単調な時間。

 運命を変えた出来事。



 語られるのは、意外な真実。





with

第4話  Constitute Element
〜もうひとりの彼女の場合〜






 ――がしゃん!



 テント内に響いた何かの割れるような音に、イオスは目を覚ました。

 がばっと起き上がり、そちらへと目をやると。



「「…………あ。」」



 困ったような顔をした、そろそろ見慣れつつある少女が一人、佇んでいた。

 その足元には、砕けた陶器の残骸と、水たまり。



「…………」

「あああっ、あの、えーとっ……
 ごめんなさいっ!!」



 が慌てて頭を下げる。
 パニックを起こしてしまっているらしく、おろおろしていた。

 悪さをして怒られるのを待つ子供のような顔のが妙におかしくて、イオスの頬も自然に緩んだ。



「大丈夫だよ。
 それより、怪我はないか?」

「あ、はい。平気です。
 でも水さしが……」



 がひっくり返してしまったのは、中身の入った水差しだったらしい。
 おおかた、取っ手の部分にでも水がついていて、手を滑らせてしまったのだろう。



「いいさ、これくらい。
 でも、どうして急に水を……?」

 普段なら、起きてすぐには水はいらない。
 今日に限ってが水を汲んできたことを不思議に思ったイオスが尋ねると、は少し恥ずかしそうにうつむいた。



「えと……
 前に、朝起きてすぐにコップ一杯水を飲むと、身体が動かしやすくなるって聞いたことがあるから。
 イオスさん、疲れてるかなと思って……持ってきたんですけど……」

 よく見ると、は片手にグラスを持っていた。



「僕の……ために?」

 やや呆けたようなイオスに、がこくんと頷いた。

「昨日、おそかったし……それに…………」



 が口をつぐむ。
 その様子から、イオスの脳裏にも、昨夜の悪夢が浮かび上がる。

 顔に陰を落とすイオスの袖のすそがくいっと引かれた。見ると、が心配そうにイオスの顔を覗き込んでいる。

 イオスは微笑んでの頭を撫でてやった。



「……大丈夫だよ。
 ありがとう、



 が嬉しそうに顔を綻ばせる。
 だんだん日常になってきた光景だったが、どうも、の様子が今までと違うような気がする。



「どうかしたのか?」

「なまえ…………呼んでくれたから。
 なんか、うれしくて」



 褒められて喜ぶ子供のような笑顔のにやや疑問を覚えつつも、イオスは一度はあきらめかけていたの笑顔を見られることに安堵の息をついた。







「……そういえば、ルヴァイド様に君の声が戻ったことを報告しに行っていなかったな。
 あとで一緒に来てくれるか?

 その……いろいろ聞かないといけないこともあるし」



 僅かに言葉を濁したイオスの様子から、にもその意味は理解できた。

 そのうえで、ゆっくりと頷いてみせた。



* * *



「失礼します」

 声とともに、ルヴァイドのテントにイオスが入ってきた。
 後ろには、いつものようにがくっついている。

 いつものように、入るときにぴょこんとおじぎをする。



 しかし、今日は。



「おじゃまします……」

「……!?」



 聞きなれぬ声に、ルヴァイドが目を丸くした。



「声が、出るようになったのか?」

 尋ねるルヴァイドに、がこくりと頷く。



「まずはこのことの報告をと思いまして。
 あとは……」

 イオスが言葉を濁す。ルヴァイドのほうも、イオスの言わんとしていることはすぐに理解できた。

「そうだな……」



 ルヴァイドが、に向き直る。



「さて……お前には、いくつか尋ねねばならんことがある。
 お前を相手に尋問じみたことをするつもりはないんだが、これも軍の規則でな」

「だいじょぶです。
 覚悟、出来てますから」



 答えるの目に、ルヴァイドも大きく頷いた。



「まずは名前と……それから、どこから来たのかというところだな」



 未だに、がどこから召喚されてきたのかというのは釈然としていない。
 がこの世界にやってきたときの魔力は、4世界のどれにも属していないものだったということは、ゼルフィルドが既に感知している。

 しかも召喚主の姿がなく、その上肝心の自身の声が出ないとなっては、調べようもなかった。



「名前は、
 です」

……?」



 聞きなれぬ響きの名前に、ルヴァイドもイオスも小首を傾げる。

「あっ、ええと……ってのは、苗字です」

「苗字……家名のことか?
 家名があるということは、貴族なのか?」

「ぜんぜん違いますよ。
 貴族なんかじゃないです」

 首を横に振り、ルヴァイドの問いを否定する。



「あたしは、孤児だったから」



 その言葉に、ふたりが息を飲んだ。



「あたしが生まれてすぐの頃に、ある街に、あたしを連れて辿り着いた人がいるらしいんです。
 その人の苗字が、で。
 あたしはそれをもらっただけです。

 ……その人があたしの親なのかとか、そういうことは、全然わからなくて。
 物心ついたときには、あたしはもう施設にいたんです」



 は、まるで他人事のように淡々と語る。



「そこでの生活は、本当に単調でした。
 ただ息をして、身体を動かして。
 そんな風に、薄っぺらでつまらない時間を、無駄に過ごしていました。

 生きるっていうことが、どんなものかもわからなくなるくらいに」



 イオスは、ここへ来てから時々が見せていた戸惑ったような表情の意味を、理解したような気がした。

 ただ時を刻んでいただけの時には感じられなかったことを、感じることが出来たのだろうかと。



「それが変わったのは、13歳のときです。

 あの時あの人に出会わなかったら、あたしはここにいなかった。
 それくらい、私の中で大きなことが、あったんです」



 そこで初めて、温かな表情へと変わる。

 が、ルヴァイドもイオスも、引っかかる単語を耳にして、首をかしげた。



「……ちょっと待ってくれ。
 って…………今いくつなんだ??」



 話の腰を折るのは悪いと思ったが、聞かずにいられなかったイオスが、恐る恐るに尋ねる。

 は、きょとんとした顔でイオスを見た。



「歳、ですか?

 16ですけど…………」



「「え!?」」



 ルヴァイドとイオスが、声を失い固まった。

 はどうしてそんな反応が返ってきたのかわからず、怪訝そうに眉をしかめて首を傾げる。



「…………12、3か……いいとこ14歳くらいだと……」

「……俺もだ…………」



 搾り出すような声は、しっかりばっちりの耳にも届いていた。

「うあ、ひどいです2人ともっ!!」

 半泣きでがむくれる。
 そういうしぐさの幼さが、外見と相まって年齢を低く見せているという自覚が全くないらしい。



「それはそうと、お前がいた世界について、教えてはもらえないか?
 前から調べてはいたが、どうもはっきりとしないのでな……」

 気を取り直したルヴァイドが尋ねる。
 も頷いて、口を開いた。



「あたしの世界は……ここで教えてもらった、リィンバウムを取り巻く4つの世界のどれとも違うものです。

 人間以外の存在を否定していた文明を、悪魔に壊された世界。
 地上を支配するのは、権力を持ったほんの少しの人間と、悪魔でした」



「悪魔、というのは……サプレスにいるようなものか?」

「そういうのもそうですし、他にも、天使とか妖精、魔獣なんかも……
 あたしの世界では、人でないものだったらほとんどみんな『悪魔』って呼ぶんです」



 そう言いながら、の瞳が僅かに伏せられる。





 そのまま、淡々とが語る。

 瓦礫と砂の、灰色の世界を。





「ホントのところ、あたしは街の外をほとんど見たことがなくて、今までの話は与えられた知識によるものなんですけどね。

 最初に住んでた街を出たのは、今から1年とちょっと前。



 ある研究機関に、『兵器』としての実験体として売られたんです」





「「……!?」」



 これには、さすがのルヴァイドとイオスも言葉を失う。

 が、いくつも折り返してあるぶかぶかの袖をまくる。
 細い腕には、手の甲から肘にかけて、複雑な模様の刺青が入っていた。



 血のような、深い緋色の。





「これが、兵器の証。

 研究機関が、あたしの持つ“力”……『魔界魔法』って呼ばれてた、悪魔が使うのと同じ魔法の力の、増幅と制御のために刻み込まれた紋章……



 これを刻まれてから何日かあと、あたしは『実戦テスト』と称して、ある戦場に放り込まれました。

 戦った相手は、旧国軍の亡霊とか、屍人とかの兵士たちで。

 あたしのほかに投入された『実験体』の人たちは、みんな死にました。



 それでもあたしは何とか生き延びてました。

 けど……」



 が眉間に皺を寄せる。



「後ろから、骸骨の兵士に肩を斬られて。

 殺されると思った所で、意識が遠くなって…………



 気がついたら、この世界にいたんです」





 の言葉が途切れると、テント内には沈黙だけが残った。

 暫しの後、イオスが口を開く。



「魔界魔法、というのがもしかして昨夜の……?」

 イオスの左腕を癒したあの“力”。
 召喚術とは違うあれが、彼女の『魔法』なのだろうか。



 が頷くことで肯定する。

「あたしの使う魔法は、炎なんかでの攻撃とか、怪我の回復とかが多いんです。
 詠唱をしないと多少威力が落ちるけど、声が出なくても使えるから、肩の怪我も……」

 異常に早かった肩の回復も、が自力で治療していたことによるものだったようだ。
 あれだけの怪我があんな短期間で治ったのには驚いたが、まさかこういう事だったとは。



 そこまで話してから、はルヴァイドに向き直った。



「元の世界に帰っても、あたしは研究所に戻るしかない。

 だけど…………あんなところには、帰りたくないんです。

 今はまだ役立たずだけど、必要なことは覚えます。
 拾ってくれて、居場所とあったかさをくれたお礼が、したいんです。



 ルヴァイドさん、お願いです。

 あたしを、ここにいさせてください!」



 の目は真剣そのものだった。



「……私からもお願いします、ルヴァイド様。
 彼女を……!」



 イオスもルヴァイドに言った。

 闇に呑まれそうだった心を救ってくれた少女の願いを、かなえたかった。



 ルヴァイドは暫くの間目を伏せていたが、まっすぐにを見据えた。



「俺たちと共に来るということがどういうことかは……わかっているか?」

「はい」



「命を危険に晒すことも、沢山の血を見ることもある。
 それでも、いいのか?」

「……覚悟は出来てます。
 足手まといには、なりません」



 はっきりと答えるの目に映るのは、覚悟と決意。



「そうか……

 ならば、俺が止める理由はない。



 お前を、正式に黒の旅団に迎え入れよう」



「「……!!」」



 の顔が、ぱぁっと明るくなる。

「ありがとうございます、ルヴァイドさんっ!!」

 今にもルヴァイドに飛びつかんばかりのに、イオスも胸をなでおろした。
 ルヴァイドも、僅かに困ったような顔をしたものの、顔には笑顔が浮かんでいる。



 がここに居たいと言ってくれたことは、正直、嬉しかった。
 迎え入れることに不満はなかったが、同時に不安はあった。

 顧問召喚師の微笑が、脳裏にちらつく。





 それでも、守り抜いてみせる。

 旅団の『希望』の少女を。

 久方ぶりの旅団サイド。
 一ヶ月以上間があいてしまった……!(汗)

 身の上話・ヒロイン篇です。
 意図していたわけではないんですが、ゲーム第3話は身の上話中心になってしまいました。
 なので、サブタイトルも『Another〜』第13話のものをそのまま持ってきています。
 け、決して手抜きでは……!!

『魔界魔法』というのは、コンシューマー版女神転生に登場するさまざまな魔法の総称です。アギとかディアとかですね。TRPG版の呼び方に合わせてます。
 そのうち、この辺の用語解説とかをつけたいです。

 途中、ヒロインの年齢について出てますが、見た目よりも幼く見えると言う裏設定により、イオスたちから見た歳の印象が明らかに。
 ……いくらなんでも12、3はねぇでしょ、隊長……(^^;
 でも孤児なら栄養が充分行き渡らないから、どうにもやせっぽちで背とかも小さい印象が。
 そうなると、成長始まった12歳くらいにも見えなくもないかなぁと思いつつ。
 このままロ●系にしないように気をつけないと……(汗)

 それはさておき、ようやく正式に居着くことになりました。
 さてさて、ハートの人がどう出るか……

UP: 03.11.21

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