圧倒的な力の前に、しかし、踏み潰されるわけにはいかない。
それが、“あたし”に残された、ただひとつの役目。
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第19話 闇夜の王の影 後編
イオスとが振り返ると。
そこには、闇色のマントを羽織った男がいた。
赤い眼は妖しい光を携え、にやりと笑う口元から、鋭い牙がのぞいている。
「……夜魔……ヴァンパイア……!?」
が、その悪魔の名を口にした。
人間の生き血を吸い、その犠牲者を下僕へと変える魔力を持つ、高位の悪魔。
それが、何故こんなところに…………?
の疑問に気づいたかのように、ヴァンパイアが笑った。
「我等が何故、このような地にあるか……
それは、些細な問題であろう? 娘よ」
じろじろと、品定めをするかのようにを上から下まで眺め回すヴァンパイアの視線に気づき、イオスはさっとを背にかばう。
「貴様ら……いったい何者だ!
なぜ我々を襲ったりなど……!!」
「……なぜ、だと?」
ヴァンパイアはちろりとイオスに視線を移し、フッと鼻で笑ってみせた。
「ニンゲンなど。
我等“悪魔”の糧であろう?
我等は遠き地より参り、空腹なのだ。
腹が減れば喰う。それだけのことだ。
貴様等“ニンゲン”とて、それは同じことであろうに」
「――――ッッ!?」
怒りでカッと頭に血を昇らせるイオスの様子を見て、おかしそうに笑いながら、ヴァンパイアは尚も続ける。
「わしは若い娘……特に生娘の生き血と、そこに溶ける生体マグネタイトが好物でな。
そこの娘はとくに美味そうだ。
それに、そのマグネタイトの量……随分と食いでがありそうだな」
舐められるような視線に、は身震いしてイオスにしがみついた。
「――どうだ、小僧。
その娘を差し出せば……貴様の命くらい、助けてやらぬこともないぞ? ん?」
「ふ……っざけるなあぁぁ!!」
イオスがギリッと槍を握り締め、ヴァンパイアに突っ込んでいった。
ヴァンパイアは怯むこともなく、相変わらず嫌な笑みを浮かべてイオスのほうを見ている。
マントに隠されていた右手がサッと上げられ、イオスのほうを向いた。
「イオスさん!
だめえっ!!」
「!?」
異変に気づいたが、イオスの背中に飛びつき、そのまま諸共に地面に倒れる。
バリバリバリィッ!!
倒れゆくイオスとの頭上を、電撃が通り過ぎていった。
それを見て、イオスは一瞬で血の気が引いた。
喰らったら、確実に黒こげだった。
「フッ、愚かな。
貴様如きがこのわしに楯突いたところで、どうにかなるとでも思うておるのか?」
侮蔑の光を携えた目が見下すように冷たい視線を向ける。
イオスは悔しそうに歯を食いしばった。
ふと、イオスの背中の圧迫感がなくなる。
イオスに覆いかぶさるようにしていたが身を起こしたことで、その重みが消えたのだ。
はすっくと立ち上がり、ヴァンパイアを正面から睨みつけた。
「……ん、何だ。
貴様の命を差し出して、その男を助けるとでも言うつもりか?」
ヴァンパイアはせせら笑った。
今までそうして自分を犠牲にし、仲間や家族、恋人を助けようとした者を、彼は幾度も目にしている。
が、ヴァンパイアは一度たりとも、彼らの願いを聞き入れたことはない。
刃向かうこと。
それが既に、彼にとっては許されざる罪なのだから。
しかし、の口から出た言葉は、ヴァンパイアの予想を大いに裏切るものだった。
「イオスさんを殺させたりしない。
そのために、あなたを倒す」
はっきりと、言い切る。
「……!?」
身体を起こそうとしたイオスは、の言葉で動きを止め、戸惑いと驚きの瞳で彼女を見つめた。
「っははははは!!
なかなか面白いことを言い出す娘だ。
……そのようなこと、叶わぬと承知しておろうな?」
ヴァンパイアの高笑いが響いた。
はぐっと体制を低く構える。
「……それでも、やらなくちゃならないんだもの……!」
ぶつぶつと、が口の中で小さく何かを唱えると、その周りに火球がいくつも浮かび上がる。
キッと、がヴァンパイアとその後ろに控える悪魔たちを睨みつける。
「マハ・ラギオン!!」
声と同時に、手を前に突き出す。
火球は悪魔たちへと飛んでゆき、次々と薙ぎ払い、焼き払っていった。
「っく……!?」
身を守るようにマントを翻したヴァンパイアの口から、小さな呻き声が漏れる。
背後に居た悪魔たちは、の発した炎によって、その数のほとんどを失っていた。
「っはぁ、はあ……!」
が肩で息をする。
しかし視線は敵から逸らさない。
「……まさか、そのような高度な術を使えるとな。
人間にしては、なかなかではないか」
ぱたぱたと、何事もなかったかのように、ヴァンパイアはマントをはたく。
周りの悪魔たちは、炎に強い者以外はほとんどが黒焦げになり、黒い粒子へと姿を変えているというのに。
「さて、遊びは終わりだ」
ヴァンパイアの手がスッと伸びる。
それに一瞬気を取られたと思ったら。
「……ぐ……!?」
「そろそろ、マグネタイトをいただくとしようか」
の細い首を片手で掴み、そのままゆっくりと持ち上げた。
苦しさから、の顔が辛そうに歪む。
「か……はっ……!」
「抗うな。
抗えば、それだけ苦しみが増すだけだぞ?」
蒼ざめるの耳元に唇を寄せ、嫌な笑みを浮かべながら、楽しそうにヴァンパイアは囁きかける。
――も…………だめ…………ッッ……――
の意識が闇へと溶けていく。
首を掴む手を握り締めていた手が、だらりと下がる。
ヴァンパイアが、にやりと笑みを深くした。
――そのとき。
ド……ッ
鈍い衝撃が、走る。
「……!?」
ヴァンパイアが、後ろへと目をやると。
「を、放せ……ッッ!!」
イオスが後ろから、ヴァンパイアの心臓を貫いていた。
「ぐ、が…………き、貴様…………ッッ……!!?」
ぶるぶると、ヴァンパイアの身体が震える。
の首を掴んでいた手からも力が抜けたのか、がそこから崩れるように離れ落ちた。
「がぁ……っ、ああぁあぁあああぁぁぁぁぁ………………!!!!」
地の底から響くようなうめき声と共に、ヴァンパイアはその身を黒い粒子へと変貌させた。
同時に、周囲を包んでいた重苦しい気配も、生き残っていた悪魔も、みな跡形もなく消え去った。
それを見るか見ないかといううちに、イオスは槍をその場に転がし、に駆け寄った。
その場にひざまずいて、ぐったりとしたを抱き起こす。
「、!!
しっかりしろ!!」
イオスの呼びかけにも、は答える気配がない。
それどころか。
「…………!!」
は、息をしていなかった。
UP: 04.07.26
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