話してみると見えてくる、意外な一面。





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第5話  おるすばん






 ルヴァイドのテントに伝令の兵士がやって来た。
 レルム村から逃げた双子の自警団員の足取りを掴んだという報告のために。



「ゼルフィルドを先行させたが……
 おそらく一筋縄ではいかんだろう。
 イオス。今から王都へ向かい、ゼルフィルドと合流してくれ」

「はっ」



 命令を受けたイオスが敬礼し、準備のために自分のテントに向かう。



 その場には、ルヴァイドとの二人が残った。



「「…………」」



 周囲に、微妙に気まずい沈黙が走る。



 互いに、昨夜の出陣前の出来事が尾を引いている。

 避けられてしまったルヴァイドも、避けてしまったも。



「……あの、ルヴァイドさん」

 沈黙を破ったのは、

 ルヴァイドが顔をあげると、はばっと頭を下げた。



「ごめんなさい!」

 ルヴァイドは、いきなり謝るに困惑した。

「お、おい……?」
「あの、きのう……
 ちゃんと見送り、出来なくて……」

 そこまで言って、しゅんと俯く。
 とりあえず、嫌われたとかそんなことではなかったようだ。

 安心したが、逆に今度は、ではなぜ避けられたのかと言う疑問が生じる。

 そんなルヴァイドの心理を読み取ったかのようなタイミングで、が言葉をつなげた。



「実は……その……

 ルヴァイドさんの兜、ちょっとデザインが怖くて…………」

「…………」



 理由を聞いたルヴァイドの頭の中が、一瞬真っ白になった気がした。

 何かしたかと心配してみれば、実際はかなり微妙この上ない理由だった。
 しかし至極申し訳なさそうに俯くは、呆れかえっているルヴァイドに気付かない。

「ごめんなさい!
 ほんとはすぐに謝りたかったけど、声が出ないからそれもできなくて……
 ルヴァイドさんに、嫌な思いさせちゃいましたよね?」

 しどろもどろになりながら、必死で謝る。



 あの時のルヴァイドの顔。

 それは、自然と“あの人”と重なってしまう。



 一度だけ、ほんの一瞬。



 拒絶してしまったときの“あの人”の、淋しそうな笑顔は。





 今でも、忘れられない。





「……気にするな。
 大したことではない」

 気がつくと、の頭の上には大きな手。
 やわらかく撫でてくれるルヴァイドの手は、温かい。

「でも……」
「苦手なものは仕方がないだろう。
 謝っている相手を責めるつもりはない。
 ……嫌われたかとは思ったがな」

 ががばっと顔をあげる。

「そんなことない!」

 あまりの剣幕に、思わず手がの頭から離れる。

「嫌ったりなんて、しない!
 ルヴァイドさんも、イオスさんもゼルフィルドさんも……
 あたしはここの人たち、みんな大好きなんですっ!!」

 早口でまくし立てるに、ルヴァイドは目を丸くしていたが。



「…………ふっ……
 ははははは……っ!」

「え??」



 突然大きな声で笑い出すルヴァイド。
 今度はの方が驚かされる。



「あぁ……すまん。
 まさか、そんな風に言ってくるとは思わなくてな……」

 ルヴァイドの様子に頭に疑問符を浮かべる



 目覚めてすぐのおびえた表情からは想像も出来なかった少女の素顔。

 芯が強く、まっすぐで純粋で。



「……イオスが入れ込むのも、わかるな」

「???」

 口の中だけでぽつりと呟かれた言葉は、の耳には届かない。



「いや、なんでもない。
 ありがとう、

 言いながら、頭を軽く撫でるルヴァイドに、ははにかんで笑った。



* * *



 そのまま暫く、はルヴァイドのテントの中で本を読んでいた。

 リィンバウムについての知識を、最低限でも身に付けるために。



「……そういえば」



 書類に向かっていたルヴァイドがふと呟く。

 つられても顔を上げた。




 お前をここに置く以上は、お前も旅団の一員として働いてもらわねばならないのだが……お前は、何をしたい?」

「え?」



 唐突に問われ、はきょとんと目を丸くする。

「何を、って……?」

「戦力として共に戦う……というわけにはさすがにいくまい。
 こまごました雑用や軍医の手伝いや……探せば、することはいくらでもある」



 本当のところは、は今までどおり過ごしていても構わない。

 しかし、本人が恩返しをしたいといっている以上、いつまでも客分のような扱いをしているのもどうかというところであり。



 何よりも、あの顧問召喚師がを見つけたときに何をしでかすかがわからない。



 だったら、今のうちから旅団の一員であるということを主張できるようにしておいた方がいい。

 戦場に立つ必要はない。むしろ、立たせたくなどない。
 とはいえ、何があるかわからない以上、最低限自分の身くらいは守れるようにしてほしいが。



 ルヴァイドの言葉に、は少し困ったような顔になる。

「でも……あたし、身の回りのことなんて何もしたことないですし、役に立てるのって言ったら魔法くらいしか……」

 そこまで言って、はしゅんと俯いてしまった。



 言っていて、改めて、役立たずだと思い知らされる。

 胸の奥が、暗く重くなるのを感じる。



「わからないことは、これからいくらでも覚えられるだろう?
 心配することはない」



 ルヴァイドがくしゃっとの頭をなでた。

 しかし頬を緩めるとは対照的に、ルヴァイドの心の奥では暗いものが見え隠れしていた。



――とは言ったものの、あいつは簡単には納得しないだろうな。
 どうしたものか……――



 聖女の捕獲という任務のことも、まだ終わってはいない。

 頭を抱える問題の多さに、もうしばらく悩まされそうで、思わずため息がこぼれた。



* * *



 黙々と本を読んでいたが、突然はっと顔を上げた。



「…………!」



 何もない方向をじっと見ているに、ルヴァイドが訝しげに尋ねる。

「……どうかしたのか?」



 は答えない。

 遠いところを見つめるような顔のまま、ぴくりとも動かない。



「…………?」



 今度は少し強めに呼んでみる。

 そこで初めて、は呼ばれていたことに気付いた。



「……え?
 あ、ごめんなさい。何ですか?」



「それはこっちのセリフだ。
 いきなり顔を上げたと思ったら何もないところを見て……

 どうかしたのか?」



 ややあきれたような口調で、もういちどルヴァイドが尋ねる。
 はばつの悪そうな顔をしてから、もう一度、先程見ていたほうへと目をやる。



「とおくに、強い力を感じたんです。

 あっちの方から……」



 が指差し、視線を向ける方角を見て、ルヴァイドはその先に何があるのかを思い出した。



 聖王都ゼラムだ。



――強い力……?
 召喚術か?――



 遠くから察知できるようなものは、他にはぱっと思い浮かばない。

 そして、『召喚術』から、ルヴァイドの脳裏にひとりの人影が思い浮かぶ。



 自分と剣で対等に渡りあい、そのあと巨大な鳥を呼び出して囮にし、見事に逃げ出したあの女冒険者が。



 ゼラムには蒼の派閥の本部もある。
 の感じた『力』というのが召喚術であったなら、蒼の派閥で何かをしているだけなのかもしれない。

 しかし、とっさに浮かんだあの少女の顔。



 もしかしたら、イオスたちと接触して戦っているのかもしれない。



 彼女が加わっているとなると、聖女の捕獲はまた難しくなる。

 まったく、どうしたものか。





 ため息をついたとき、ふと視線の中にが映る。



 彼女は、こんな遠いところから、おそらくゼラムからであろう力の気配を感じ取った。



 そんなことが出来るのなら、あるいは……





 ルヴァイドの脳裏に、何かがぴんとひらめく。



「――

 召喚術を覚える気は、ないか?」



「召喚、術……?」



 がきょとんとする。



「あぁ。
 お前の使えるという魔法の力がどれほどのものかは知らんが、異世界の術となるとそうとう目立つだろう。
 だが、このリィンバウムの召喚術なら、使っていても何も不思議ではないからな」



 何より、あの顧問召喚師の興味の対象から、少しでも離せるだろう。



「召喚術が使えたら……
 戦場でも、ルヴァイドさんたちの役に、立てますか?」

 の問いに、ルヴァイドは大きく頷く。

「ああ。
 旅団には召喚師は多くないからな。そのぶん、複雑なことを教えることは出来ないだろうが……」

「やるっ! やります!!
 みんなの役に立てるんなら、やらせてください!!」

 やや興奮気味にまくし立てる。
 その姿にルヴァイドは少し驚いたが、から感じたやる気は、間違いなく本物。



「よし。
 それじゃあ、旅団内にいる召喚師には俺から言っておこう」

「はいっ、ありがとうございます!!」



 は、花が咲いたような満面の笑顔を浮かべた。

 隊長は『Another〜』の方へ出張してしまっているので、黒騎士殿と小動物で仲良くお留守番です(その言い方はどうよ)。

 ていうかこれ、ルヴァイド夢……? いや、『夢』じゃないですね。

 とりあえず、第3話でヒロインがルヴァイドを避けてた理由が発覚。
 屍人の兵隊と戦った記憶がまだ鮮明に残ってるときにあの兜は怖いと思います、正直。
 ていうか、そんなん抜きにしてもあの兜のデザインはちょっと……

 しかし、メインの方に比べると、こっちはホントに短いですね。
 まぁ、お相手たる隊長が留守なのが問題なんですが。こればっかりはどうにも。
 ヒロインは主人公に比べると断然動かしにくくて。主人公が動かしやすすぎるという説もありますが。
 何より登場人物が少ないですからね、こっちは。しょうがないのかもしれないです。

 ともあれ、次回に続きます。
 次には隊長帰ってくるかな?(本当に短いな)

UP: 03.12.05

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