居心地のよさは、逆に痛い。

 不安が、頭から離れない。



 良くないことが、起ころうとしている。





with

第13話  孤独の肖像






 イオス達からの伝令が届いた。

 聖女一行が、フロト湿原へ向かったと。



 ルヴァイドは出陣の準備を整えると、こちらへ歩み寄ってきたを見下ろした。

「ルヴァイドさん、あたしも行きます。行かせてください」
「いや、だめだ」

 懇願するに、しかしルヴァイドは静かに首を振る。



「どうして!?」

「お前はまだ、召喚術の修行を終えていない。
 中途半端な状態で戦場に立つことが何を意味するか、わからないわけではないだろう?」

「……だったら、召喚術じゃなければ!
 あたしには、召喚術だけじゃ……!!」
「それは使うなと言ったはずだ」



 ぴしゃりと言われてしまうと、返す言葉がない。
 は俯いて唇を噛み締めた。

 悔しそうなの表情に、ルヴァイドは困ったような顔をして、ぽんっとその大きな手をの頭に載せた。



「わかってくれ。お前を危険に晒したくない。

 決してお前が力不足だなどとは言わん。むしろ術の習得がとても早いと報告を受けている。
 だが、未熟なままで戦場に立たせるわけにはいかんのだ。
 ……わかるな?」

「…………はい」



 言いながら、ルヴァイドはまだ納得のいかなそうなの頭をくしゃくしゃとなでる。



「心配するな、すぐに戻る。
 それに万一のためにこちらにも何人か兵士を残しておくから」

「……はい……わかりました」



 ルヴァイドが頭から手を離すと、が顔を上げ、恐る恐る言った。



「ちゃんと、帰ってきてくださいね……」
「当たり前だ。
 何をそんなに恐れる?」



「嫌な予感が、するから……
 それに……

 みんながいなくなって、あたしだけが取り残されて……あの時と、同じだから」



「……あの時?」

 謎の多い言葉に、思わずルヴァイドは尋ねる。
 は顔を曇らせ、小さく笑う。



「……昔の、ことです」



 その出来事は、の琴線に触れるものなのだろう。

 そう思い、ルヴァイドはそれ以上何も聞かなかった。



* * *



 イオスもいない。
 ルヴァイドもいない。
 ゼルフィルドもいない。

 エリックも、貴重な召喚兵として出て行ったため、本当にの周りには誰もいない。

 がこの“黒の旅団”の駐屯地にやってきて、初めてのことだった。



――ひとりだと、やっぱりいろいろ考えちゃうな……――



 は空を見上げて、ため息をひとつついた。



 新鮮な生活と、誰かがそばにいてくれることで、振り返ることなど考えなかった。

 しかし、ひとりになった今、抑えられていたものが次から次へと浮かんでくる。



 何故、リィンバウムへやって来たのかとか。

 自分がいなくなったことが、あの研究所にどんな影響を及ぼしたのかとか。



 大きなことから小さなことまで、さまざまなものが浮かんでは消え、消えては浮かび、の心をくらいものが支配してゆく。



――“あのひと”は、今どうしてるのかな……?――



 ふいに、の脳裏にかつての“恩人”の姿が浮かぶ。



 自分を助けてくれて。

 生きることの意味を、教えてくれた“あのひと”。



 右手を空にかざすと、手の甲の刺青の鮮やかなまでの紅が目に映る。



――あのひとは、あたしが“兵器”になったことを知ってるのかな。
 知ったら、どんな顔するかな。

 ……嫌われなければ、いいな――



 研究施設に送られた、『実験体』。

 施設の中で、ちらりと見かけたことがあった。



 悪魔を、人為的に“改造”した、生体兵器たち。



 普通の“ニンゲン”から見れば、きっと自分も同類なのだろう。

 たとえ自身が“ニンゲン”であっても、施設の外の者から見たら、彼らと同じ“生体兵器”である。



 それはつまり、彼らの言うところの“バケモノ”なのだから。



 リィンバウムは、温かかった。
 にとって、とても居心地が良かった。



 イオスは優しい。

 ルヴァイドもゼルフィルドも、エリックも他の旅団員達も。
 みんな、いい人ばかりで。



 けれどもそれが、逆に痛い。



 いつ、その視線が冷たいものに変わってしまうのか。
 いつ、気味の悪いものだと追い出されてしまうのか。

 そんな不安を、心が常に感じてしまう。



 ここは居心地がいいから。温かいから。

 だからこそ、彼らに拒絶されることが。
 それだけが、何よりも恐ろしかった。



 はかざしていた手を下ろし、頭を軽く2、3度振って、歩き出した。



 不安を振り払うように。

 寂しさを紛らわせるように。



* * *



 川岸に膝を抱えてうずくまる少女の後ろ姿をとらえる者がいた。



「おい、あれって……」
「あぁ、ここの隊長が拾ったっていうガキだろ?
 何でこんな所に……」

 駐屯地に待機する、傭兵達だった。
 は彼らと接触しないようにしていたため、彼らもの名を知らない。



 そのうちの一人――こめかみから頬にかけて、大きな刀傷の痕がある――が、にやりと下卑た笑みを浮かべる。



「ちょうどいいじゃねえか。
 雇われたってのにいつまでも戦場に行けなくてムシャクシャしてたんだ。

 ちょっとばっか、“ウサ晴らし”させてもらおうぜ」



 その言葉に含まれた意味を悟り、一緒にいた二人の男が驚いて目を丸くした。

「お前、正気か?
 ありゃあまだほんのガキじゃねえか!」
「ガキだろうとオンナはオンナだろうが」
「万が一ばれたら、あの隊長に殺されるぞ!?」
「ばれなけりゃいいんだよ」



 男達の説得には、一切耳を貸さない。

「だいたい、ここの連中は揃いも揃って気に喰わねえ奴らばっかりだ。
 これから戦争おっ始めようってぇのに、綺麗事ばっかり並べやがる。
 くそ面白くもねえ」

 それは、他の男達も感じていたことだった。
 だから何も言わず、耳を傾け続ける。

 悪魔のような囁きに。



「だから、あの小娘使ってもっとドロドロにしてやろうぜ。

 いつも一緒にいる隊長サンがいないんだ。
 やるなら、今だろ?」



 そこにあるのは、邪なるものの笑みだった。
 悪魔の声に、男たちは惑わされる。

 それを受け入れられるだけの苛立ちと狂気を、彼らは持っていた。



* * *



 じゃり、と複数の足音が背後からに近づく。

 がハッとして顔を上げて振り返ると、そこには普段近づかないよう心がけていたごろつきまがいの傭兵が三人、立っていた。

 頬に大きな傷痕を持った男が、にやりと笑った。



「よう、嬢ちゃん。こんな所で一体何をしてるんだ?」

「……ぁ……!」



 は答えず、立ち上がってその場を離れようとするが、男達に囲まれてしまい動けない。



「何もしてないんだったら、退屈だろ?
 俺達の相手してくれよ」



 その言葉を合図に、囲んでいた男達がを押さえつけた。

 突然のことに反応できず、は二人がかりで押さえられ、身動きが取れなくなった。



――だ、誰か……!!――



 助けを呼ぶために叫びたかったが、口もきっちり押さえられていて声が出せない。

 傷を持つ男が、じりじりと近づいてきた。





 逃げられない。





 絶望と恐怖から、の頭の中は真っ白になり、意識が闇へ溶けた。







 次の瞬間。





 光が、はじけた。







 ドォォンッッ!!



「「「ぐあぁぁっ!?」」」



 炸裂音と共に、男達は後ろに吹き飛ばされる。



 中心にいたが、ゆっくりと立ち上がった。





 そして、傷を持つ男へと視線を向ける。





「…………!?」



 男は、言葉を失った。





 そこにいるのは、であり、ではなかった。





 姿は確かにあの少女のままだ。
 しかし、顔つきや身に纏う雰囲気は全くの別物。

 まるで高貴なもののように、ある種の威厳さえ感じさせるその気配は、冷たさと熱さという相反するものを織り交ぜ、威圧感として重く男にのしかかる。



 何より明らかに違うのは、その瞳。



 たしかに、先程までの少女の瞳は、瑠璃のような深い青色をしていた。

 しかし今の彼女の瞳は、まさしく翠玉エメラルド色。



 新緑のようなその瞳が、冷ややかにこちらを見下ろし、睨みつけている。

 表情の読み取れない淡白な表情とは裏腹に、瞳だけが明らかな怒りを携えていた。



「…………て、テメ…………!!」



 その怒りに腹立たしさを覚え、傷を持つ男は喰って掛かろうと身体を起こそうとする。

 しかし、それは叶わなかった。



「…………下がれ、汚らわしい!!」



 が、先程までの冷たい表情から一転して、怒りを全身から発しながら吼えた。



 荒々しい世界を渡り歩いてきた男達が、そろってすくみ上がる。

 それだけのものを、彼女は感じさせていた。



 ゆっくり、一歩ずつ、は傷を持つ男へと歩み寄る。

 恐怖を覚えた男は、腰が抜けて立てないのか、へたり込んだままの姿勢で少しずつあとずさる。



「く、来るな!!」



 しかしは構わない。

 手が触れるか触れないかの所まで歩み寄り、男の額あたりに手をかざした。



 その手から、温かさを感じさせる光が生まれ、男を包み込む。



「う…………がぁ…………あぁああぁああああ!!!



 途端に、男が苦しみ始め、胸のあたりを掻き毟り、その場でのた打ち回った。

 その様子を見た他の男達は、恐怖のあまり動けない。



 ばたばたと暴れ続けた男が、突如、ぷつりと糸が切れたかのように動かなくなり、その場にくずおれる。



 動かない男の身体から、黒い靄のようなものがにじみ出て、虚空に掻き消えた。



 それを見届けたが振り返って、動けない二人の男たちのほうへと片手ずつ、同じようにかざした手から光を生み出した。

 傷を持つ男の苦しみ方を目の当たりにしていた男達は、身体に襲い掛かるであろう異常に恐怖したが、いつまでもそれはやって来なかった。

 ただ、同じように靄が身体から染み出て、消えていく。
 それも、傷を持つ男のものほどの濃さはない。

 後に残ったのは、嫌にすっきりとした気分と、罪悪感だけ。



「あ……?」

「……この男を連れて、早々に立ち去るがいい。
 二度と私の前に姿を見せるな。
 わかったな」



 少女の口から紡ぎ出された声は、普段のものとはまるで印象が違った。

 男達は、何が起こったのかもわからずにおろおろとお互い顔を見合わせる。



「…………二度は言わぬ。

 行け」



 視線は、極めて冷たい。

 男達は弾かれたように身を起こし、倒れている傷を持つ男を担いで、一目散にその場を後にした。









 誰もいなくなったところで、すっ……とは目を伏せた。



 再び目を開いたとき、そこには元どおり瑠璃の瞳があった。





「あ…………あれ?」



 先程まで周りを囲んでいた男達が、どこにもいない。

 はきょろきょろと周囲を見渡した。



 その表情には、先程の威厳と冷たさはなく、いつもの彼女のものだった。

 はい、珍しくシリアス+ダーク系にまとまったwith第13話。
 小動物でかわいいヒロインのイメージが好きな方、申し訳ありませんです。
 ついでにごろつきまがいどもの行動に嫌悪感を覚えたりしたらさらに申し訳ない……!(滝汗)
 変貌の正体はのちのち明らかにして行きますので、お楽しみに。

 今回は御三方がフロト湿原に行っちゃってたので本当の意味で一人でお留守番になったわけですが。
 ヒロインの過去も少し垣間見て見ました。今回伏線だらけですね……(^^;

 タイトルは中島みゆきの歌より。
 語感で選んだだけで、歌詞イメージがどうこうとかは今回はありません。

 さて、次回はどうなる?
 というわけで、続きます。

UP: 04.04.11

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