進むべき道は。
選ぶべき選択肢は。
――それを知っているのは。
with
第18話 決戦前
ゼラムに放っていた密偵から情報が入った。
聖女一行がゼラムを離れる、と。
目的地はレルムの村の西の山をひとつ越えた場所。
聖女達が屋敷の主に黙っているためにと、相談場所に庭を選んだことで、屋敷の外にいた密偵にも相談の内容が伝わってしまっていたのは、ルヴァイド達からすれば好都合だった。
ルヴァイドのテントに、イオスとゼルフィルド、そしてが集まった。
机に地図を広げ、ルヴァイドが話し始める。
「聖女一行の目的地はこのあたりだ。
通ると思われる道は街道、山、あとはこの草原になるな」
地図を囲み、ルヴァイドの指すところにあわせて、目を動かす。
「……さすがに、馬鹿正直に街道を通りはしないでしょうね」
「山越えも確率は低いだろうな。奴らの中には女子供もいる」
イオスとルヴァイドが、それぞれに意見を呟く。
「デスガ、草原ハ誰カガ通レバスグニワカリマス。
自ラ居場所ヲ教エルヨウナ真似ヲスルノハ、戦力差ヲ考エレバ無謀ダトイウコトハ明ラカデス」
ゼルフィルドも、抑揚のない声で第三のルートを否定した。
「……でも、この3つの他には、道はないんですよね?」
突然のの声に、目が一斉にそちらに集まる。
「それぞれのルートに、メリットとデメリットがあるはずですよね。
街道は確かに正直すぎるけど、人通りが多少あるから騒ぎになりやすくて下手をすればこっちが不利になるし。
山道は確かに越えるのは大変だけど、いったん入り込んじゃって木を盾にされれば、弓とか銃で足止めするのが難しくなるし。
草原は、確かにすぐ見つけられる代わりに、こっちも見つかりやすくなるし、何より他の人間を巻き込むことがないって思ったとすれば……」
すらすらとよどみなく、は3つのルートを分析していく。
「…………?」
ふと、いつの間にやら周りが静かになったのに気づいてが顔を上げると、ルヴァイドもイオスも呆然とこちらを眺めているのが目に入った。
ゼルフィルドも、表情こそ表に現れないものの、他の二人と似たような様子だ。
「あの……あたし、何か間違えましたか?」
「あ、いや……」
きょとんと首を傾げるに、イオスが口ごもる。
「その逆だ……
一体、どこでそんなことを?」
驚きと戸惑い、そして少しの遠慮を含んだルヴァイドの言葉を聞いて、初めては自分がしたことを理解した。
「あたしは……“兵器”として戦場での状況を見極めて、それに対応するために、いろんな知識とか戦略とかを、睡眠学習で覚えさせられたから……
その、名残なんです」
自嘲気味に呟いた少女の頭を、イオスは何も言わずにそっと撫でた。
「……すまなかったな。
だが、あまりそのことを気に病むな。
昔はどうであれ、今はもうお前は俺達の仲間なのだからな」
慰めるような、励ますようなルヴァイドの言葉と柔らかな笑顔に、ようやくも嬉しそうに微笑んだ。
それを見届けてから、改めてルヴァイドは顔を引き締める。
「……さて。
今が言ったとおり、道はそれぞれに一長一短だ。
どの道にも、聖女一行が通る可能性がある。
そこで我々の取るべき作戦は二つだ。
それぞれの道に部隊を三分して配置し、遭遇した部隊からの伝令で集結するか……」
「……もしくは、3つの道のどれかに、最初から戦力を集結させておくか……ですね」
言葉を引き継いだイオスに、ルヴァイドは頷いた。
「兵ヲ分ケタ場合、最初ニ遭遇シタ部隊ハ、ヨリ多クノ負担ガカカリマス」
「でも、1箇所に集中させると、逃げられちゃう可能性がありますよね」
戦力は落ちるが確実性は高い前者と、当たれば一気に叩けるが博打要素の高い後者。
一見すれば考えるまでもなく前者を選ぶところだが、聖女一行は日増しにその実力を高めている。
前回と同じだと考えてはいけない。
油断すれば、返り討ちに遭うだろう。
「……それで、ルヴァイド様。
作戦はもう決定されたのですか?」
イオスの問いに、ルヴァイドは「ああ」と短く答えた。
そして。彼の中で出していた答え――作戦の内容を伝えた。
自然と、空気が凛と張り詰めていく。
「――以上だ。
よろしく頼むぞ」
* * *
テントを離れたところで、がふぅ……とため息をついた。
「……本当に、いいのか?」
振り返ると、イオスが心配そうに見つめていた。
「――何がですか?」
微笑を浮かべて小首を傾げるに、僅かな苛立ちさえ覚えながらも、イオスはまっすぐに瞳をそらさない。
「――聖女達と、いざ対面して……
そのとき本当に、君は戦えるか?」
「…………はい」
頷き、上げられた顔は、真剣そのもの。
ふっと笑う表情も、普段ののんびりしたからは想像も出来ないほどに凛としている。
「あたしは、そのためにここにいるんです。
覚悟なんて、とっくに出来てます。
イオスさんたちのお手伝い、したいから。
絶対に足手まといになんてならない。
だから、安心してくださいね」
そう言って、今度はいつも通りの屈託のない笑顔で見上げてくる。
イオスはの頭に手を載せ、撫でた。
「…………あぁ、そうだな…………
よろしく頼むよ」
嬉しそうに目を細めるとは対照的に、イオスの心はどこか冷えていた。
――覚悟が出来ていないのは、むしろ僕の方かもしれないな――
聖女一行と行動を共にする、自分の友人である少女と戦うことに関しては、もう潔く腹を括っているが。
この、元来はおとなしく争いを好まないであろう筈の少女を戦場に連れて行くことが、いつまで経っても決心できずにいる。
他ならぬ自身がそれを望んでいるとはいえ。
躊躇う気持ちはいつまでも抜けない。
でも。
もう決まったことなのだから、それなら。
彼女は、自分が守ればいい。
イオスは、心の中でだけ、密かに決意した。