『せめて責められ四十八手』序章之四・秋穂
文章:11-47 イラスト:みかみ沙更さん、久遠樹さん、nozomiさん
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ふわふわと宙を漂うおユキと一緒に歩きながら神通力についていくつか質問をしてみた。
「そもそもなんでこんな力が身についたのさ?」
「うむ~……それはおそらく無念の情によるものじゃな」
「おユキがあの『超乳戯画』っていうエロ本……春画を完成できなかったから?」
「たしかにそれも無念のひとつではある。それ以上に妾は師匠、おぬしのご先祖様である北葛飾北斎殿に淡い恋心を抱いておったのじゃよ。それで、なんというかその……ごにょごにょ」
そこまで口にすると彼女は少し恥ずかしそうに口ごもった。
「へぇ、幽霊のくせに赤くなるなんて純情なんだね!」
「かっ、からかうでない! こう見えてもワタルの何十倍も長生きしておるのだぞ。わかったら敬って媚びへつらえ」
「じゃあ春画が完成して、おユキの恋心が満たされたら成仏できるのかな?」
「そこまでは妾もわからぬ。だが今よりは清々しい気持ちに慣れるのじゃろうな」
おユキの無念はわかる気がする。
たしか僕とほとんど同い年でこの世を去ることになったわけだ。
恋愛だけでなく、まだまだやりたいことだってあっただろうに。
(それにしたって恋する幽霊か……レア過ぎる。しかもヘンタイコスプレ春画絵師とか斬新だな)
「ワタル~、妾はおぬしの心とリンクしてるから悪口も全部聞こえておるぞ~」
「ひっ!!」
「お師匠様に対する妾の恋心は死んでおらぬ! 乙女心は不滅じゃっ!!」
「わあああぁ……これまたキモいセリフだ」
「ぬぐぐ……覚えておれ! 夜中にそのヘタレチンポを踏みにじってやるからのー!!」
物騒なことを呟きながらおユキは手に持っている筆の柄で僕の頭をパシパシ叩いてきた。もちろん全然痛くない。
「それはそうとワタル……」
「なんだい?」
「ちょっと手のひらを妾のほうに向けてみよ」
おユキの言葉に素直に従う。
「ふむ……神通力はあと二人分といったところかのぅ。よくわからんわ」
「ずいぶんテキトーだな、おい!!」
「まあ、次はよ~~~く吟味して力を使うのだぞ。おぬしにとって気心知れた相手のほうが緊張せずに良いかも知れぬ。なんといっても童貞だし。幼なじみに口で負かされる程度の童貞だしな」
「童貞のところだけ強調するのやめてくれないかな、もう!!」
「ぷくくくく……ワタルがいじりがいのあるやつゆえ、妾も退屈しなくて済みそうじゃの♪」
僕をからかうことでおユキは少し機嫌が良くなったみたいだ。
そこへ後ろから突然声をかけられた。
「あらワタルくん!」
「あっ……秋穂先生!」
振り返るとそこにはナース服の女性が微笑んでいた。
彼女は赤嶺秋穂(あかみねあきほ)さんと言う。近所に住んでるから幼なじみといって問題ないのだろうけど、僕にとっては頼れる優しいお姉さんだ。
今は僕が通う学園の校医さんをしている。保健室に行けばいつでも彼女に会うことは出来る。
友人の中でも評判が良くて隠れファンも多い。
女医さんなのにナース服を好むというちょっと変わった人でもある。
「どうしたのこんな時間にまだお家に帰ってないなんてお姉さん心配よ?」
「ちょっと忘れ物しちゃって……そしたらマナが教室にいたんですよ」
「あらそうなの。でも青海さんは一緒じゃないのね?」
「ええ、あいつはこれから部活みたいで。追い返されちゃいました」
他愛無いやりとりだけど気持ちが穏やかになっていく。
(いかにも優しそうなおなごじゃの~……それにしてもけしからん乳をしておる。あやつは牛か)
「そう言うお前こそエロオヤジか!」
「うん? 急にどうしたのワタルくん」
思わず背後に浮かぶおユキにツッコミを入れてしまった。
秋穂先生には見えない絵描きの幽霊。
「いいえ、なんでもないです! 僕、最近ちょっと独り言が多いだけで」
「そうなんだぁ……なにか悩み事でもあるのかしら?」
「そ、そうですね。まだ悩みというほどではないのですが」
「心配事は最初のケアが肝心よ? 私で良ければ相談に乗ってあげたいなぁ」
そう言いながら彼女は少し僕に顔を近づけてきた。
吸い込まれそうな大きな瞳で僕をじっと見つめている。
「なんでいつもそんなに優しいんですか秋穂先生……」
「医者としては当然よ。それに今はもう先生じゃないわ。学園の中じゃないから」
優しく微笑みながら僕の鼻先をチョンと指で押してきた。
ふわりと漂う花みたいな香りに誘われて思わず僕は――!
「あっ、あきほねえちゃん!!」
「まあ、どうしたの……」
……秋穂さんの胸に寄りかかるように抱きついてしまった。
絶妙な柔らかさを顔全体で感じる幸せ。
「う~ん? 落ち着いてお話してごらんなさい。お姉さんが全部聞いてあげる……」
急な出来事なのに相変わらず彼女は落ち着いた口調で僕に話しかける。
まるでカウンセリングでもするように穏やかに、僕をリラックスさせるように。
「お顔赤いよ? どうしたのかな」
ひんやりとした手のひらが頬に触れた瞬間、思わず僕は右手で彼女の手を握ってしまった。
(ばっ、馬鹿もの! おぬし忘れたのか。その右手に神通力が宿っていることを――)
おユキに言われるまでもなく僕は秋穂さんの手を握りしめるつもりだった。
昔から憧れていたお姉さん……迷う必要などどこにもない。
できれば筆下ろししてほしいと思っていたし、右手に宿った力を使うのには最適な相手だと思い描いていたところだった。
迷いのない僕の気持ちに反応したのか、右手がうっすらと白く光ったように見えた。
「あきほね……秋穂さん、僕のこと好きですか?」
「……」
こちらからの問いかけに対してあくまでも優しい表情を崩さない彼女。
いつもと変わらぬ様子に今度は僕のほうが不安になってきた。
(まさか効いてないのか……さっきのマナといい、おユキの神通力って本当に効くのだろうか!?)
(う~ん、微妙じゃの。妾にもよくわからんのじゃよ実際)
(ひいいいいいっ! 今さらそれを言うか!)
頭の中に響くおユキの返事が僕をますます不安にさせる。
「うあ、あっ、秋穂さん、今のは無かったことにし――」
「……好きよ。なんでそんなことを聞くのかな?」
「えっ」
さも当たり前のように彼女は答えた。
「ほ、ホントに?」
「ええ。駄目かしら?」
「そんなことないですけど……なんか信じられないな」
「自分から尋ねてきたのにそんなことを言われたら困るわ? ワタルくん」
僕が握った手を握り返しながら彼女が笑いかけてくる。
こういうのを天使のような微笑みというのだろう。
トントン拍子に進む展開に戸惑いながら、思わず秋穂さんに見とれてしまう……
(う~ん、青春じゃの! 抱きしめられて接吻の嵐みたいな熱い展開になりそうじゃの~~~!!)
「はっ!!」
脳内に響き渡る淫乱幽霊の雄叫びで正気に戻る。
そうだ、こんな道端で年上の女性に恥をかかせるような真似をしちゃ駄目じゃないか。
甘え続けたい気持ちを振りきって、僕は秋穂さんの手をそっと離す。
「先生、きょ、今日はこれで失礼します! また今度、いや明日!!」
「あっ、ワタルく~~~ん。お大事にね」
僕は思い切り深く頭を下げてから駆け足でその場をあとにした。
(これ以上秋穂さんのそばにいたら理性が吹っ飛んでしまう! それにしてもあのおっぱいは危険過ぎる……)
ちょっとだけもったいない気持ちがあったのも事実だけど……これでいいのだ。
◆
そして数分後。ようやく自宅前まで辿り着いた。
「ハァ、ハァ、ハァ……すげー疲れた。でもおユキのおかげで助かった」
「な~~~にが助かったじゃ! せっかくいい雰囲気だったのにこのヘタレチェリーがっ!! さっさと押し倒して手篭めにせんか」
僕の背後を不満げに飛び回っている巫女姿の浮世絵師。
「う、うるさいよ! こう見えても僕はそんなに破廉恥じゃないんだ」
「ふんっ、それはどうだかわからんの~!」
おユキの憎まれ口をスルーしつつ僕は玄関のドアを開けた。
そういえば千春ちゃんは大丈夫かな。それも少し気になる。
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