『せめて責められ四十八手』序章之弐・千春

文章:11-47 イラスト:みかみ沙更さん、久遠樹さん


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目の前で驚いたままの小童の頬に手を添えてみる。

「うわあああ、手のひらが白く光ってるじゃん!」

騒がしいのを無視して念を込めると、妾の手のひらにほんのりとした熱が感じられた。
よし、触れる事はできるようじゃ。

「とりあえずお主の頭の中を覗かせてもらおうかの」

そして額と額をこすりつけるように合わせる。

「う、うわあああああああああっ!! エクトプラズマアアアアア」

まこと騒がしい小僧め。
だがこやつに関する記憶、情報などが瞬時にこちらに流れ込んでくるのを感じた。

(おお、やはりこやつはお師匠様の子孫!)


これは長い時間をかけて妾が身につけた能力の一つで、今の言葉で表すなら「同期」というべきか。

強く念じることで相手のことが……この場合は北葛飾ワタルの名前、性格、話し方……その他雑多な情報まで細かく把握できる。

昔の言葉遣いのままではうまく意思の疎通が取れぬからの。

ただ同期した相手のことがわかる代わりに、妾の情報が筒抜けになってしまうのが難点じゃが、別に隠し通すこともないので気にしない。

そのことを知らぬワタルは妾と触れ合うことに怯えるばかり。懐から何かの絵が描かれたカードを取り出してブンブン振り回している。

「そ、そうだ、これっ! とっておきの魔法解除カードっ、どうだ!?」

「何をしてるんじゃワタル……そんなカードで妾を消せるとでも思っておるのか」


「はっ! な、なんで僕の名前を!?」

「とにかく落ち着け。おぬしにもわかるだろう? 妾のことが」

軽くため息をついてから少し距離を取る。
突然目の前に幽霊が現れたら誰でもこうなるか。

薄暗い土蔵の中で、ワタルは妾と床に落ちた『超乳戯画』とを見比べていた。







それからしばらくの後。

「なるほど、だいたいわかったよ! おユキは幽霊っていうか怨念みたいなものだよね!」

「話を捻じ曲げるな。失敬なやつめ。せめて精霊とでも言い直さぬか」

ワタルはこちらの存在についてうまく理解してくれたらしい。
まだ大人になりきっていない部分があるせいなのか多少は柔軟性があるようだ。

ふわふわと漂う妾を面白そうに見つめている。

「ははっ、知識や時代は繋がったけど、話し方はロリババアのままなんだねっ」

「ぐっ……急には直せぬよ」


「それに処女のまま死んじゃったなんて可愛そ過ぎるんだけど」

「なっ! 悪いか!!」


「悪くはないけどさ、せっかく可愛いのにもったいないよね」

「か、かわい、可愛い? ほほ、そうかの……」

生まれてこの方可愛いなどと言われたことはない。言われる前に死んでしまったわけじゃが。


「あははははっ、赤くなってる! 幽霊なのに照れるんだ~~」

「……お、おのれ調子に乗るなよこのクソタワケがあああああ!」

もはや許せぬ。堪忍袋の緒が切れた妾はワタルの頭を抱きかかえ、両手を頭の中に突っ込んでみせた。


「数々の非礼暴言許すまじ。ぬふふふ、どうしてくれよう」

「ひいいいいっ、ごめんなさいっ!!」



「駄目じゃ。電撃でも流すか。それとも内側から脳みそかき回してやろうかの……いや、体を乗っ取って恥ずかしいことをさんざんしてやろうか」

「やっぱり悪魔だああ! おユキあっちいけ、悪霊退散っ!! 十字架はどこだっ、ニンニクは」


「妾は吸血鬼ではないゆえ十字架もニンニクも平気じゃ」

「じゃあお守りパワー全開!!」


「ぜんぜん効かんわ。うつけ者」

ジタバタするワタルをしばし眺めつつ溜飲を下げる。
このお調子者が……しかし可愛いところもあるようじゃの。

すぽっ

「まあ、さっきのは嘘じゃ。そんな芸当はできぬ」

「ハァ、ハァ、ハァ……おどかさないでよね。実は僕、オカルトとかホラーは苦手なんだ」

「うむ、把握しておる」

それなら妾を崇めひれ伏さぬか。妾が美少女絵師の幽霊でよかったのぅ。幸運に感謝するがよい。
恨めしそうにこちらを見つめるワタルのそばにふわりと腰掛ける。


「さてワタル」

「えっ、何?」


「ここで出会えたのも他生の縁。折り入ってそなたに頼みがあるんじゃ」

「え、エッチなら無理だぞっ! 幽霊と交わって魂を吸い取られちゃうなんて……」

「少し黙れ、このうつけ者が!」

パシーン!

「いっ、痛てえええええ! こんな乱暴な巫女さん見たことねえっ!」

今度は手のひらに念を込めてワタルの頬をビンタしてみせた。
一瞬だけなら魂を具現化出来るみたいじゃ。

これも長年の研究成果の一つ。
幽霊だからとにかく時間だけは無限にあるからの。


「おぬしに頼みたいのはこれじゃ……」

そっと指差す先に転がっているのは『超乳戯画』の白紙ページ。

「へぇ~、この本をエロ画像で埋めるってこと?」

「さよう」


「全部埋まるとどうなるの? 何か得するの?」

「ふむ、そうじゃの……おぬしにとっては大した意味は無いじゃろうな」

ここで嘘偽りを吐くことも可能なのだが、取引のパートナーを欺くこともあるまい。


「じゃあやーめたっ」

「ぐぬぬぬぬぬ!」


「だって僕はおじいちゃんと違って絵も描くことはできないし、おユキの役には立てないよ」

「絵については妾が念術筆記するよ。それに……大事なことを伝え忘れた。妾に協力してくれれば女の子にモテモテになるぞ?」


「え」

「悲しい悲しい童貞ともさよならぢゃ」


「えっ! てかなんで知ってるんだ……童貞だなんて言った覚えはないのに」

「ふふふん、おぬしのことならなんでも把握しておるよ。非モテ男子筆頭、残念系童貞街道突っ走り状態」


「う、うわああああああああああ!!」

妾の言葉に打ちのめされ、土蔵の壁に頭をガンガン打ち付けるワタル。
今のはさすがに言い過ぎたかのぅ……ちょっと慰めてやるか。


「そんなおぬしに確実にガールフレンドが出来る、といったら心変わりするかの?」

「マジで?」


「……幽霊は嘘付かない」

「じゃあやるっ、やらせて! 是非ともお願いしまっす!!」


「うむ、良い返事じゃな。男子は素直であるべき。では右手を出せ」

「こ、こう?」

差し出された手のひらを妾の両手で挟むように包み込む。

「今から妾がワタルに神通力を与え……」



ガララッ


次の瞬間、土蔵に外の光が差し込んだ。


「おにーちゃーん」

「ぬう、あの娘は! えっと、誰じゃ……」

さきほど得た情報の中に存在する娘に違いないのだが、検索を終える前にワタルが勢い良く立ち上がった。


「ち、千春ちゃん! ちょっと外で待っててね」




「おにーちゃん、こんなところで何してたの? お宝鑑定団ごっこ?」


「はははは、そんなわけないじゃない……とにかくあっちで、ね?」

「はーい」

素直な娘じゃの。ちょうど検索も完了。

あの娘の名前は緑野千春(みどりのちはる)。

ワタルの祖父が開いている書道と似顔絵塾の会員。


「おぬしの記憶にある情報よりも実際可愛らしい子じゃの。あからさまに年下狙いかおぬし」

「そんなんじゃないよ、千春ちゃんはうちの大事なお客さんだから」


「ほう、さすがに超えてはならぬ一線はわきまえておるようじゃ」

「おユキって幽霊のくせに汚れた発想しかできないの?」


「ふん……」

ワタルについて土蔵を出ると、千春という娘が満面の笑顔でワタルを待ち構えていた。



「えへへ、手つなご? おにーちゃん」

「うん。いいよ」


「あっ、待つのじゃワタル!!」

何の気なしに千春が伸ばした手を握り返そうとするワタルを制止しようとしたものの、もはや手遅れだった。


ワタルの右手に淡い光が宿り、それらが渦となって千春の体を包み込む。ほんの一瞬の出来事だが確実にその行為は彼女に変化をもたらした。


「あ、あれ……力が抜けちゃうよぉ」

「えっ! ちは、千春ちゃんどうしたのっ?」


「おにぃちゃ……ぁん♪ おてて熱いよぉ……」

ワタルの手を握ったまま、千春は目を潤ませながらその場にしゃがみこんでしまった。

「大丈夫? 千春ちゃんっ、ちはるちゃん!!」

「なんだか胸がキュウウウってなるのぉ……」

心配そうに少女を気遣うワタルの左肩を、妾は申し訳ない気持ちでノックする。


「あ、あのなワタルよ、非常に言いにくいのだが……そなたの右手には既に神通力を宿しておるのじゃ」

「はあぁ!?」


「事後報告で済まぬが、先ほどその説明途中で千春に割りこまれてしまったからな」

「つ、つまりどういうことだってばよ!?」


「ワタルよ、おぬしの右手に備わった力……それは女子にとって強力な惚れ薬だと思ってくれていい。少なからず好意を抱く女性を一瞬でとりこにすることができるのじゃ」

「じゃあ千春ちゃんは……その神通力の効果で!」


「さよう。貴様は汚らわしいロリコン……」

「ロリコンいうなああああああああ!」

わなわなと震えだすワタルに追い打ちをかける。我ながら手厳しい。


「じゃあ犯罪者。年下大好きシスコン野郎認定ぢゃ」

「ますますひでえ!! そんなことよりいったいどうすれば千春ちゃんは元に戻るんだ……」

千春という娘は両手を胸の前で合わせたまま祈るようにきゅっと自分を抱きしめている。
女である妾から見ても可愛らしい。まるで子犬かうさぎのような愛らしさ。


「んー、別にそのままでも良いのではないか? ワタルが命を削られるわけでもないからの」

「そういうわけにも行かないだろッ」


「ふむふむ。ではあの娘と交わることじゃ」

「っ!? それってつまり……」

妾の言葉にあとずさるワタル。


「さっきの取引を忘れたわけでもあるまい。おぬしは妾のために『超乳戯画』を完成させる義務がある。その過程であの娘の心と体を満足させれば自ずと先の道も開けよう」

ぱちんっ

妾が指を鳴らすと、千春とやらは糸の切れた人形のようにクタッとその場に崩れ落ちた。
ワタルへの思いに心を焦がされ、苦しそうにしていた表情も幾分やわらいでいる。

「あっ、落ち着いたみたい。今のはおユキが何かしたの?」

「うむ。一瞬だけ眠りにつかせた。体の芯は熱くなったままじゃ。とにかくおぬしはあの娘を選んだのじゃから、しっかり添い遂げるのだぞ?」



「ノオオオオオ! あんないたいけな少女をこの僕が、この僕があんな事やこんなことを」

「……してみたいじゃろ?」


「うっ……」

頭を抱えるワタルの動きが止まる。


「このスケベ。ロリコン、犯罪者」

「ぐふっ、でもそれとこれとは別! エッチするかどうかは双方の合意がないとほんとうに犯罪になっちゃうよ」


「あー、それならあの娘はもうオッケーじゃよ。あとはおぬしの気持ち次第」

「なぜそう言い切れる!?」


「だってあれはそういう術じゃからして。しかしなぁ……童貞の分際でうまくリードできるかどうか」

「で、できるよっ!」

妾の言葉を慌てて打ち消すワタル。なんだかんだいいつつ、やる気満々だのぉ……。


「ふん、それは怪しい。実にあ~やしいのぅ。小娘相手に挿入前暴発とかお粗末アンド恥ずかしい展開に……」

「い、いうなあああ! その先は言うなああああああああ!!」

さっき覗いたこやつの頭の中に渦巻いてる非モテ童貞コンプレックスは相当なものじゃから、こういった揺さぶりは効果てきめん。実に愉快。

「ま、おぬしがこの先どういう行動を取るか楽しみだの♪」

もっと弄りたい気持ちを抑えつつ満面の笑みでワタルを見つめ返す。


「おユキ、お前……楽しんでるだろ? この性悪ゴーストめ」

「ほほほほ、なんとでも言うが良い。それよりも千春とやらをいたわってやらんか」


「そ、そうだね……」

すっかり目がとろけている千春の手を引いて、ワタルと妾は北葛飾家の本宅へと向かってゆく。


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