罪人になった僕たちの、たった一つの希望。
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第3話 差し伸べられた救いの手 後編
空が白み始めるのも時間の問題。
そんな頃に、黒の旅団の面々は、駐屯地へと帰還した。
それぞれに、顔つきが暗い。
解散を言い渡されて、疲れ切った顔をしたまま重い足取りでで各々に割り当てられたテントへと帰っていく。
イオスは、自分のテント内で眠りにつく少女に明日どんな顔をすればいいかと、頭を悩ませながらテントへ向かった。
しかしそれは、無駄なことだと思い知らされることになった。
「な……っ!」
開かれたテントの入り口から僅かに入る月光に、ベッドの上に座り込んでいる少女が浮かびだされた。
――起きていたなんて……――
は、イオスが帰ってきたことを知ると顔を上げ、ベッドから降り、イオスの方へ歩き出そうとする。
「――来るな!!」
「!?」
突然のイオスの叫びに、がびくっと身体をすくませる。
「……僕に、近づいちゃいけない……」
イオスはに聞こえるかどうかというくらいの声でそれだけ言うと、コートを脱いで、机に置かれたランプに火をつけた。
小さな明かりがテントを照らす中で、自分のベッドにどさりと腰を下ろす。
はどうしたらいいのかわからず、立ち尽くしていた。
暫しの沈黙の後、イオスがぽつりぽつりと喋りだした。
「……君には、言わなかった……いや、言えなかったけど。
今日の任務は、ある村を襲撃して、そこから『聖女』を捕獲するものだったんだ。
襲撃の際に、村に火を放って……
村人も、殺した。
無抵抗の者も、女も、子供も」
それを聞いたの表情が一瞬こわばる。
構わずイオスは続けた。
「……僕は、いや僕たちは、これからずっとそのことを負っていかないといけないだろう。
聖女の捕獲が出来なかったことで、僕たちのしたことは、ただの殺戮になってしまった。
君は……もう、ここにはいない方がいいのかもしれないな……」
の目が見開かれる。
イオスは顔を伏せる。
そうすることで、の視線から逃げるように。
「どこかの街で、僕たちと関わったことを忘れて生きるんだ。
声が出ない現状で君を置いていくのは心配だけど、少なくともここにいるよりはいいはずだ……
こんな、血に汚れた僕たちのそばには、居ちゃいけない……」
そこまで言って、初めて、イオスはがいつの間にか自分の目の前まで来ていた事に気づいた。
そして、その顔を見て、言葉が止まる。
その瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出ていた。
はイオスの背に腕を回して、ぎゅっと抱きしめる。
最初こそ振りほどこうと思ったイオスだが、ちっとも離れないに、どうしていいかわからなくなる。
「…………ぃで…………」
「……え……?」
聞きなれない、かすれた、しぼり出すような声。
はっとイオスがを見る。
「……そんなこと、いわないで……
イオスさんも、ルヴァイドさんも……ほかのみんなも……
……ほんとうは、優しいんだって、知ってるから」
「きみ、声が……」
は、イオスの左腕――村人によって負傷した部分――に、そっと手を添える。
「……あたしを、捨てないで……置いていかないで……
あたしの居場所は、ここしかないのに……」
の目からは、相変わらずぼろぼろと涙がこぼれている。
左腕に添えられた手から、やわらかい温かな光が生じる。
瞬く間に、イオスの左腕からは痛みが消え去っていった。
――これは……
この子は、一体……??――
「こんな怪我までして、辛い思いもして……
……それなのに、自分を責めたりしないで……
イオスさんは、あたしを助けてくれた。
だから、あたしはここにいたい。恩返しがしたい……
なのに、追い出されたらそれも出来なくなっちゃう……」
の夜空色の瞳は、まっすぐで。
引き込まれそうに、なる。
「あたしは、たとえ誰に何と言われたって、どんなことをしてたって……
イオスさんが、ここのみんなが好きだから……
だからお願い…………ここに、いさせて…………」
しがみ付いて泣きじゃくるを、イオスはぎゅっと強く抱きしめた。
そして、静かに涙を流す。
君は。
こんな僕たちを――自分自身でさえ、恐ろしい事をしでかしてしまったと思っている僕たちを、好きだと言ってくれるのか。
救われることなどないことをした僕たちに、救いの手を差し伸べてくれる。
恩返しなんていうけれど、その言葉だけで――
「……ありがとう……」
イオスは、を抱きしめたまま、泣いた。
嗚咽が、時折聞こえる。
その涙は、己の罪への後悔なのか。
それとも……腕の中の少女への感謝の念なのか――
* * *
「……すまない、みっともない所を……」
ひとしきり涙を流した後、イオスの口から零れた最初の言葉だった。
を腕から開放し、頬を少し紅く染めるイオスを見て、も頬を緩ませた。
「そんな、気にしないでください」
そう言って、はにっこり笑う。
今まで見てきた笑顔に、声が加わった。
それだけで、こんなにも表情に深みが増すものなのかと、イオスはの笑顔を見て思った。
「でも、よかったな。声が出せるようになったみたいで」
「はい。
……イオスさんに感謝です。
あの時、どうしてもイオスさんにあたしの心、伝えたかったから……
言いたい、言わなきゃって思ってたら、声が出るようになってたんですよ」
「そうか……」
嬉しそうに話すの顔を見ているうちに、イオスも、心の内に広がっていた紅い闇が消えていくのがわかった。
「……そういえば、まだちゃんと教えてもらってなかったな」
「?」
何のことかと首を傾げるに、イオスが笑ってみせる。
「君の、名前。
書いてくれたけど、読めなかったからね。
……声が出るようになったら、一番最初に聞きたかったんだ」
告げられた言葉に、一呼吸置いてから、答えた。
「、です。
改めて、よろしくおねがいしますね。イオスさん」