『せめて責められ四十八手』序章之参・真夏
文章:11-47 イラスト:みかみ沙更さん、久遠樹さん、nozomiさん
goto TOP page
――僕の名前は北葛飾ワタル。ちょっと困ったことになってる。
お小遣い欲しさとはいえ、いかにもお宝チックなものがありそうなうちの蔵を漁るべきではなかった。
そこで見つけた不思議な本『超乳戯画』を開いたばっかりに、変な幽霊に付きまとわれることになった僕。
たしかにお父さんやお母さんからは聞いたことがある。うちは由緒正しい絵描きの家系だって。
でも両親は絵描きを生業としてないし、おじいちゃんも書道の達人ではあるけど絵を描くことはない。
もしかしたら亡くなったおばあちゃんは絵を描いたことがあるのかもしれない。
だからといって僕の目の前に浮世絵師の幽霊が(しかも巫女さんのコスプレという異形で)突然現れる理由にはなるまい。
しかも自分が成仏するための交換条件として、怪しげな神通力という名の正体不明のモテモテパワーを授けてくださった。
その結果、おじいちゃんの書道教室に通う千春ちゃんが僕の腕の中で小さく震えている。
「ごめんね千春ちゃん、うっかり僕が手を握り返してしまったばかりに……」
「どうじゃ、気をやっているうちに四十八手のひとつを試してみては。『岩清水』などオススメじゃ。その様子を妾が見事描き納めてみせようぞ。さあ、はよ……」
「うるさあああああい!!」
こいつはただの幽霊じゃない。色魔というか、悪魔に近い怨霊に違いない。
浮世絵師の幽霊・狩野小雪の目標は白紙の古文書である『超乳戯画』にエロい春画を書き綴ること。
そのために僕の体を都合よく使おうとしてるわけだが――
「おユキは僕を犯罪者にする気か! それに千春ちゃんは書道教室の時間だよ」
「そうか。それはちと残念じゃの」
「ぜんぜん残念じゃないよッ。だいたい千春ちゃんの気持ちを無視してそんな鬼畜なことを――」
ピクッ
その時僕に抱かれたままの千春ちゃんの体が少しだけ動いた。気を取り戻してくれたのかな。
「お、にい……ちゃぁん……好き♪」
「ひいいっ!?」
うっすらと目を開けながら彼女は確かにそう呟いた。
おユキのいうところである「神通力」がしっかりかかっているようだ。
「ほれどうじゃ? 処女と童貞の組み合わせも初々しくて悪く無いと思うがの~」
「鼻の下を伸ばしながら勝手なこと言うんじゃない! ぼぼ、僕は出かけるからな」
「ちょっと待てワタル、妾も連れてたも~~~~」
うっとりしたまま僕を見上げている千春ちゃんを書道教室の和室まで連れて行ってから、僕は忘れ物を取りに自分の教室へと向かうことにした。悪霊を一体引き連れて。
◆
夕暮れまではもう少し時間があるとはいえ、放課後の学園は少しさみしげな様子だった。
「なんじゃここは! 逢引するには色気が足りぬような」
「逢引ってなんだっけ……まあいいや、ここは勉強するところ! おユキには寺小屋っていえばわかるか?」
ガララッ
「げっ」
誰も居ないはずの教室にいたのは腐れ縁の幼なじみ、青海真夏(あおみまなつ)だった。
家が近くということもあり今まで一緒の学園に通うことが多かったが、最近ではめっきり口をきく回数が減った気がする。
「何しに来たのよアンタ……」
「ま、マナこそ……どうしたの? 居残り補習かい」
「ワタルじゃあるまいし! あたしは部活動前のひとときを優雅に過ごしてるの」
「そうか。もしかして僕を待っていたとか」
「バカなこと言ってないであたしの前から消えて。ほら、そこの窓が開いてるわよ~」
「……ここ三階でしたよね? たしか」
(ワタルよ、あの娘はおぬしのことが好きなのではないのか?)
脳内に響き渡る声の主は浮世絵師の魂。
(今のところそういう事実はないな。脈もなさそうだ。なんなら試してみるかい?)
僕が心のなかでつぶやくと、おユキは小さく頷いてみせた。
「あの、真夏さん」
「なぁに? おじゃま虫クン」
顔は笑っているけど言葉が尖ってる。
攻撃的な姿勢を全く崩さない僕の幼なじみ。
「普通は幼なじみって、もっとこう……思いやりがあって優しくて世話焼きで――」
バンッ!!
「よく聞いて。あたしとアンタに限ってそれはないわ」
持っていた本を机に叩きつけて、マナが勢い良く立ち上がる。
「そ、そうなのかー!」
「あたしが考える幼なじみ男子って、頼りがいがあってスポーツも出来てイケメンでお金持ちで最高じゃないとダメなわけよ。わかるよねこっちが言いたいこと」
「ええ、そりゃあもう……皆まで言うなってほどに」
「そういう意味でアンタは落第! 問題外! 用が済んだら消滅して」
言いたいことを言ってスッキリしたのか、マナは静かに席についた。
「おぬしらまことに険悪じゃのぅ……」
呆れたようにおユキが言う。まったくもってそのとおりで、何も言い返せないけど。
「いつもあんな感じなんだ。いわゆるツンデレってやつではないかと思うんだけど……全くデレないね」
「ではツンツン娘というわけか。しかし今のおぬしならあやつをデレデレ娘に変更することも可能じゃろ?」
「っ! そうだった!!」
これはいいチャンスかもしれない。マナの右手を握れば僕に対する目つきがガラッと変わることだろう。
しかしどうやって手を握ろう。いざとなるとなかなか難しいものだよ。握手を求める理由が見つからない。
「こほん……マナくん、ちょっといいかな」
「ダメだけど」
一瞬だけ浴びせかけられた冷たい視線。でもここで落ち込んでる場合じゃない。
「ぐっ……しかし今日の僕はいつもと一味違うぞ。それっ!」
「きゃああああっ!!」
完全に不意打ちっぽいタイミング。
僕はおもむろにマナの左手を強く握りしめた。
◆
次の瞬間、マナの体がビクンと震える。
「何をしたの? ワタル」
「……」
僕は何も答えない。それよりも彼女をじっくりと観察する。
いつもは気丈さを表す眉毛も切なそうにハの字になり、大きな瞳が不安そうに揺れている。
(こうしてみると可愛いじゃないか……我が幼なじみよ!)
マナは女子の中では背が高いほうで、ほとんど僕と変わらない。
スラリとした体型なのに制服の上から見る限り胸もかなり大きい方だと思う。
客観的に見るとかなり可愛い部類に入るけど、性格に難あり過ぎで今までは気に留めないようにしてた。
しかし今の彼女は……普段では見られない表情。
これはちょっとした感動だ。
「胸がキュンキュンしてたまらないの……こっちに来て?」
「ああ」
言葉短く僕は彼女に寄り添う。
いつも強気なマナだっておユキから授かった神通力の前ではただの乙女。
「あのね、あたしずっとワタルのことが好きだったんだよ」
「へぇ、それは知らなかった」
曖昧な返事でごまかしながらマナの心をかき乱す。
そして予想通り不満そうに訴えるような熱いまなざしが僕に突き刺さる。
「なんで気づいてくれなかったの? もう離さないで。お願いよ……」
(勝った! あのマナを堕としてやったんだ!!)
ついにあの真夏が本当の意味で幼なじみモードに――
◆
「……ねえ」
「あ、あれ?」
ここまで全て僕の脳内シナリオ。いわゆる妄想。
――現実は何も変わっていなかった。
「なにしてんの……? 指圧?」
手を握ったところまでは完璧だったのに、なんでこんなしょっぱい反応なんだ!?
「あ、いや……なんともないのか? マナ」
おユキのモテモテ神通力を信じて、それでも健気に手をニギニギし続ける僕に向けて、真夏は精一杯の気の毒そうな視線を送ってきた。
「はぁぁ? ああ、そっか。今日はいつもより暑いもんね? 熱中症でしょアンタ」
「えっ、いや、そんなこと……ないんですけ、ど……」
「それであたしの手を握ってるんだよね。通報されて警察の涼しいお部屋で一泊したいんでしょ。オッケーオッケー協力したげる!」
あきれ果てた顔のままで真夏はカバンから可愛らしいケースを取り出した。
「まてまてまてっ、スマホいじるなよ。まずは話しあおうじゃないか」
「話し合うことなんてはじめから無いのよ。 消・え・て!」
獰猛な野生の虎や熊でさえも一撃で仕留めそうな視線を僕に向ける真夏。
(逃げろワタル! こやつの殺気、尋常ではないぞ)
おユキに囁かれるまでもなく、僕の体は一目散に教室の出口へと向かっていた。
ピシャッ!
「……」
自分以外は誰もいなくなった教室で、真夏はワタルと触れ合った手のひらをじっと見つめていた。
その視線は心なしかいつもの彼女よりも熱を帯びて潤んでいた。
「……何この気持ち。それにワタルに握られたところ、ずっと熱いんだけど」
◆
猛ダッシュで教室はおろか学園内からも飛び出した僕の背後でおユキが言う。
「おっかしいのぅ? あの娘、実は物の怪(もののけ)か何かかもしれんな」
「そんなわけねえだろ、おユキ自慢の神通力はどうしちゃったのさ!?」
すでに真夏から遠くはなれていることに気づいた僕は駆け足をやめ、呼吸を整えるようにゆっくりと歩くことにした。
もうヘトヘトだよ……。
「いやいや、妾もびっくりじゃよ。4人ぐらいは簡単に落とせると思うんだがの。もうパワー切れか?」
「まさかの回数制限ありかよっ!」
「当然じゃろ。無限に幸せが続くとでも思ったのかたわけ者」
「ううう~~! 幽霊のくせに簡単に夢を叩き潰してくれるんだな……」
でもたしかに幸せが永遠に続くわけなんて無いんだ。
今度握手するなら相手を選ばないといけないな。
自宅への帰り道、僕はおユキが授けてくれた力についてもう少し詳しく指導を受けることにした。
←戻る
先へ→
Copyright (C) 2013-2014 欲望の塔, All rights reserved.