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第十七話 レジェンド先輩




 そして部活が終わり――、

「ミズホちゃん、わかりやすくお姉ちゃんに説明してもらえるかな?」

 俺はミズホに手を引かれて彼女の家にお邪魔することになった。
 今日の特訓でやりすぎてしまったことへのお詫びの意味で夕飯に招待されたのだ。
 そこで彼女の姉・美野里(みのり)さんと久しぶりに対面している。

(スカウトされた時は気にしてなかったけど、こうしてみると美形なんだな)

 目の前で腰に手を当てているミズホのお姉さんは、わずかに片方の眉をヒクヒクさせながら俺たちを見比べていた。
 ライトブラウンの髪はミズホより少し長くて緩いウェーブがかかっている。
 スラリとした手足が真っ白で目のやり場に困る。
 家着ということもあってタンクトップを重ね着してハーフパンツを履いているようなラフな格好だ。
 それでもスタイルの良さが十分にわかるほど魅力的な女性だと言える。
 隣りにいるミズホが成長したらお姉さんと同じように美しくなるのだろうか。

「あのね、お姉ちゃんのこと全部話しちゃった……」
「は?」
「そしたらミナトくんが挨拶したいって言うから」

 おずおずと姉に説明するミズホだが、いつの間にか俺が主犯に格上げされているではないか。
 割と強引に招かれたような気もするのだが、ここは黙っておこう。

「それは、大井くんから私への挨拶という名のクレームですか?」

 美野里さんは少し考え込んでからそう言った。
 俺にしてみればここにいることの意味なんて元々考えてないのだから、ミズホが窮地に追い込まれないように適当に話を合わせておく。

「ちっ、違います! スカウトされた時は事情を知らなかったので、本当にただお話してみたくなったというか」
「ふぅん……?」

 そりゃ疑いますよね。

 ミズホからは「ご飯一緒に食べようミナトくん!」しかいわれてないわけで、俺にしてみればちょうど腹も減ってきたから悪くないかなという程度の認識なのだ。
 できれば中華がいいなぁ……という願いすら口にしていない。

「ミズホやミナトくんには私が授業で会うことは少ないというか全く無いし、純粋な興味という意味で受け取っておくわ」
「はぁ」
「じゃあここからは、教師と生徒じゃなくて先輩と後輩ということで! お話しましょ。私はお酒飲むわよ」

 美野里さんはにっこり笑いながら俺たちに背を向けた。

「ごめんねミナトくん、お姉ちゃん今日は遅くなるって言ってたから」
「だ、誰もいない家に俺を連れ込んでどうしようと!?」
「そういう意味じゃなくって! ちゃんとご飯作ってあげたかっただけだよ」
「チャーハンとかがいいです」
「わ、わかったよ! さっきは私をかばってくれたしね」

 ミズホは小さくため息をつきながら俺に感謝の言葉を述べた。



 それから三十分後。

「お酒好きなんですね」
「うん、好き! これはノンアルだけどねっ」

 美野里さんと一緒に食卓を囲みながら俺はチャーハンを頂いていた。
 ミズホの腕が思った以上に良くて、思わず無言で半分以上食べ尽くしてしまった。
 味わい深い。
 ちゃんとラードを使ってる。焦がしネギもいい。
 きっとミズホは相手の胃袋をがっちり掴めるいいお嫁さんになれると思う。

「ミナトくん、随分頑張ってるみたいね。ミズホちゃんから聞いてるよ~ん?」
「な……」

 舌鼓を打っている俺を見ながら美野里さんが言った。

「初めての相手はミズホだったんでしょ」

 思わずむせ返る。
 黙って俺の隣りにいたミズホが水の入ったコップを渡してくれた。

「どうだった? センパイに詳しくエッチに全部聞かせてよ~」
「それは、ど、どうだったと言われましても……」
「お姉ちゃんっ!!」
「うふふふふふ♪」

 恥ずかしがりもせずストレートに尋ねてくる美野里さんをミズホは照れ隠しと怒りが混じった声で制止した。
 ノンアル飲料でここまで大胆になれるなんて羨ましいな。
 それともこれが美野里さんの性格なのだろうか。

 やがて食事が終わり、ミズホが後片付けを始めると、美野里さんが体を寄せてきた。

「そろそろ聞かせてもらおうかな」
「え、ええと……」
「だからお姉ちゃんっ」
「ミズホちゃん、彼と大事な話するからちょっとあっちに行ってて?」

 手のひらでシッシと妹を追い払いながらウィンクする美野里さん。
 不満そうにしながらもミズホはそれに従った。

「さて、これで話しやすくなったんじゃないかしら」

 二人きりになってさらに距離を詰められる。
 しっとり濡れたような髪からいい匂いがする。

 別に本人は誘惑しているつもりはないだろうけど、この距離感だと勘違いしてしまう男だって居るだろう。

 しかし……、

「もしかして俺の悩みはお見通しですか」
「なんとなくね。キミみたいな目をした男子から相談を受けることは多いから」

 フッと息を吐いてから美野里さんはグラスに残っていた液体を飲み干した。

「バトルファックのことでしょ」
「はい……」

 俺は素直に悩みを打ち明けた。


「強くなりたいんだ? でも始めてまだ一ヶ月くらいじゃないの」
「そうですね。でも周りが圧倒的すぎて」

 それ以上言えなくなった俺を美野里さんはしばらく眺めていた。

「そりゃそうでしょうに。部内のワンツーがミナトくんの側近なんだから」
「えっ……」
「文字通り側近なのよ。あの子たちは将来有望なキミという王子様を守る役目を持った騎士みたいな存在だから」

 美野里の言葉を理解することはできたけれど複雑な気持ちになった。

「でもっ、それが本当だとしても、守られるだけなんてイヤです」
「うふふふふ♪ 頼もしい後輩クンね。やはり私がスカウトしただけのことはあるわ」

 俺の顔をじっと見つめ、興味深そうに言葉を待つ美野里さん。

「それで、キミはどうなりたいの?」
「ミズホやリッカに負担をかけたくないんです。
 ハニートラップを仕掛けられても自分でなんとか対処できる程度になりたい」

 包み隠さず自分の本心を告げると、美野里さんは両手を広げて少しオーバーリアクションをしてみせた。

「無理よ」

 あっさり否定されてしまった。

「男子は特に性的な刺激に弱いの。
 ミナトくんだけに限らず、世界中の男子がそうなの」
「で、でもっ! うああぁっ……」

 いつの間にか美野里さんの指が俺の顎先を捉えていた。

「早まらないで。最後まで話を聞いて頂戴」
「ふぁい……」

 数回撫で回されただけでフニャフニャと力が抜けてしまう。
 このテクニックはリッカに少し似てる気がする。

「刺激に弱くても、耐えきることができなくても、時間を稼ぐことはできるわ」

 ここでいう時間を稼ぐというのは、この間のように女子たちが助けに来るまで抵抗できるという意味だろう。
 たしかにそれは大切かもしれないけど、

「それじゃあ俺、男として情けないと思って……」
「まずはその考えを捨てることね」

 今までにない冷ややかな表情だった。
 しかしそれが彼女の真剣さを物語っていた。

「明日の午後、修練場に来なさい。お姉さんが特別レッスンしてあげるわ」
「!!」

 美野里さんはそう言ってから両手を組んで、目の前で腕を真上に伸ばした。
 柔らかそうなバストが俺の顔の前でプルンと揺れた。

「授業以外のバトルファックは久しぶりかなぁ……
 でも、他ならぬミナトくんのために一肌脱いであげる」

(お、俺がこの人と……?)

 ミズホの姉である美野里さんと手合わせなんて考えもしなかった。

 たしか彼女は在学中にすごく優秀だったと聞いている。
 そして学園長とも懇意で、きっとバトルファックの腕前だって……

「怖がらなくていいわよ。あくまでも指導だから。
 自分がどれくらいの強さなのか、きちんと現状を把握しておくことは大切だわ」
「俺の強さ……」

 微笑む美野里さんを見ながら緊張と期待が入り混じった気持ちになる。

 教師としてではなく先輩として、俺を導こうとしてくれている。
 できることなら性技の一つも教えてほしい。

「よろしくおねがいします、美野里センパイ!」
「うんうん宜しい! 任せなさい♪」

 彼女がそう告げた瞬間、

「ミナトくんっ、大丈夫? 犯されてない!?」

 台所から血相を変えたミズホが飛び込んできた。

「あらミズホちゃん早かったわね」
「お姉ちゃん、本当に何もしてないんだ……」

 不思議そうに俺と姉を見比べるミズホを見ながら美野里さんがクスクス笑っている。

「じゃあ優しいお姉ちゃんは部屋に戻るから、あとは二人でどーぞ」

 そして俺の横をすり抜ける時に、明日のことはミズホにはナイショよ、としっかり釘を差していくのだった。






(2021.03.23更新)


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