?」
はきょとんとして、それからはにかんで笑った。
「うん、だいじょぶ。心配かけてごめんね」
「謝るくらいなら、最初からおとなしくしていてくれ。見ているこっちが冷や冷やさせられるんだからな」
「何回も言われなくたって、わかってるよ」
昼からずっと、『おとなしくしていろ』と繰り返していたことに対して、は不満を零しながらむくれた。
「前から聞きたいと思っていたんだが……
どうして君は、そんなに無謀なんだ?」
問いかけの意味が掴めなかったのか、は僅かに眉を寄せた。
「君はどんな状況でも、自分の身をちっとも省みようとしない。自分以外の誰かは、いつだって心配しているくせに。
傷ついても苦しんでも、振り返らず、足を止めようともしない。
――君にとって、“君”はどんな存在なんだ……?」
は黙ってネスティの話を聞いていたが、静かに目を伏せた。その顔からは表情が消えている。
「そんなの聞いて……どうするのさ」
「別に深い意味はないんだ。ただ……」
いちど言葉を切って、ネスティはの瞳を正面から覗きこんだ。
両肩にそっと手を添えると、一瞬だけその肩が跳ねたのが伝わってくる。
「……ただ、不安なんだ。
君は、君自身が傷つくことに何の躊躇いも見せないから。
このままではいつか、目の前で君が壊れてしまう日が来るんじゃないかと……」
の瞳が、僅かに揺れた。
困ったように目を伏せてから、顔を上げる。
そこに浮かんでいたのは、ほんの少しだけ苦味を含んだ笑顔。
「……考えすぎだよ、ネスティ。
私はただ、後悔したくないだけなんだ。
『あの時ああしていたら』とか、そんな風に後から思いたくないだけ。
何もしないで後悔するくらいなら、何かをしてから後悔した方が、まだいいから。
同じように苦しむならその方がいい。
できることをしなかったって……そうやって後悔するのが、一番つらいから」
言い切るの眼には、信念の光を見て取れる。
その信念が、本当に彼女を滅ぼしてしまう日が来てしまいそうで、心の奥底がぐっと苦しくなる。
ふと、右手にぬくもりを感じた。
が、肩に載せていたネスティの右手の上に、自らの手を重ねていた。
「ネスティがそんな顔すること無いんだよ。
心配してくれてありがとう。
私は、大丈夫だから……」
月光に映し出された微笑は、ひどく儚いものに見えた。
それでも、手に伝わるぬくもりは本物であり、彼女がここにいるという証だから。
ネスティは、それ以上何も言うことができなかった。