不意に起こる出来事は、誰が予想し得ることができただろう。
それを責められる者は、誰もいない。
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第19話 闇夜の王の影 前編
ルヴァイドの作戦は、部隊を三分し、それぞれ街道、山道、草原にて待ち伏せて、現れた地点の部隊が伝令を送り、他の二部隊が合流し、包囲するというものだった。
ルヴァイド率いる第一部隊が草原、イオス率いる第二部隊が街道、そしてゼルフィルド率いる第三部隊が山道で待機する。
は第二部隊で、召喚兵としてイオスのサポートに回ることになった。
夜が更け、月明かりがあたりを照らしている。
街道を監視できる林に待機していたイオス隊は、適度な緊張感の中、聖女一行ないし伝令の到着を待った。
「それにしても、本当に大丈夫なのか? ちゃん」
兵士の一人が、イオスの傍らに立つに声をかけた。
「大丈夫ですってば!
一生懸命がんばりますから、サポートは任せてください!」
にっこりと笑顔で胸に拳を当てる少女の姿は、ほほえましさを感じさせる。
兵士たちは自然と表情が緩んでいた。
「そこまで言うんなら、もう俺たちが言うことは何もないな」
「あなたは私たちがちゃんと守りますよ。こちらにもお任せください」
周りの兵士たちに、温かな声で言われ、も嬉しそうに笑った。
――と。
「伝令です!
第一部隊が、聖女一行と接触、大平原にて戦闘を開始しました!!」
突如響いた声に、空気は一瞬にして張りつめる。
「よし、各自進撃開始!
遅れをとるな!!」
イオスの凛とした声を合図に、兵士たちは歩き出した。
* * *
林から森へと、木々が入り組みだしたとき。
それは、起こった。
「…………!?」
が、ぴくりと空を振り仰ぐ。
隣を歩くイオスがそれに気づき、声をかけた。
「どうした?」
「なんか……空気が、おかしいんです」
つぶやいた言葉に対しての相槌は、掻き消えた。
「ぎゃあっ!!」
「うわぁー!!」
隊列を組む兵士たちから、悲鳴が聞こえてきたのだ。
「――――どうした!?」
「た、隊長!!
はぐれが……うわああ!!」
後ろを振り返ったイオスの耳に、後方から声が返ってくる。
しかしそれを発した者も、悲鳴とともに沈黙した。
隊列の最後尾から、悲鳴が上がる。
そして、何かを斬り裂くような嫌な音も。
「こ、これは……!?」
気がついたときには、もう遅かった。
――たくさんの気配に、囲まれている。
第二部隊を囲む異形の生き物たちが、闇から少しずつその姿を現し始めた。
それは、イオスたちにとって全く見知らぬカタチのもの。
いや、ただひとり。
「……あ……あぁ……ッッ!?」
だけが、知っていた。
そこにいるさまざまな者はすべて、自分がいた世界の“アクマ”だったのだから。
「どうして……!?」
刷り込まれ、教えられた知識の中にしか、もう存在しないはずのもの。
それが、目の前にいる。
キキッと、その中の何かが嘲笑うように鳴く。
反射的に目をやると、鬼のような外見をしたモノが、何かを咥えていた。
「――――ッッ!!」
人の、腕だった。
どこの誰の、などと聞くまでもない。
イオスは怒りに全身が粟立つのを感じた。
「き……さまらあぁ……ッッ!!」
槍を握る手に力がこもる。
地を踏みしめる足にも力を込め、今にも飛びかかろうとしたそのとき。
「――だめッッ!」
きゅっと腕を掴む細い手の感触に、我に返った。
「!?
どうして止めるんだっ!!」
思わず言葉尻が荒くなるが、それにも負けずには眉を寄せ、必死の形相でイオスを見つめた。
「今は、戦ってる場合じゃないです!
急いで、ルヴァイドさんのところに行かなくちゃ……!」
「だが……!!」
真剣な眼差しに、イオスの心にも躊躇いが生まれる。
一瞬だけ張り詰められたふたりの空気は、しかしすぐに消えてなくなった。
「ぐあぁッッ!!」
「た、隊長!
こいつら、武器が……がはぁっ!!」
「「……ッッ!!」」
イオスと同じ心で、向かった者がいたのだろう。
けれど、彼らと対峙している異形のモノは傷ひとつ負っていないのに、兵士たちは全身から血を流し、くずおれていた。
呆然とそれを見つめていたは、ぎゅっとこぶしを握り締めた。
――なんとか、しなくちゃ……!!――
「……イオスさん」
にしては珍しく低めの、何かを押し殺したような囁きに、イオスは耳を傾ける。
「イオスさんは、兵士の皆さんを連れて、ルヴァイドさんと合流してください」
「……!?
、何を……」
何かを決意したような声。
きっぱりとした物言い。
反射的に、何かをしようとしているのだと察し、イオスは思わず意図を尋ねようとしてしまう。
はそれに答えることなく、胸の前で手のひらを向かい合わせてぶつぶつと口の中で小さく呟いた。
「アギラオ!!」
叫びと共に、両手を前に突き出すと、一抱えほどもある火球が、取り囲んでいるアクマの一角を焼き払った。
「!?」
「さぁ、今のうちに!!」
突然のことにあっけに取られたイオスと兵士たちに向かって、が叫んだ。
が開いた突破口は、確かにルヴァイドたちのいる方角だった。
「し、しかし……!」
「いいから!
ここは、あたしが何とかします!!」
懇願するようにさえ聞こえる少女の叫びに、しかし誰も動けない。
「行って!!
早くッッ!!!」
もはや泣きそうになってしまっているその声に、ようやく我に返り、イオスは号令を出す。
「――各自、この場を離脱!
第一部隊と合流だ! 急げ!!」
号令と共に、兵士たちはの開いた突破口から我先にと走り出した。
「、君も……!!」
イオスが腕を掴むと、それは即座に振り払われた。
「イオスさんも行ってください」
「何をバカなことを……!
君を置いて行けるわけ――――」
ゴゥッ!!
「……!?」
イオスの言葉は、再びが撃ち出した火炎が悪魔たちをなぎ払う音によって、遮られた。
「……巻き込みたく、ないの。
お願いだから……!」
どこか切羽詰った声に、しかしイオスは首を横に振る。
「……嫌だ。行かない。
約束しただろう?
傍にいるって。
君は、僕が守るから」
「でも……!!」
イオスの言葉は嬉しいけれど、同時に苦しくもある。
悲しみと困惑の入り混じる瞳でイオスを見上げ、何かを言いたそうにが口を開こうとしたそのとき。
「――彷徨い込んだ異世界で、よもやこのようなものを見つけることが出来ようとはな」
「「!?」」
どこか古めかしさを感じる言い回しの声がした途端に、周囲の空気がよりいっそう重苦しさを増す。
イオスとは慌ててそちらへと目を移す。
そこには、闇色のマントを羽織った男がいた。
赤い眼は妖しい光を携え、にやりと笑う口元から、鋭い牙がのぞいている。
「……夜魔……ヴァンパイア……!?」
が、その悪魔の名を口にした。