俺は来た道を戻ることにした。
補講も大事だが、こっちも大事…


ガチャ

「ゆず、いるか…」

やっぱり決めきれない。

自分自身の優柔不断もさることながら、これはもう究極の選択だろ?

同級生の一番人気と、後輩の美少女…君ならどっちを選ぶ?

妹が言うようにどっちを選んでも後悔はないと思う。

でもなぜか…なにかが俺の中で引っかかってる。

その答えを妹が知っている気がした。



「ゆずー!」

玄関を開けても返事はなかった。
どうやら二階にいるらしい。

俺はいつものように階段を上がって柚子の部屋のドアをノックしようとした。


「ううう…ふえええええぇぇん!」

すすりなき…

あいつが泣いてる?

そんなバカな! 
あいつが泣くのはテレビドラマの最終回だけだ。

俺はノックせずにドアを思い切り開けた。


「どうした!? ゆずっ」

ガチャッ

「うそっ、兄貴!?」

ドアの向こうにはベッドに伏して、
枕に向かって全力で泣いている妹がいた。

嘘泣きでない証拠に、
声が震えて目が真っ赤になっている。

「なにがあった?」

「きゅ、急に戻ってくるなんてズルいよ! 兄貴」

俺の問いには答えず、
近くにあったタオルケットで顔を覆い隠す柚子。


「なんでもないよ…なんでもないの…」

こいつがこんな風に泣いてるところを俺はしばらく見たことがない。
俺は柚子の隣にそっと腰掛けた。

「夏蜜さんに告白してきたの?」

「してねえよ…」

「じゃあ花鈴に告白してきたの?」

「そんなことより…なんで泣いてるんだ、柚子」

しばらくヒクヒクと肩を揺らしていた妹だったが、少し時間が経つと落ち着きを取り戻した。


「あのね…」

「おう」

「急に兄貴があたしの前からいなくなっちゃう気がしたんだ…」

泣いてた理由ってまさか…俺のことか!?


「へんだよね、あたし。こんなこというなんて絶対おかしいよ…ははっ、はははは!」

「ゆず、おまえ…!」

「ヘンな妹のことは気にしないで行っておいで、兄貴!」


にっこりと笑っていても涙は隠せない。

気丈な振りをしても声は震えたまま…

こいつが今何を考えているのか、さすがに鈍い俺でもわかる。

俺は黙って柚子のそばにいてやることにした。



「…なんで行かないの?」

「そのうち行くさ」

「あたしが泣くところ、そんなに見たい? いじわるしないでよぉ…」

再び涙目になりそうな柚子の手を、そっと握ってやる。


「兄貴…もしかして心配してくれてるの?」

「ああ、そうだ。」

「ごめんね、弱っちい妹で…いつもは生意気なあたしが泣くなんて、おかしいよね」

握った手が弱々しく震えてる。

柚子がこんな風になったのは俺のせいなのかもしれない。

だがそんな自責の念よりももっと暖かい気持ちが俺の中に溢れてきた。


きゅうううっ…!


「はうっ! 」

隣にいる柚子を、俺は思いっきり抱きしめた。

さすがに驚いたのか泣き声も止まる。

「ちょ…なんで急に抱きしめるの!」

「じっとしてろ、柚子」

「やめて兄貴…恥ずかしいでしょ…ふ…ぅん…」

柚子は弱々しく俺の腕から抜け出そうとしていた。

かまわずこいつの頭をきゅうっと抱きしめると、ベッドの上に何かが落ちた。

「この髪飾りは…?」

真っ赤な蝶々の形をした子供用の髪留めだった。

見覚えはあったが思い出せない。

「兄貴がくれたんだよ!」

「おれが?」

「兄貴がね、『ゆずは男の子みたいだから可愛くなるように』って…あたしにくれたの」

そういえばあげたこともあるかもしれないけど…

軽く10年位前の話だぞ、それ?


「だから、これは私の宝物なの」

「ずいぶん大事にしてるんだな」

「えへへっ、一個なくしちゃったケド…」

少し恥ずかしそうに柚子は言った。


「ねえ兄貴…そろそろ離して…」

「ダメだ」

「えっ…?」

俺の言葉に戸惑う柚子。


「おまえは俺に聞いてたよな? 誰に告白するのか」

「う、うん! 聞いたケド…」

「あの二人には告白しない」

「えっ…じゃあ誰にするの?」

「今、俺の腕の中にいる女の子にするつもりだ」

「っ!!」

柚子の体が小さく震えた。

もちろん言ったほうの俺も…内心は穏やかじゃない。

世間一般からすれば許されない恋と思われてしまうだろう。


「ダメだよ兄貴…だって、あたしたち」

「中学に入る頃、親父から聞いた…」

「えっ…」

「ゆずには高校を卒業するまで言うなって口止めされてた。でも、もう…いい。」

「兄貴…」

「俺とお前は血がつながってない。」

「!!!」

これは俺自身が一生封印しておこうと思った事実。

ずっと一緒に過ごしてきたこいつに他人だと思われたくない。

そう考えただけで中学の頃に涙を流したこともあった。

だが今はもう違う。

俺はこれから一生こいつを…




「それ…兄貴も知ってたの?」

「へっ…?????」

「なんだー、あたしだけが知ってると思ってたのに!」

思わず言葉を失うというのはこのことか…

柚子の話によると、俺たちの両親はお互いの子供たちに
同じように血縁関係について話していたらしい。

でもなんで柚子には「兄貴が成人するまでナイショにしろ」といったのだろう?

俺のほうが子ども扱いされていたかと思うと別の意味で泣けてくる…





「まあ、そんなわけで…」

俺はコホンと咳をしてから柚子のほうをむいた。

なんとも間抜けな告白になってしまったけど…


「今さら何言ってるの、兄貴! ……最初から言ってるじゃん! 応援するって」

「だからさ……んむぅ!」

チュッ…♪

俺に抱きついたまま、
少しだけ背伸びをした柚子が唇を重ねてきた。

キラキラした瞳で俺を見つめながら、少し赤くなっている。


「兄貴が今、好きだって言ったその女の子と…兄貴が結ばれるように応援するってば!」

そ、それって…!

俺の目を見ながら柚子がニコッと笑う。


「兄貴の想いが実るように…あたしが応援してあげるッ!」

俺に向かってVサインを出す妹。


「素直じゃないな、お前…」

「こんなあたしですけど…これからもよろしくね、兄貴♪」

俺の肩にコツンとおでこをぶつけてくる柚子を抱きしめる。

柔らかい髪が俺の鼻先をくすぐる。

これから先、恋人として妹をゆっくり好きになっていこうと俺は決意したのだった。









『あたしが応援してあげるッ ~ ver. ゆず ~』 おしまい♪




おまけ