街道を抜けて、国境を越えれば、すぐ眼前に街が広がる。

 それと同時に、肌を刺すような冷気が頬を撫でた。



 は震えながら、コートをかき合わせて縮こまる。
 同じ馬に乗り、腕の中で寒そうにしている少女に小さく笑みをこぼしながら、イオスは包み込むように身を寄せてやった。





with

第26話  国境の街






 ミルザは、話に聞いていた通りの中規模の街だった。

 国境の町ということで、農業や産業がそれほど発展しているという雰囲気はなさそうだ。



 それでもにとっては初めて訪れる旧王国の領地である。

 冬の長い国に属した街は、ゼラムで見るのとはまた違った文化を感じさせる。
 建物の造りや道行く人々の服装などに、は落ち着きなく目を向けていた。



* * *



 着いた先は、街でも一、二を争うほどに大きな建物だった。

 イオスに尋ねたところ、ここは“黒の旅団”のような軍属の団体用の宿泊施設なのだという。

「部屋数は少なくないし、実家で寝泊りする者もいるから、もひとりで悠々部屋を使えるよ」
「そうなんですか……?」
「あんまり嬉しそうじゃないね。そっちの方が気が楽じゃないか?」
「そうかもしれないけど……ちょっと、さびしいから」

 ぽつりと呟いて、はしゅんと俯いてしまった。

「さびしいなら、遊びに来ていいから」
「今までと同じに、イオスさんと一緒の部屋じゃダメなんですか?」
「いやそれは、その……」

 まっすぐな瞳で尋ねられてしまうと、イオスも若干返答に困る。

「今までは、テントが足りなかったからしょうがなかったんだけど……だって女の子なんだし、この方がいいんだよ」
「そういうものなんですか?」

 納得のいっていない様子で首をかしげるに、イオスは「そういうものなんだよ」とだけ言った。

 傍で会話を聞いていた兵達から小さく笑い声が零れた。
 イオスがギロッとひと睨みすると、そそくさとそれぞれの荷物運びに戻ったけれど。







 宿泊施設の中へ入ってゆく者とは逆に、荷物をまとめて街の方へ歩いていく者もいた。



 その中によく見知った顔を見つけ、はとてとてと駆け寄った。



「エリックさん!」

「あぁ、ちゃん。どうかしたのかい?」



 の召喚術の師であるエリックが、にっこりと笑いかけた。
 背中には、大きな袋が背負われている。

「エリックさんも、この街に家があるんですか?」
「そうだよ。もともとは姉と二人で暮らしててね。よかったら、ぜひ一度遊びにおいで」
「あっ、はい!」

 元気よく即答して来たを見て、エリックはくすっと笑った。



* * *



 に宛がわれた部屋は、南向きの比較的小さな部屋だった。



 荷物を下ろして窓の鎧戸を開けると、ひんやりとした外気が部屋に流れ込んでくる。
 外でもそうだったが、空気の冷たさに、吐息が白く染まる。

 ここまでの寒さを、はほとんど体験したことがなかった。

 とは言っても、ミルザの街は雪深いデグレアに比べればまだ暖かい方なのだと、デグレアを知る兵士達は言っていた。
 それほどの寒さなら、きっと生活する者たちも大変だろうと、はぼんやりと思った。

 同時に、大変かもしれないけれど、“黒の旅団”の者達と――ルヴァイドやイオス、ゼルフィルドと一緒なら、どんなところだって住んでみたいと感じる心もあった。



 新しい場所に対する不安が、全くないわけではない。

 けれど、ここには仲間達がいる。



「……もう、ひとりじゃないもの」



 呟き微笑んで、は腰から提げたアセイミ・ナイフの柄に触れた。

 ほのかな温かさを、感じたような気がした。



* * *



 翌朝。



 食事を終えたは、街の散策に出かけることにした。

 しばらく滞在する場所なのだから、いろいろと知っておきたいし、何よりも街そのものを見てみたいという気持ちが強かった。



 出かける旨をイオスに伝えると、イオスはすぐに了解してくれた。

「イオスさんも一緒に行きませんか?」
「そうだな……せっかくのの誘いなんだし、お受けしようかな」

 笑顔でイオスがそう言ってくれたので、も喜び、イオスに飛びついた。

「うわっ!? こら、!!」

 口調こそ叱りつけるようなものだったが、イオスの顔には相変わらず笑顔が浮かべられていた。



* * *



 イオスの案内で、ミルザの街を見て回った。

 とは言ってもゼラムとは違って大きな街でもないので、ひと回りして大まかな説明が終わった頃でも、まだ日は高かった。



「この街じゃ、が楽しめるような場所はないかもしれないな」
「ううん、そんなことないです。見たことないような所ばっかりだから、おもしろいですよ」

 その言葉が気遣いなどではなく本心からだというのは、の表情が物語っていた。



 住宅地に差し掛かったところで、後ろから声がかけられた。

「あ、隊長にちゃん」

 イオスが振り返ってみると、そこには短い栗色の髪をもつ若い男が立っていた。
 街の住人と変わりない格好をしていたので一瞬誰かと思ったが、声と顔にはちゃんと覚えがある。

「エリックさん?」
 代わりにが名前を呼べば、エリックは普段と変わらない笑顔を浮かべた。

「すごい荷物だな」
 イオスはエリックが両手に抱えている袋に目を落とした。
 食料やら日用品やら、さまざまなものが詰められている。

「いやぁ……実家に帰るなり、姉にいろいろと雑用押し付けられちまいまして。
 今も買い物に付き合わされて荷物持ちを……イテッ!!」

 苦笑いを浮かべたと思ったら、突然エリックが短い悲鳴と共に飛び上がった。
 エリックが後ろを振り返ると、今まで彼の後ろに隠れてしまっていた人影が現れる。

「人聞きの悪いこと言わないでくれるかしら、エリック?」

 不機嫌そうなアルトの声が、現れた女性の唇から零れた。
 よくよく見れば、エリックの背中が彼女につねられている。

「痛いって! 離せよ姉貴ッ!!」
 荷物を抱えているせいで、手を振り払うことすらままならないエリックは、すっかり涙目になっている。余程痛いのだろう。
 そんな叫びなど聞き入れる様子すらない女性がふいっと視線をそらすと、あっけに取られた様子で一連のやりとりを見つめていたイオスとの存在に、そこで初めて気がついた。

「あっ、あら?」
 サッと手を離して、引きつった笑顔を浮かべてみせる。
 未だじんじんと痛む背中に気を使いながら、エリックはイオス達に向かって言った。

「す、すいません隊長。お恥ずかしいところを」
「いや……」
 イオスは曖昧な返事しかできなかった。



「隊長って……………じゃあまさか」

「そうだよ。おれの所属してる部隊の隊長。昨日話しただろ」



 エリックに言われ、女性は口元を手で押さえ、頬を赤く染めていた。
 それからすぐに、恥ずかしそうに笑った。

「お恥ずかしいところをお見せしてしまったみたいで、すみません。
 エリックの姉のエレンと申します。弟がいつもお世話になっています」

 女性――エレンはお辞儀をした。
 顔立ちや長い髪の栗色は、確かにどことなくエリックに似ていた。何よりも似ているとが思ったのは、浮かべられた笑顔の目元だった。
 イオスとも名乗ると、エレンがに視線を向けた。

「それじゃあ、あなたがエリックの言っていたちゃんなのね。
 よろしくね」
「はいっ」

 やわらかく微笑まれて、も笑顔を浮かべた。



「ところで、隊長たちはこれからどちらに?」
「特に決めていないが、適当に街を見て回っていたところだ」

「あら、だったらうちにいらっしゃいませんか?
 ちょうどもうそろそろお茶の時間だし」

 エリックとイオスのやりとりを聞いて、エレンが提案した。

 イオスとは顔を見合わせる。

「行くか?」

 イオスが尋ねると、はこくんと頷いた。

 舞台が旧王国へ移ったということで、『旧王国篇』と銘打たせていただきます。
 オリキャラがまた増えました……彼女の名前は最後までかなり悩みました。

 毎度短くてすみません。登場人物が少ないので、どうしてもこうなってしまいまして。

UP: 05.03.16

- Back - Menu - Next -