向かう先に、待つものは。
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第7話 あったかいひとたち
「買い物、ですか?」
きょとんとしてが問うと、イオスは頷いた。
「あわただしくて先送りになってしまったけど、君の身の回りのものをそろえないといけないからな。
着替えとか、いろいろと必要だろう?」
はじめてこの世界に来たときが着ていた服は、肩がざっくりやられてしまっていて再起不能ということで処分されている。無事だった靴はそのまま履いているけれど。
今の彼女は、旅団員達から服を借りている。
誰の服でもには大きすぎるので、シャツの袖やズボンの裾を何度も折り返して着ている。
ズボンを留めようにもベルト穴はいちばん狭いところでも余るため、代わりに紐で縛って押さえる。
ずっと旅団に留まるからには、着替えや日用品だって必要になってくる。
いつまでも間に合わせというわけにはいかない。
「でも、どこで買うんですか?」
「ゼラムだよ。
このあたりには他に物をそろえるような場所がないからね」
「だけど、ゼラムって……」
ゼラムには、旅団の目標である“聖女”と、彼女を守る冒険者や召喚師がいるのではなかっただろうか。
警戒されている可能性だってじゅうぶんにある。
「大丈夫だよ。
武装して大勢で行くわけじゃない。
僕と君くらいなら、気をつけてさえいればどうということはないからね」
イオスが心配そうなの頭を軽く撫でて微笑んでやると、も不安をやわらげることが出来たらしく、表情の固さが減った。
* * *
「イオスさん、これなんですか?」
「…………馬、見たことないのか?」
厩舎に着いたの第一声はそんなものだった。
物珍しそうに馬を眺めるに、イオスは不思議そうに首をかしげた。
「これが馬なんですか?
へぇ……
実物、初めて見ます。名前くらいは、知識として覚えましたけど」
よく考えてみたら、を連れて厩舎の方へ来た事はなかった。
がひとりでいるときにここに来なかったのは、今のの言動を見ているとすぐにわかる。
「じゃあ、乗るのも初めてか?」
「はい。
何か乗り物に乗ること自体、数えるくらいあったかどうかって感じだし」
「そうか。
じゃあ……ホラ」
言いながら、イオスはひらりと馬に乗り、手を差し出す。
差し出された手にが掴まると、次の瞬間ふわりと体が浮く感覚。
一瞬の間をおいて、は自分がイオスによって引き上げられ、抱えられているのだと気がついた。
が目をぱちぱちさせていると、耳元で声がした。
「それじゃあ、行くぞ――しっかり掴まっててくれ」
言い終わるのとほぼ同時に、イオスは馬を走らせ始めた。
初めの方こそぼんやりと前方を見ていただったが、揺れる馬上から振り落とされるかもしれないと、慌ててイオスにしがみついた。
流れていく景色を眺めるのに夢中のは、明らかに実年齢以上の幼さが見える。
それは、微笑ましさと同時に、変わり映えのない閉鎖空間での生活のせいで彼女の心が発達しきっていないのだと、否応なく思い知らされるものだった。
* * *
到着したゼラムの街を見て、は感嘆の声を上げた。
「うわぁ…………っ!
ここが、ゼラム……!?」
賑わう綺麗な街並みは、荒廃した世界しか知らないにとってはとても新鮮なものだった。
「早速商店街に行こうか。
ほら、よそ見をしているとはぐれるぞ」
「わわっ、待って!」
イオスはきょろきょろと辺りを見回すに、忠告をしながら手を差し出す。
は慌てて差し出された方の腕にぎゅっとしがみついた。
「まず、その格好をどうにかしないといけないな」
そう言って最初に向かった先は、洋服屋。
「いらっしゃいませ」
店に入るとすぐ、年かさの女性店員がやって来た。
「彼女の服が欲しいんだが」
「かしこまりました。
さ、こちらへどうぞ」
そう言って、店員はを店の奥へと促す。
「、買い物の仕方、ちゃんと覚えてるか?」
「あ、はい。
だいじょぶですよ」
「じゃあ……
すまないんだが、しばらくこの辺りで必要なものを揃えていてくれないか?
僕は今のうちに“仕事”を済ませてくるから」
イオスがゼラムへ来た目的は、の買い物のほかにもうひとつあった。
聖女一行を見張らせている部下の報告を受け取りに行くこと。
前回、高級住宅街で交戦したせいで、向こうの警戒が強まっているだろうということになり、聖女一行に若干名の見張りを交代でつけさせていた。
どこかへ移動するようだったり、動きがあったときに対応できるようにと。
潜伏している彼らに会い、まとめられた情報を受け取ってルヴァイドに報告するのが、今回の“仕事”である。
と一緒にいてやりたかったが、正直なところ時間があまりないのも事実だった。
生活の道具を買うのにはついていてやれるが、服……そのうえ下着やらまで買うとなれば、自分よりもその店の店員に任せたほうがいい。
というか、はっきり言って居心地はよろしくない。
イオスは先程の女性店員に必要なものを全てそろえねばならない旨を告げ、予算を提示して、のことを任せた。
女性店員は快諾してくれた。
「じゃあ……しばらくしたら戻るから、買い物が終わったら、この店の前で待っててくれ」
「はい、わかったです」
やや緊張気味なの頭を撫でてから、イオスはその店を後にした。
店員にアドバイスをもらい、予算と相談しながら選んだの服は、イオスのものとよく似た深い紫色をしていた。
ふくらはぎ辺りまでかかる丈の長いコートと、同色の半袖のワンピースに、タイツ。
靴だけは、最初から履いているものだったけれど。
あとは、下着も数着揃えた。
予算内で必要なだけ、ということで、店員の方でもうまく値段のやりくりをしてくれた。
「よくお似合いですよ」
そう店員に誉められ、は頬を染めた。
* * *
親切な店員に礼を言い、金を払ってから、は店を出た。
あと、イオスが戻る前に買うべきものは何があっただろうか。
考えながら商店街をうろついていたせいで、注意力が散漫になっていたのだろう。
ドンッ!!
「わっ!?」
「きゃぁ!?」
正面から歩いてきていた人物と、まともにぶつかってしまった。
は勢い余ってその場にひっくり返った。
「あうぅ……いたた……」
「ご、ごめんなさい!
大丈夫だった?」
身体を起こすと、相手も自分と同じ目にあったらしく地面に座り込んでしまっていた。
心配そうにのほうを見ている。
「あ、はい……
だいじょぶです」
がそう言うと、相手の少女――よりは年上に見える。もちろん実年齢の話だが――がほっと胸をなでおろしたようなしぐさをした。
「まったく、気をつけないとダメだろ、トリス?
ごめんな、俺の妹ドジで……」
「いえ、あたしの方も考え事してて、それで……」
言いながら、ぶつかった相手――トリスの兄――マグナが、に手を差し出し、立つのを手伝ってくれた。
「あ、そうだ。
すいません。ええと、変なこと聞くみたいになっちゃうんですけど、生活に必要なものって、何を買えばいいんでしょうか?」
「「「は?」」」
突然のの問いに、マグナもトリスも、そばにいた白と青の服を着た栗色の髪の少女も、同時に間の抜けた声を上げてしまった。
「えぇと、あたし、こっちの世界に来てまだそんなに経ってなくて。
何を買えばいいのかとかも良くわからないから……」
「え?
じゃああなたもしかして、召喚されてきたの?」
トリスが尋ねると、はこくんと頷いた。
「そっかぁ…………
じゃあ、あたし達が買い物手伝ってあげるよ!
ね、アメル?」
「そうですね」
「いいんですか?」
トリスとアメルは、揃って笑顔で頷いた。
「もちろんよ。
困ったときはお互い様ってね!
……えっと、あたしはトリス。これでも蒼の派閥の召喚師なのよ。
それと、この子はあたしの護衛獣のハサハよ」
トリスの視線を追うと、狐の耳をもつ和服姿の少女が、トリスの陰に隠れるように立っていた。
「俺はトリスの双子の兄のマグナ。
俺も、派閥の召喚師なんだ。
こっちが、護衛獣のレオルド」
「ヨロシクオ願イシマス」
マグナのそばに立つレオルドは、の見慣れた機械兵士――ゼルフィルドとはまた違った印象を与える。
「それから、あたしはアメルっていいます。
あなたのお名前は?」
にこりと微笑むアメルは、何だか心を温かくしてくれた。
「です。
ええと、はじめまして」
普段は、慣れない人が相手だとすくんでしまうはずの身体が、何故か自然に動いた。
にとっては、自分でも驚くほど珍しいことだった。
* * *
トリスに案内され、生活用品その他を買い揃えることが出来た。
「そういえばさ、は今どんな人と一緒にいるの?」
ふいに、トリスがそんなことを尋ねてきた。
「う〜んと……
あったかいひとたち、かなぁ。
みんな、いきなり転がり込んだあたしに、親切にしてくれるです。
よくわからないけど、きっと家族ってあんな感じなんだろうな……」
最後にぽつりと呟かれた言葉に、トリスや端で聞いていたマグナとアメルは、最初にいた世界でがどんな風に過ごしていたかをおぼろげながら察した。
自分たちと同じように、親を知らずに育ったのだと。
アメルは、アグラ爺さんがいてくれたけれど、父親と母親の顔は知らない。
そしてマグナとトリスは、物心ついたときから『家族』は兄妹二人きりだったから。
「……じゃあ、ちゃんはさみしくないんだね?」
「はい!
あたし、今とっても幸せです」
アメルの言葉に、は満面の笑顔で答えた。
「だから、幸せをくれたみんなに、お礼がしたいんです。
でも、あたしは何も出来ないから、どうしたらいいのかって……」
そこまで言って、の顔に少し陰りが見え始めた。
「そんなに落ち込むなよ。
きっと、探せばいくらでもあるよ!」
「そうそう!
だから、元気出して!! ねっ?」
「……はい」
マグナとトリスに励まされ、が照れたように笑った。
「そうだ!
ねぇ、ちゃん。
そのお世話になった皆さんの身の回りのお手伝いをするのって、どうかな?
お料理とか、洗濯とか、お掃除とか」
「あ、それいいんじゃない?」
アメルが提案する。トリスも同意してみせた。
「うん、俺もそれいいと思うよ。
心のこもった料理とか、すごく喜んでくれるんじゃないかな」
マグナも頷く。
しかし、はしゅんとしてしまう。
「あたし、“料理”も“洗濯”も、言葉を聞いたことくらいはありますけど、実際にやったこと、ないです……」
「「「え。」」」
の発言に、3人が固まる。
言葉を聞いたことくらい、ということは、方法もまるでわからないド素人だということだ。
何だか、屋敷に残った自分の仲間を髣髴とさせる。
落ち込んでしまったの肩に、アメルがそっと手を乗せた。
「だいじょうぶだよ、ちゃん。
家事なんて場数なんだから。
誰だって最初はやり方を知らないけど、やっていくうちに上手くなっていくものなんだよ。
あたしも、最初は何も出来なかったけど、いつもやってたら出来るようになったんだよ。
だから、ちゃんもきっと出来るようになるよ」
「本当に?」
「うん、もちろん!」
にっこり笑うと、の顔にも明るさが戻った。
「じゃあ、頑張ってみます」
「……あ、そうだ!
いいこと思いついた♪」
トリスが不意に声を上げた。
マグナとアメル、そしては、何事だといった顔でそちらを見る。
「ね、。
みんなにお料理作るならさ、こんなのどうかな?」
そう言いながら、考えたアイディアを3人に話した。
「「「えっ!?」」」
「ねっ、いいでしょ?」
目を丸くした3人に、トリスがウィンクしてみせた。