ためらわない。
譲らない。
後悔なんて、しない。
with
第6話 ともだち
日が暮れた頃、テントの外がざわめき始めた。
が、読んでいた本から顔を上げる。
ルヴァイドも走らせていたペンの動きを止めた。
おそらく、帰ってきたのだろう。
は本をぱたんと閉じ、立ち上がるとテントの外へと駆け出した。
「…………」
その光景は、さながら帰宅した主人を出迎えに玄関へ走っていく仔犬のようだったと、テントの主は思った。
* * *
テントから出るとすぐに、兵士が集まっているのが見えた。
その中心には、頭ひとつ分飛び出した漆黒の機体。
すぐそばに、金色が見え隠れしている。
が駆け寄ると、気付いた兵士達は自然と道を開けた。
「イオスさんっ!!」
声を掛けられ、イオスが顔を上げた瞬間。
がイオスに飛びついた。
「うわ……っ!?」
「おかえりなさいっ!!」
そのまま倒れこみそうになるのを、何とか踏みとどまってこらえる。
「お、おい……?」
イオスは突然のの行動に驚いていた。
今まで、しがみつかれたことはあっても飛びつかれたりしたことはなかった。
自分がいない間に、何があったのやら。
とりあえず話を聞こうと思い口を開いたが、言葉は出る前に封じられた。
「…………なにか、あったんですか?」
顔をすぐ下のほうから覗き込んでいるの顔は、飛びついてきたときの明るさがなくなっている。
不安の混じった瞳で、心配そうに見つめていた。
「……大したことじゃないよ」
安心させるように頭をなでるが、は納得がいかないような顔をしていた。
「……あのぅ、イオス隊長」
おずおずと声を掛けられて振り返ると、なんとも複雑な表情の兵士達。
「なんだ?」
「その……
この子、しゃべれたんですか?」
言われて初めて、ルヴァイド以外にの声が出るようになったことを教えていなかったことを思い出した。
「ほら、」
イオスが促すと、はしがみついていた手を離し、皆に向き直った。
「えっと……あらためまして、です。
これからは、“黒の旅団”の一員としてがんばりたいです。
こんごともよろしくお願いしますっ」
そう言ってから、ぴょこんと頭を下げた。
「よろしくな!」
「ちゃんって言うのかー。
いい名前だな」
「歓迎するよ。
ようこそ、“黒の旅団”へ!! ってな」
傷つき、疲れ果てていた兵士達の張り詰められた空気が、によって和む。
その光景を見つめるイオスの瞳もまた、温かいものとなっていた。
* * *
「――それで、何があったんですか?」
テントに戻り、コートを脱いでひと息ついたイオスに、自分のベッドにちょこんと腰掛けたが唐突に尋ねた。
「さっきは、何もないって言ってたけど。
イオスさんの眼、つらそうだった。
だから、気になっちゃって……」
「そんなこと…………わかるものなのか?」
イオスは僅かに目を見開いた。
「なんとなく…………です。
はずれてたら、ごめんなさい」
「………………」
言葉が出なかった。
本当に、この少女には驚かされる。
少し迷って、イオスはゆっくりと口を開いた。
「――友達が……できたんだ。
けど、そいつは聖女を守る冒険者の一人だってことが、後からわかってね……」
「……敵、ってことですか?」
遠慮がちに尋ねるの問いを、頷くことで肯定した。
「正直、やりにくいよ。
適当にあしらって追い払えるなら楽なのに、そんなものが通用する相手じゃない。
向こうも譲れないし、僕も譲るわけにはいかない。
だから、戦うしかない……」
イオスは、そこまで言って目を伏せた。
僅かな沈黙が、広くないテントの中に流れる。
破ったのは、だった。
「前、ある人が言ってました。
友達だと思ってた人と、戦わなくちゃならなくなったことがあったって。
その人は、戦いたくなくて、手が出せなかった。
でも、相手の人がこう言ってたんだって。
『友達だからこそ、手は抜かない。
全力で戦うんだ』
……あたしには、最初その意味がわからなかった。
けど、その人教えてくれたんです。
友達だと思うからこそ、真剣に戦いたいんだって。
変に手加減したり手を抜いたら、相手に失礼なんだって――」
言われて、イオスははっと顔をあげた。
同じことを、『彼女』は言っていた。
刃を交える直前の『友達』の言葉を思い出す。
――私は友達が相手だからって手加減するつもりはないから――
そうだ。
彼女も、の話す人物と同じように、覚悟と意思を持っている。
それは、自分だって同じはず。
「だからその、イオスさんも、悩んじゃダメなんです。
友達だったら、むしろ戦って勝ってやるぞくらいの意気込みでいればいいんですよ!」
ぐっと拳を握り締めるに、イオスは目を丸くした。
そのまま固まってしまったイオスに、は不思議そうな目を向ける。
「……あの、あたし何か変なこと言いました??」
「え? ……あぁ、まさか君からそんな言葉が出るとは思わなくて……」
あっけにとられたような顔のイオスを見て、はくすくす笑った。
「そんなにおかしいかなぁ?」
「少なくとも、意外だったのは確かかな。
君はもっと、『戦わないで』とかいいそうな感じがするし」
「そうなんですか?
あたしって、そういう風に見えるのか……」
と笑いあう、ささやかなひととき。
ずっと続いてほしい、温かい時間。
あの時、確かに『彼女』とも、これとよく似た時間を共有できていた。
出会わなければ、とは思わない。
後悔なんてしない。
だからせめて、『友達』だと、思わせてほしい。
君という好敵手と出会い、戦ったことに誇りを持てるように。