『せめて責められ四十八手』序章之伍・美月

文章:11-47 イラスト:みかみ沙更さん、久遠樹さん、nozomiさん、ぽやむさん


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「ただいまぁ……」

忍びこむようにして玄関の内側に体を滑り込ませる。


(なあワタルよ、千春とやらはまだおるかのぅ?)

僕が忍び足で階段を軋ませないようにしているのはまさにそれ。千春ちゃんのことが気になっていたからだ。
どんな顔で話をすればいいのか自分でもわからないので、今は顔を合わせたくない。

(何を悩んでおる! 遠慮無く押し倒せばよかろうに)

おユキのうっとうしい囁きを無視してなんとか自分の部屋に辿り着いた。

「ふぅ。なんで僕がこんな思いをしなきゃいけな……ん? なんだこれ」

机の上に見慣れない封筒が置かれている。
少しちいさめのピンク色の封筒には可愛い猫のシールが貼られている。

(なんか嫌な予感がするぞ……)

封筒の表には「おにいちゃんへ」、裏を返してみると「千春より」と書かれている。

「おおー、これがビンゴってやつかの! 良かったではないかワタル。非モテのおぬしは恋文など滅多にもらえるものではなかろうに。さあさあ早く開封するのじゃ!!」

「いや、今日はやめとくよ……」

目をキラキラさせてるおユキと対照的に僕の気持ちはどんよりしている。
千春ちゃんみたいに可愛い子から手紙をもらえるのは嬉しいけど、それが神通力のおかげだとしたらちょっと喜べないかも。


「なぜじゃああああああああ! 妾をじらして楽しいのかおのれは!!」

空中でジタバタ暴れているおユキを見ていたらさらに疲れが肩にのしかかってきた。
とりあえずお腹も空いてないので僕はベッドに潜り込むことにした。







――そして翌日。

「ワタル、ずいぶんよく寝ておったの~」

「嘘だろ……まさかあのまま朝を迎えるなんて」

おユキはのんびりした口調でふわふわと僕に追従してくるけど、こちらは猛ダッシュで校門を目指している。
空を飛べるって地味に羨ましかったりする……。

うちの学園は規則が厳しくて一分でも登校時刻を経過すると頑丈な鉄の扉と分厚いアクリルの壁で二重に閉ざされてしまう。
それから数時間は内部からの脱出も不可能な状態となっているのだ。

キーンコーンカーンコー……

「どりゃあああああああセーフ!」

なんとか滑り込んだ僕の背後でガシャンと扉が降りた。
挟まれたら確実に死にそうな勢いで。

「チッ、悪運の強いやつじゃ」

「ハァ、ハァ……走り過ぎで気持ち悪い……こう見えても皆勤賞を狙ってるんでね!」


「ふんっ、そんなことよりも学業で本気を出せばよかろうに」

「お、大きなお世話だ!」

おユキの指摘はいちいち胸に突き刺さる……。







しかし教室についた僕を待っていたのはクラスメイト全員の視線と担任の薄ら笑いだった。

「北葛飾クン、残念だけど遅刻ね」

「ええええ~~~!!」


「だってもう出欠を取り終わっちゃったもん」

「いつもより早くないですかセンセー!」

自分でもわかってる。見苦しい言い訳だというて事は。
それでも欠席扱いにされるよりはマシだ。


「ふふふふふ、じゃあ交換取引。今から私のお使いで芸能科の先生に資料を届けてきて頂戴」

担任が窓の外を指さした。

「あ、あんな遠くまで……くうぅぅ、わかりました」

「良いお返事ね。じゃあお願いします」

そして僕は10キログラム以上ありそうな紙の束を抱えて芸能科へと向かっていった。




うちの学園には普通科と商業科、そして芸能科という一風変わったクラスが存在する。
各学年に1クラスだけ存在する芸能科は別棟に配置されており、専用スタジオなどの施設が充実している。

僕も足を踏み入れたことは数えるほどしか無いけど、さすがのどの女の子も普通科と違う輝きを放っている。

(それにしても重いぞこの書類は!!)

学園にはエレベーターやエスカレーターは存在しない。
距離にすると数百m先になるわけで、すでに腕がしびれてきた。

「おユキ、ちょっと手伝ってくれないか?」

「それは幽霊の妾には無理じゃ~♪」


「くそっ!」

ああ、猫の手どころか幽霊の手も借りたい!
重さだけではなく結構大きさもあってしんどい。

そこへ――


「ニャンニャンニャー!」

廊下の向こうから派手な衣装を着た女子が歩いてきた。
見覚えがあるあの子は!!

「うおおおっ、みぃちゃんだ! サインくださっ、くそ両手がふさがってるうううう!!」

彼女は大人気アイドルグループYKB47のメンバーである横山美月(よこやまみづき)。
噂では同じ学園にいるということは聞いていた。
でもまさか普段と同じ衣装を着て校内を歩いているとは思わなかった。

キラキラと輝く金色の髪をツインテにして、細い体でステージを跳ねまわる彼女はとても人気者だ。
そしてあの猫娘ぶりはファンの間で定着している。
密かに僕も彼女のファンである。


(これはまた面妖な衣装だのぅ! じゃがなんともきらびやかでええのぅ!!)

背後に浮かんでるおユキも感嘆の声を漏らしている。
酒場の親父みたいなもの言いだけど。


「サインはみぃ達のCD買ってくれたらしてあげるニャ。もちろん握手券もついてるニャ」

「しかも営業上手だしっ!」

でもこれは彼女とお話できるチャンス。
今この空間には僕と彼女しかいないのだから。

彼女は不思議そうに僕の抱えている書類を見つめている。


「ふぅん……って何コレ! 殺人的な重さニャ!!」

横山美月は僕の方に一歩近づいて書類をしたから持ち上げようとした。

サラサラの髪が揺れていい匂いが僕にまとわりついてくる。

(うわぁ……あのみぃちゃんがこんなに近くにいる!)

クソ重い荷物を運ばせた担任をさっきまでは呪殺してやろうかと思っていたけど、今は感謝するしか無い。


「こんなに重たいものを持ってどこまで行くニャ?」

「あっ、芸能科の職員室なんですけど……」


「それならこの廊下をまっすぐ行けばいいニャ」



みぃちゃんは不慣れな僕に優しく道順を教えてくれた。

そして――

「またニャー!」

笑顔で手を降ってから僕の脇を通りすぎて歩き出した。





彼女の背中を目で追いながら僕はあることを思いついた。
CDについてる握手券。

「……今の僕なら握手するだけでアイドルでも誰でも仲良しになれるんだよね?」

「そうじゃな。素手で触れることができればさっきの猫娘だって余裕じゃ」

自慢気に答えるお雪の声で僕は決心した。


「よし、CDを買って握手会に行こう!」

「それはつまり公然わいせつというやつじゃな! おぬしを見なおしたぞワタル!!」


「ちがあああああああう! エッチな事は……そりゃ、もちろん……したいけどさ……」

「ウブなふりしておぬしもだいぶノリノリになってきたの~~♪」


「黙れエロ幽霊!!」

興奮気味のおユキを叱りつけながら僕は芸能科の職員室へと向かっていった。




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