少女の叫びは届かない。

 悲しみは。
 苦しみは。
 すれ違う心は。

 ばらばらになった数珠の珠のように、まじりあい、もつれ、離れゆく。





Tapestry
Visionary Theater

〜ほどけた数珠 後編〜






「行くぞ、アル!!」



 吼えると同時に、鷹山が駆ける。

 振り下ろされた錫杖の、しゃらんと鳴る飾り輪の音に、アルははっとなり後ろに飛んでかわす。

 アルの立っていた場所は、地面が抉られた。
 鷹山の一撃は、それ程までに威力があったのだ。



 本気なのだ、この男は。

 戦わなきゃ、殺される。



 アルは覚悟を決めて、剣を構えた。







 鷹山の力は強い。
 一撃一撃に、必殺の威力がある。

 まともに喰らえば勝ち目のないアルは、身の小ささと軽さを生かし、そのことごとくをかわしていく。



――このままじゃ、不利だ……!!――



 アルは、相手の動きを封じるような術をもつ悪魔を召喚しようと、アーム・ターミナルを起動させようとした。
 眠らせるなり、痺れさせるなり。
 そうすれば、むやみに戦わなくても済むだろうと。

 しかし。



 ビーッ!

「え……!?」



 アーム・ターミナルはエラーのビープ音を発するだけで、起動すらしてくれない。



「なんで……!?」

「悪魔なんて、喚ばせねえよ。
 召喚師対策くらいしているさ。ここいらに結界を張ったんだよ。
 COMPが起動できないようにする結界を、な」



 アルはその言葉に愕然とした。

 相手の集団を雑魚だと侮り、悪魔を喚ぼうとすらしなかった先程までの自分が恨めしい。

 喚んでいたなら戦況は変わっていただろう。
 仮に喚べなくても、喚ぼうと一度でも試みていたのなら、異変に気づき警戒も出来ただろうに。

 悪魔召喚師対策にCOMPを封じる結界が存在することは知っていた。
 けれど、まさかこんなときに使われるなんて。



「下手な小細工はいらない。
 お前とは一度全力で戦いたかったんだ。

 さぁ、かかって来い! アル!!」



 鷹山の攻撃が、一層激しさを増した。

 避けきれずに、アルの腕や足を掠めた。

 アルも必死で応戦するが、震える腕は、鷹山に斬りつけることが出来ずにいた。



「いやだ……やめてくれよ……
 ……もうやめてよ……!」

「どうした、かかってこないのか!?」



 嘆願するアルの言葉にも、鷹山は攻撃の手を緩めない。
 たまらず、アルは叫んだ。



「もういやだ!
 やめてくれ!! オレは、あんたと戦いたくない!!
 あんたを傷つけたくないんだ!!!」

「それは俺に対する侮辱とみなすぞ!
 俺は、相手がお前だからこそ、誇りをかけて戦っている!!
 お前は応えてはくれないのか!? 俺の誇りに、応えようとはしないのか!!」

「ッツ!?」



 鷹山の言葉に、アルは目を見開く。





「これで…………おしまいだ!!」



 錫杖が、振り上げられる。



――やられる……!!――



 反射的に、感じた。

 そして、心はそのままに、身体は染み付いた動きにあわせ、動いた。



 互いの武器が、閃いた。













 どさりと、地面にくずおれる。







「……あ……?」





 紅く染まった剣を取り落とし、アルは呆然と目の前の光景を見つめた。





 そこには、法衣を血に染めた、鷹山。





「……なんで…………」



 アルは、その場に力なく膝をつく。
 そばにある鷹山の身体から流れ出る紅いものは、どんどん地面に広がっていった。
 膝に、じんわりと染みこむ生温かいそれにも、アルは構うことはなかった。

 ただ、ぼろぼろと涙を流す。

 手に残る、肉を斬った手ごたえが、たまらなく嫌だった。



「なんで、避けなかったんだよ…………!
 避けられただろう!? あんたなら、かわせただろう!?
 なんでだよッツ!!」

 鷹山の肩を掴み、その身体を揺すった。
 鷹山はうっすらと目を開け、力なく笑って見せた。



「避け、られた……?
 とんでもない。
 あんなもの、避けられるわけ、ないだろう……?
 鋭い、見事な一撃だったぜ……」

「そんなこと知るか!!
 あんたがオレなんかに、負けるはずない!
 しっかりしろよ!!
 オレ、まだあんたに言いたいことたくさんある!! 教えてもらいたいこと、たくさんあるんだよ!!」

 駄々ッ子のように首を振るアルに、鷹山が血に濡れた震える手を、そっと伸ばす。



「なぁ、アル……
 これは必然なんだ……
 神様とやらが、勝手に決めた運命でも…………まして、偶然なんかでもない。

 俺は、お前と出会って………………そして、お前の手にかかり、死ぬ。
 それは、俺が歩んできた人生の結果であり、お前が気に病むべきことなんかじゃあねえ」

「うるさい……!
 死ぬ、とか……そんなこと、言うな……!!」



 頬に触れる大きな手は、少しずつ、しかし確実にその温かさを失っていく。

 アルは涙でぐしゃぐしゃになった顔で、しゃくりあげるように途切れ途切れに、鷹山に言葉をぶつけた。



 違う。

 こんな、悪態をつきたいんじゃない。



 違うんだ。
 そうじゃない。

 オレは―――――――――――――――



「なぁ、アル……」

 名前を呼ばれ、アルが顔を上げた。



「冥土の、土産に…………
 本当の名前、教えて……くれねえか……?」

 柔らかな視線で、笑う。
 アルは、くすんと鼻を鳴らし、すぅっと小さく息を吸い込んだ。

 かすれてしまわないように。
 この男が、自分の名を覚えていてくれるように。



「……

 ……」



 小さく、それでもはっきりとした声が、鷹山の耳に届いた。

 アル――は、またぼろぼろと涙を流し、頬に添えられた鷹山の手を、ぎゅっと握り締めた。



……いい名だ。
 お前さんに、とてもよく似合ってるよ。

 ……ほら、笑って、くれよ………………
 そんな、ツラしてちゃ……美人が、台無しだぜ?」

「……よく言うよ、ばか」



 軽口に、の顔も緩んだ。
 顔は涙と血ですっかり汚れていたが、数年経てば、美しい娘になると思える、そんな笑顔だった。



「なあ、
 いつか、お前は……途方もない困難に、立ち向かうことになるかもしれねえ……

 けど……どんなときも、忘れるな。

 後悔するような生き方だけは、絶対にするんじゃねえ。
 自分が正しいと思ったことは……最後まで、貫き通せ。

 ……約束だ」



「…………うん、わかったよ……!」



 力強く頷いたを見て、鷹山は安心したように笑った。





……お前に、会えて……

 …………よか……っ………………た……………………」





 の手から、鷹山の手が、するりと落ちた。



 ぱしゃ、と冷たい音が、響いた。





「………………鷹山………………?」



 消え入るようなの声が、零れた。



「なぁ、どうしたんだよ……
 また、いつもの冗談なんだろ?

 わかってるんだぞ、またそうやってオレの事からかおうとして……
 あんたの手口くらい、いいかげんオレだってわかってんだ」



 鷹山の肩を掴んで、揺する。



「なぁ、返事しろよ。
 鷹山ってば。

 目、開けろってば」



 揺する。

 揺する。



「起きろよ。
 起きてくれよ……

 起きろって、言ってるだろ……ッツ!!」



 揺する手が、止まる。

 おさまった筈の雫が、ぽつりぽつりと、黒い法衣に染みを作り出す。



「起きてくれよ、鷹山。
 オレ、まだあんたに話してないことたくさんある。
 聞きたいこと、たくさんあるんだよ。

 オレだけホントの名前教えたってのに、あんたは教えてくれなかったじゃないか……

 軽口だって聞き流してたこと、今度はちゃんと全部聞くから……!
 だから、目を開けてくれよぉ……!!」



 鬱陶しいと言って、振り払っていた手。
 大きなその手が、頭をなでてくれることは、もうない。

 うるさいと言って、突っぱねていた笑い声。
 もう、二度と聞けない。



 まだ、言ってないことがたくさんある。



 態度が悪くてごめんって。

 一緒にいてくれて、ありがとうって。



 もっともっと、話したかった。
 もっともっと、笑いたかった。





 こんなことなら。

 もっと、素直でいればよかった。





「う…………ぁ…………ッツ………………!!」



 でも、もう遅い。



 鷹山は、帰ってこない。

 自分の手で、殺したのだから。



「あ……ぅあ……あああぁ……」



 は、鷹山の身体をぎゅっと抱きしめた。



 抱えた体の重みが伝えるのは、罪の意識と、そして――――





 途方もない、悲しみ。





「…………うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」





 は、声を上げて、哭いた。



 唯ひたすらに。

 声が枯れるまで。
 涙が枯れるまで。

 ただ、泣き続けた。

 アルの正体は幼いころの『Tapestry』主人公ことでした。
 なんとなく察しがついた方、いらっしゃるかもしれないですね。

 今回、最後のシーンは書いてて自分でぼろ泣きしてしまいました。
 今までないことだっただけに、本人が一番びっくりしてます。

 幼かった主人公の葛藤、鷹山という存在の喪失。
 そういったものから生まれる主人公の感情を、少しでも伝えられたなら幸いです。

 蛇足ながら、エピローグがあります。
 宜しければそちらもどうぞ。

UP: 04.02.21
更新: 04.08.15

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