かけがえのないものを。
自分から手放したりしないで。
with
第16話 約束と誓い
イオスは、コートにしがみつきながら未だくすんと鼻をすするの肩を抱いてやりながら自身のテントへと戻った。
日はもう暮れ落ち、あたりを宵闇が包み込んでいる。
はテントに帰っても手を離そうとしてくれなかったので、のベッドに並んで腰掛け、落ち着かせるべくそっと撫でてやった。
しばらくそうやって過ごしていたら、も落ち着いてきたのか、ぎゅっと掴んだままになっているイオスのコートからゆっくりと手を離した。
コートには、握り締められたことによる皺がしっかり残ってしまっていた。
「……落ち着いたか?」
掛けられた声にこくんと小さく頷いて、それからかすれてしまった声で小さく「ごめんなさい」と呟いた。
「いいんだよ、が謝るようなことは何もないじゃないか」
悪いのは、を守るためにと言いながらも彼女の気持ちを察することのできなかった自分だ。
言わなければならないだろう。
約束を破ってしまうところだったことを。
そうでないと、自分のことを心配してくれていたに申し訳が立たない。
それに、黙っていて後からばれるよりも、今言ってしまった方がずっと良いに決まっているから。
「……、僕はもうひとつ君に謝らないといけないことがあるんだ」
イオスはおもむろに口を開き、今日湿原で起こったことを伝えた。
聖女一行が街を離れた隙を狙い攻撃を仕掛けたが返り討ちにあってしまったこと。
その時、自分がゼルフィルドに向かって叫んだ言葉。
放たれた銃弾から助けられたこと。
そして、その相手に引っ叩かれたこと。
「………………」
ひととおりの話を聞いた後も、は俯いて黙りこくっていた。
「僕は、もう少しで君との約束を破るところだったんだ……
……本当に、ごめん……」
「………………」
「…………?」
全く反応を見せないの顔を、恐る恐るイオスが覗き込もうとすると。
「………………きらい」
「え……」
ぽつりと呟かれたのは、拒絶の言葉。
「どうして……どうして、そんな事言うの?」
「どうして、って……」
声に含まれた辛さに、イオスはどうすることもできずにいた。
はキッと顔を上げる。潤んだ瞳から、今にも涙が零れ落ちそうになっていた。
「どうして、そんなに簡単に命を投げ出すようなこと言っちゃうの?
死んじゃったら……何にもならないじゃないですか……!
イオスさんは、生きてるのに。
ちゃんと、生きてここに居られるのに。
なのに、どうしてそれを自分から捨てちゃうようなこと言うんですか……!?」
「……?」
「生きたくても、生きられない人だっているのに。
自分から、命を捨てちゃうようなこと、どうして……!」
は、涙でぼろぼろになった顔で、イオスを睨みつけた。
「あたしは…………
…………そんなイオスさん、きらいです……!!」
きらいだと言いながら、しかしはイオスの背に手を回して抱きつき、胸元に顔を押し付けてすすり泣いた。
その言葉と、矛盾するようなその行動に、イオスは戸惑いながら小さな肩にそっと手をかけた。
はびくりと肩をすくめたが、構わずにイオスはそのままを抱きしめた。
「……いくら謝っても、謝りきれない事だっていうのはわかってる。
だけど……いや、だから。
今度こそ、僕は君の傍にいる。絶対に。
君をひとりになんて、しないから。だから……」
「……………………ほんと、に?」
恐る恐る自分を見上げてくるに、イオスは真剣な眼差しで頷く。
「あぁ。約束する」
「…………もう、やぶったり……しない?」
眉根を寄せるに僅かに苦笑をもらし、イオスは背中に回されたの左腕を取り、その手の甲に口付けた。
「誓うよ。
ずっと傍に居る。君を守り続けるって」
その言葉に、は僅かに目を見開いて、それから微笑んだ。
「……じゃあ、約束。
破ったり……しないでくださいね。
ひとりは、もう……嫌だから」
イオスは、笑顔でそれに答えた。
は右手をすっと伸ばして、そっとイオスの長い前髪をかき上げ、頬に手を添える。
温かく柔らかな光が、痛みと熱を和らげていった。
包み込んでくれるようなその光に、イオスは今度こそ、を守ろうとかたく誓った。
UP: 04.04.28
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