あれから6年。

 少女は、心も身体もあのころとは比べ物にならぬほどに強くなった。



 そして、故郷から遠く離れた地で、今日も彼女は生きている。





Tapestry
Visionary Theater

〜ほどけた数珠 エピローグ〜






、ちょっといいか?」
「んー、どうぞー」



 ノックの音に言葉だけで返事を返すと、部屋の扉が開き、ネスティとトリスが入ってきた。



「ありゃ、ごめんね。
 片付けの途中だった?」
「いいよ。もうあとは順番にしまうだけだし。
 で、どうしたの?」

 首だけを扉のほうへ向け、が尋ねる。

「あぁ。
 すまないが、この間貸した参考書、すぐ出るか?
 トリスが、出した課題に使いたいらしいんだが……」
「いいよ。机の上においてあると思うけど……わかる?」

 机の上には、こまごましたものが所狭しと並べられていた。
 リュックの中身を整理していた際に出てきたものだ。
 床やベッドではなくしてしまいそうなものは、机の上に置いていた。

「あっ、これね?」

 トリスが一冊の本を持ち上げる。



 と。



 ――こつんっ。



「……ん?」



 トリスの手でもぶつかったのか、机の上から何かが転がり落ちた。

 それは床を転がり、ネスティの足に当たる。
 不思議に思い、ネスティが拾い上げると。



、これは?」

「え?
 …………あぁ、それか」



 ネスティの右手にあるものは、大きめのビー玉大の、見事な空色の石の珠。

 穴があいていて、そこに細い紐が通され、輪になっている。



「これは……お守りだよ。
 私の、大切なもの」



 ネスティの手の中を覗き込み、は瞳を細め、何かを懐かしむような顔をしていた。



「へぇ、きれいね」

 トリスもの隣から、ネスティの手を覗きこんでいた。
 二人が見ているものに、ネスティも自然と視線が行く。



 磨きこまれたような珠は、ひんやりとしていて、どこか安心させるようなものを感じる。

 しばらく見つめたあと、ネスティはに珠を返した。
 受け取ったは、それをきゅっと握り締めた。









 あの日。

 戦いに負けたガイア教団が撤退したことで結界が解けたのを見計らって、は召喚した悪魔たちに協力してもらいながら、街の近くの固い土を掘り起こし、そこに鷹山の墓を作った。

 大きな穴に鷹山の身を横たえて、そこでふと、の目にひとつのものが留まった。



 首から下げられた、数珠。



 はそれを鷹山の首から外し、眺める。

 その数珠の珠は、戦士の守護石たるターコイズでできていた。
 そんなところがとても彼らしくて、はまたこみ上げてきた涙を、ぐっとこらえた。

 そこでふと思い立ち、は荷物から取り出したナイフで、その数珠をつないでいた紐を切った。



 ばらばらと、鷹山の亡骸の上に、空色の珠が散らばる。



 の手元には、真ん中に留まっていた最も大きなターコイズと、数珠をまとめていた紐だけが残った。



 はその紐を珠に通し、輪を作った。

 最初は首から下げるのに適した長さだった紐は、切ってもう一度結びなおしたことによって短くなり、お守りの紐程度の長さになってしまっていた。



「なあ、鷹山。
 形見くらい、持っててもいいだろ?

 あんたのこと。
 教えてくれたたくさんのこと。
 オレが、忘れないためにさ……」



 そう呟いて微笑んだ。







 穴に土をかぶせていく。

 友の亡骸は、少しずつ、その姿を大地へ沈めていった。



 最後に、彼がいつも手にしていた錫杖を地面へ突き立てる。

 深く大地へと突き刺さったそれが、彼の墓標だ。



 墓が出来上がると、はその場にひざまずき、両手を静かに合わせた。



 枯れたはずの涙が、またひとすじ流れ、地面に零れた。











「……ぇ……ねえ、ってば!!」

「え!?」



 はっとしてが顔を上げると、そこにはむくれたトリスと、眉根を寄せるネスティ。



「んもう、ぼーっとしちゃってどうしたの!?」
「あ、あぁごめん。
 昔のこと、ちょっと思い出しちゃってさ」

 そう言って笑顔を作るに、トリスは納得がいかないといった顔でぶーたれたが、何かを思いついたようににやりと笑う。



「ね、ね。
 その石さ、なにかいわくありげよね?」

 何やら多分な意味がこもっているであろうトリスの言葉に、は苦笑しながら「べつに、たいしたことじゃない」と言った。

「えー?
 絶対嘘! あたし達に何か隠してるでしょ!
 白状しなさ〜いっ!」
「わわっ、トリスやめろって!」
「こらトリス、人に迷惑をかけるなといつも言っているだろう!?」

 に飛びついたトリスを、ネスティがたしなめた。

「むぅー、何よぅ!
 ネスは気にならないの!? それとも、あたしに内緒でネスはもう教えてもらっちゃってるとか!?
 そうなんだー、へぇー。ほんっと仲いいわよねー、とネス!」

「な……!
 君はバカか!?」

 トリスのからかうような口調に、ネスティが顔を赤くして怒る。
 そのまま果てのない言い合いに発展してしまった。



 当のはといえば、半ば呆れたような顔でその光景をみつめる。

 そして、二人に気づかれぬよう、そっと微笑み、手の中の珠に視線を落とす。





――ねえ、鷹山。見える? 聞こえる?
 今の私には、こんなに楽しい友達ができたんだよ。

 私はあんたにいろんなもんを貰いっぱなしだったけど。
 そうやってあんたがくれた物のおかげで、私は今毎日がとっても楽しいって、そう思えるんだ。

 いつか私が死んだら、あんたに会えるかな?
 遠く離れた世界だから、逝き着く先は違うかもしれないけど。



 それでも。



 また会うことができたら、そのときは。

 あんたに、今度は私がたくさんの話をするよ。

 私がこの世界で見たもの。
 出会った人。仲間たち。



 でも、何よりも言いたいことはひとつだけだから。

 そのときは、真っ先にその言葉を言うね――





 ありがとう、って。

 蛇足文のくせに長くなってしまいました。すいません。

 ビジョナリーアイテムに選ばれた『ほどけた数珠』は、こういう意味です。
 主人公がお守りにしてる、鷹山の形見。
 ターコイズでできた数珠の一粒です。

 ちなみに、ターコイズとはトルコ石のことですね。
 TRPG版メガテンでは、本当に『戦士の守護石』として扱われてます。
 そしてさりげに私の誕生石……(そこは激しくどうでもいい)

 子供時代の主人公、なんとなく後半しゃべり方がナップっぽくなっちゃったかなぁとか思ってみたり。
 最初のころの凛としたしゃべりはどこへ行ったのやら。
 主人公がキレた時に話し方が変わるのは、この頃の癖が出るからなんですね、実は。(『Another〜』第13話・Chapter4参照)
 ていうか平常時も男寄りの口調の気もしないでもないですが……(^^;

 本編キャラがほとんど出てこない文で申し訳ありませんが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

* * *

 ターコイズの色描写を修正。
 トルコ石は『淡い水色』ではないので。(^^;

UP: 04.02.21
更新: 06.09.21

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