ずっと続くと思っていた。
『永遠』は、存在すると思っていた。
しかし、無情な現実は、心を引き裂く――
Tapestry
Visionary Theater
〜ほどけた数珠 前編〜
幼い退魔師の少年・アルと、破戒僧・
鷹山が出会ってから、早くも一月が経とうとしていた。
最初の数度は偶然に同じ場所で雇われての再会。
それからは、自発的に場所を決めて会ったり、同じ仕事に一緒に参加したりしていた。
「まぁ、これも何かの縁なんだろうな。
仲良くしてこうぜ」
「えー?
やだよ、あんたみたいなおっさんとの縁なんて。」
「おっさん言うな!!
俺はまだ27だッツ!!」
「オレから見たらじゅーぶんおっさんだっつの。」
「うぅ。
アルちゃん冷たいっ」
「やめろ気色悪いっ!!」
アルと鷹山は、歳も離れているしいろいろなところが正反対であったが、妙に気が合うのか、今ではもうすっかり友と呼べる間柄になっていた。
最初こそ本気で迷惑そうにしていたアルだったが、近頃はよく笑うようになっていた。
その笑顔は、普段の退魔師としてのアルからは想像も出来ない、歳相応のものだった。
* * *
いちど、ガイア教団に所属するはずの者達と戦ったことがあった。
問答無用で襲い掛かってくる特攻隊の連中をことごとくのした後、アルは鷹山に尋ねた。
「なぁ、あいつらあんたの仲間じゃないのか?
何かすごくあっさりぶちのめしてたけど」
「あ?
いいんだよ。別に」
けろりとした顔で言う鷹山を見て、アルは不思議そうに首を傾げる。
鷹山は破戒僧――つまり、本来の僧としての戒律を破り、修羅の道へと身を投じた者である。
彼らはガイア教団に所属し、その力をふるっている。
「お前さんも知ってるだろ?
ガイア教団は、力を誇示することでその地位が決まる。
力比べのために戦う事だってざらだ。
仲間、つっても直接的に組んでるわけじゃないから、ぶち倒しても構わねえってこった」
「ふぅん」
わかったのかわからないのか曖昧な返事をするアル。
「まぁ、その辺の感覚はお前さんにはわかりにくいかな?」
「んー、まぁね。
オレ、ぶっちゃけメシア教にもガイア教にも入る気ないし。
考えについてけないんだよな、なんとなく」
そこまで言うと、アルは遠い目でどこかを見つめた。
「それに、オレは何かに縛られて自分を見失うのは嫌だからね。
だから、オレはオレの道を行く。そう、決めてる」
たかだか12歳の少年に、何がここまで言わせるのか。
鷹山はその大きな手でアルの頭を、覆っているバンダナの上からぐしゃぐしゃと撫で付けた。
「ちょ、何すんだよ!!」
緩んだバンダナを押さえて、アルが抗議の声を上げる。
その歳相応にむくれた顔を見た鷹山は、大きな声を上げて笑う。
それにつられて、アルも笑った。
* * *
「…………そういえば、前から聞こうと思ってたんだが……」
「何だよ突然、改まって」
唐突に口を開く鷹山に、アルは訝しげな視線を向けた。
「……お前さん、『アル』なんて名乗っちゃいるが。
本当は女なんじゃないか?」
以前からずっと疑問に思っていたことを、尋ねる。
アルは思いもよらぬ鷹山の言葉に僅かに瞳を見開き、そしてすぐに、感情の読み取れぬ顔になった。
「何で、そう思う?」
「大したこっちゃないさ。
言葉づかいはともかく、しぐさとか、お前さんの連れてる悪魔たちの態度とかから、そう考えただけだ。
何故、男のフリを……?」
アルはふぅ、とため息をついた。
「この歳で退魔師ってだけで、絡まれてるんだ。
それが更に女だったりしたらどうなるか。
……あんたにだってそれくらいわかるんじゃないか?」
その言葉に、鷹山はあぁそうか、と納得した。
荒廃した世界には、荒んだ心の輩がごろごろしている。
そんなところに年端も行かぬ少女が一人うろついたりなどすれば。
その先に待つ事態はあまりに容易に想像がつく。
売られるか、ごろつきどもの慰みものにでもなるか。
さらにはそれ以上の事だって……
アルが少年のように振る舞うのは、ひとえに自衛のためなのだ。
「“アル”ってのも、偽名か?」
「まぁ、な。
本名じゃ、すぐに女だってばれるし」
「へぇー……なんて言うんだ?」
「教えると思ってんのか?」
「なんだよ、つれないねぇ。
そんなにお前さんに似合わない、可愛らしい名前なのかな?」
「うっせえ!!」
アルが拳を振り上げる。
しかし、鷹山の大きな手にいとも簡単に止められてしまう。
むぅ、とふてくされたような顔をして拳を下げて、それからまっすぐに鷹山をみつめた。
「オレは、オレだ。
男であろうと、女であろうと。
何て名を名乗ろうと……それは絶対に変わらない。
オレが“オレ”として在り続ける以上はな」
そう言って、アルは真剣な目つきを鷹山に向けた。
鷹山も、にっと笑って見せる。
「あぁ、その通りだな。
安心しろよ、アル。
俺は、お前さんが男だろうと女だろうと構いやしないさ。
お前っていう存在を友だと思ってるんだからな。
それは、何があっても絶対に揺るがない。
約束しよう」
鷹山の言葉に、アルも笑った。
「ありがとう。
あんたも、オレの大切な友達だよ」
初めて出来た、“人間”の友達。
今まで、友と呼べるものは悪魔たちしかいなかったアルにとって、鷹山の存在はとても嬉しいものだった。
歳がひとまわり以上離れていたりはするが、それでも、初めての同族の友達だ。
ずっと、こんな時間が続いてくれると。
そう、思えた。
――しかし、少女の思いに反して、現実は残酷なものを突きつけてきた。
ちっぽけな『人の子』という存在をあざ笑うかのように……
* * *
鷹山と別れてから数日が過ぎた。
彼には彼なりの事情がある。
そのために、ある街で別々の道を目指した。
基本的に去るものは追わない主義のアルだったが、しばらく一緒に過ごした者がいなくなったときの喪失感を、今までになく味わう羽目になっていた。
鷹山はひとりで騒がしいようなところがあったから、いなくなったときの静けさも半端ではない。
――やっぱ、ちょっとさみしいなぁ――
どうせ自分のほうは当てがないのだから、彼についていっても良かったと、今更ながら後悔し始めていた。
しかし、もうどうすることも出来ないわけで。
先立つものが必要だと、アルは仕事を探し始めた。
* * *
見つかった仕事は、抗争のための徴兵だった。
この街の支配者が以前ガイア教団ともめたらしく、攻め入ってくる彼らを抑えろ、とのこと。
――まったく、もめるのは勝手だけど、自分の街を危険に晒してどうすんだか……
支配者としては三流以下だな――
アルは心の中でそっとため息をつき、剣を抜いて迫り来る敵兵を迎える準備をした。
12歳の子供にそんな風に思われるのはどんなもんなのか。
敵は、数こそ多かったものの実力は大したことがなかった。
悪魔を喚ぶまでもなく、アルは剣を振るって敵を次々に地面に沈めた。
今回アルと共に雇われた傭兵達は、以前鷹山と出会ったときのあの集団とは比にならぬほどに強く、アルも余裕が持てた。
――思ったより大したことないな、こいつら。
これなら、すぐに終わりそうだ――
そう思い、安堵の息をつく。
と。
「戦場でそんな顔してられるなんて、随分余裕じゃねえか、アル」
「…………!!?」
そこに、いるはずのない、声。
後ろから聞こえた声に、恐る恐るアルは振り返る。
その先にあるものを見たくない。そう言いたそうに、ゆっくりと。
そして…………
「……よう、ざん………………?」
「しばらくぶりだな。
こんな形で再会するなんて、思わなかったがな」
そこにあったのは、悠然と錫杖を構える、鷹山の姿。
「なんで…………」
なんで、こんなところに。
あんたが、いるんだ。
アルの言葉は、かすれて、最後まで発することが出来なかった。
それでも、鷹山は笑う。
「なんで?
お前さんにしては珍しく愚問だな、アル。
……俺はガイア教徒なんだぜ。
教団に呼ばれて、兵を率いて戦うように言われたからここにいる。それだけだ」
平然と言ってのける鷹山に、アルは怒りすら覚えた。
「あんたが……司令官なのか?」
「そうだ。
まぁ、ガイアのやり方はお前さんもわかってるだろうけど、俺が完全に指示を出してるわけじゃなくて、みんなそれぞれに動いてるけどな」
「そんなことどうだっていい!!」
鷹山の飄々とした態度に、アルは声を荒げた。
「…………兵を退いてくれ、鷹山。
オレは、あんたとは戦いたくない」
搾り出すように、アルが懇願する。
しかし鷹山は首を横に振った。
「それはできねえ。
お前さんだって、それくらいわかるだろ。
俺たちは組織の一員だ。
上から与えられた任務は、絶対だ。
ここで俺がお前の願いを聞き届けたりなんぞすれば、俺が殺される」
殺される。
その言葉に、アルがびくりと身体を強張らせる。
そうだ、わかっているはずだ。
任務に従えない者がどうなるかなんて。
だけど、友達なんだ。鷹山は。
戦えない。戦えるはずがない。
刃を向けるなんて、できっこない。
何か言いたそうにするが言葉の出てこない様子のアルを、鷹山は見据える。
「どうした、戦わないのか?
俺は、お前の敵だぞ」
「……戦えるわけ、ないだろ……
あんたは、オレの…………たったひとりの、人間の友達なんだぞ……!」
俯いてこぶしを握り締め、苦しそうに発せられるアルの声は、痛い。
「……俺にとっても、お前は大事な友達さ」
「……ッツ!!」
鷹山の声は、温かい。
がばっと顔を上げたアルは、泣き出しそうになった。
しかし鷹山は、その声と裏腹に厳しい視線をアルに向けた。
「友達だと思ってる。
だからこそ、手は抜かない。
俺は全力でお前と戦う。
……それが、今お前に示すことのできる俺の友情だ」
「知らない……
オレは、そんなの知らない……
やめてくれよ……」
錫杖を構える鷹山から発せられる威圧感に気圧されそうになる。
「行くぞ、アル!!」