目を閉じて。
耳を塞いで。
そうやって、現実から逃げるのは簡単。
でもそれでは、真実さえも見落としてしまうから。
with
第22話 扉の向こう
テントに帰ったイオスは、出て行ったときと全く変化のない気配に小さくため息をついた。
ついたての向こう側にいる少女の名前を呼んでも、返事はない。
眠ってしまっているのかと思って少しだけ奥を覗き込んでみれば、眠っているわけではなかったことがわかる。は身を起こしたまま、虚ろな目を彷徨わせている。
「」
もう一度呼びかけて、イオスはに歩み寄る。
はぼんやりとした視線をイオスに向けた。生気のまるで感じられないやつれた顔に、胸が痛む。
イオスはつとめて微笑を浮かべ、に話し掛けた。
「天気がいいんだ、今日。
少し外に出てみないか?」
は俯いて小さく首を振る。
「気分、少し変わるかもしれないぞ」
やはり、何も言わずに首を横に振る。
「……あたしのこと、いいから。
行ってきてください」
やっとの口から出た言葉に、イオスは内心でムッとした。
自分ひとりが出て行ってもしょうがないのだ。あくまでイオスは“を”外に“連れ出したい”のだから。
イオスは無言で、自分のコートをの肩にかけた。
「……?」
訝しげに首を傾げるのもお構いなしに、そのまま、イオスはを抱き上げる。
突然の浮遊感に、は目を見開く。
「い、イオスさん!?」
「暴れるな。落ちるぞ」
囁かれた一言に、反射的には身を固くする。
腕の中の少女がおとなしくなったところで、イオスはそのまますたすたとテントの外に足を向けた。
* * *
「お、下ろして!
イオスさん、下ろしてってば!!」
暗い雰囲気だった駐屯地内に突然響いた少女の声に、その場にいた兵士達は何事かと目を向ける。
見れば、ここ数日姿を見せることのなかった少女が、イオスに抱きかかえられて運び出されていた。
「ちゃん!」
外に出て間もなく、兵士達がイオスとを取り囲む。
はビクッと身をこわばらせ、隠れるようにイオスの肩に顔をうずめた。
涙のにじんだの瞳には、恐怖の色が浮かんでいる。
自分のせいで、彼らの仲間は死んだ。
その事を責められるのが、にとって最も恐れることだった。
――しかし。
「よかったぁ、ようやく外に出られるようになったのか!」
「俺たちすごく心配してたんだぜー」
「恐いもの、見たんだもんな。よく頑張ったよ」
彼らの言葉は、の予想に反して、温かいものばかりだった。
恐る恐る顔を上げてみれば、兵士達には笑顔が浮かんでいる。
何人かが、大きな手で頭を撫でた。
の瞳からは、大粒の涙が零れ落ちた。
「え……ッ、ちゃん!?」
「お、俺たち何か悪いことしたのか!?」
「お前の顔見て恐がったんだよきっと!」
途端に、取り囲む兵士達が動揺する。
首に腕を回してしがみつかれていたイオスは、そっとを抱きかかえなおす。
「……っめんな……さぃ……
ごめんなさい……」
嗚咽に混じった言葉は、イオスにだけ届いた。
* * *
「心配かけちゃって、すみませんでした」
兵士達と別れて、イオスとは川原に到着していた。
座り込んだイオスの膝にちょこんと乗るが、ばつが悪そうに呟いた。
「まったくだ。
僕は最初から、君が自分を責めることなんて何もないって言ったのに。
……僕の言葉、信じてくれてなかったのか?」
「!?」
拗ねたような目を向けてみれば、は慌てて首を横に振る。
「そんなことないけど……
でも、イオスさんはそう言ってくれても、他の人は違うんじゃないかって……」
しゅんと俯いてしまったの背中を、ぽんぽんとあやすように叩く。
「だから、大丈夫だって言っただろう?
君のせいだなんて、誰も言わないさ。
それに――――」
言いながら、イオスはの青い瞳をのぞきこむ。
「誰にも言わせない、そんなの。
そんなことを言う奴は、僕が許したりしないさ。
誓っただろ? 君を守り続けるって」
イオスが微笑むと、は目を見開いた。
――そして、はにかんで笑った。
数日ぶりの、の笑顔だった。