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第一章 第六話



――奏瀬家のリビングダイニング。

 目覚めた時、すでに親父とおふくろは食事を済ませていた。
 妹は責任を感じたのか、俺が目覚めるまで食べずに我慢していたようだ。

「おにい、そろそろ機嫌直してよー。結菜が作ったんだよ?」

 眉毛をハの字にして妹が不安そうにしている。それでも俺はだまり続ける。
 まあ、ちょっとだけ困らせてやろうと思っただけだ。
 別に本格的に機嫌が悪いわけでもない。
 今日のおかずは俺の好きなハンバーグだからだ。
 しかも気を使っているのか、俺の皿の上には二つもある。

「おいしくない? チーズ乗せる?」
「……美味しいけど。あと、チーズはぜひ欲しい。」
「やったぁー♪ すぐに持ってくるね!」

 結菜はにっこり笑ったまま、トタトタと台所の奥へ行く。
 そして冷蔵庫からスライスチーズを一枚持ってきた。
 でも溶けないやつだ、これ……まあいいか。

「ねえ、おにい……美味しいならもっと嬉しそうな顔してほしいんですけど?」
「本当よね。ちょっと悪戯されたからって、可愛い妹に冷たく当たるなんてお子様すぎだよ、悠真」
「おいおい、志穂までいきなり何を――、」

 そこで違和感に気づく。あまりにも自然すぎて、気づけなかったのだ。
 親父とおふくろ以外に、この家に誰か混じっていること。

「……待て。何故お前がいる? 仲川志穂!」
「フルネームやめて。何故って。食事の時は大勢のほうが良いんじゃないかなって?」
「違う、そうじゃない! ここは俺の家だよな」
「おにい、しほちゃんは結菜が呼んだんだよー」

 結菜が、険悪になりかけた俺と志穂の間に体を割り込ませて説明した。

「お、おま……最初にそれを言えよ!」
「最初にそれを聞いてよね」
「くっ、くそ……」

 涼しげな目で俺を睨みつけるこいつには口では勝てそうにない。
 とりあえず着席すると、志穂も同時に座る。

「そういえば趣味の釣り、続けてるの?」
「ああ、毎週あの湖に行ってるさ」
「いつまで続くかしらね」
「ぐぬぬぬ!」

 スーパーを経営している志穂の父親から釣具を譲り受けてからというもの、毎週森林公園に出かけては釣りをするようになった。
 これが意外と俺の性に合っていたらしく、腕前はいまいちかもしれないけど長続きしている。

「こないだは結構釣れたんだぜ? 魚拓も写メもないけど……」
「はいはい、すごいすごい。ところでエア釣りって楽しい?」
「ちゃんと話を聞けええええ!」
「悔しかったらヒラメの10枚くらい釣ってきなさいよ。うちの親に頼んで買い取ってあげるから」

 そう言いながら志穂は俺の父親の名刺を一枚渡してきた。
 ちゃんと鮮魚部の電話番号まで載ってる……嫌味か!

「湖でヒラメが釣れるわけねえだろ!!」
「言い訳ばかりでうんざりだわ。惰弱、負け犬、ダメ男……」

 志穂はため息を吐いて、俺を見下しているようだった。

「よし結菜、あとでエッチの相手してくれ……」
「えっ! おにい、やだ……何を言い出すの……しほちゃんの前で!」
「俺は傷ついたんだ。志穂のせいで心がボロボロだ。もうお前の体で癒やしてもらうしかない」

 我ながら無茶苦茶言っているのは承知。
 そして妹の顔を見ると、さくらんぼみたいに赤くなっていた。

「悠真、妹にそんなことを頼むなんて」
「ほらぁ、恥ずかしいよぉ……」

 結菜はキョロキョロしながら小声で照れまくっている。
 そろそろ頃合いか……

「かかったな馬鹿どもめ! 全部冗談にきまってんだろがー」

がしっ!

「あ、れ……なんで手を握ってるの、結菜」
「あとでなんてイヤ! 今からやろうよ! ねえしほちゃん?」

 結菜は立ち上がり、俺の手を握ったまま正面から左膝に乗ってきた。

「悪くないわね。食後の運動ってことで……」

 志穂は志穂で、背後に回って俺の右肩に顎を乗せてきた。
 俺が申告したのに、こいつらは何故顔を赤くしたまま俺に寄り添っているんだ。

ぎゅっ……ギュウウウウ!

「ああぁっ!」

 前後から挟まれ、息が詰まる。
 背中に押し付けられた志穂のバストと、正面から迫る結菜の爆乳に挟まれた俺は……!


「えっ、あ、あの……二人とも、冗談はこれくらいで、終わりにしよう、な?」
「しほちゃーん、おにいがなんかいってるよー?」
「先に謝っておくわ。冗談が通じない女でごめんね」
「おまえら、待てえええええええ! 正気にもどれッ!」

 だが二人は示し合わせたように、前後から俺に対して体を密着させてきた。

ふよんふよ、んっ……!

ふにゅ、むにゅうう~~~~~~!!

 前後から質感の違うおっぱいを押し付けられ、本能的に俺の背筋がビクンと跳ね上がった。
 しかも志穂は、俺の方に顔を寄せたまま顔を横に向け、低い声でささやき始めた。

「正面は結菜ちゃんに抑え込まれて、おっぱいでパフパフパフ♪」
「ば、馬鹿……そういうのは、あ、あああぁ!」

 妖しく囁かれると、それだけで体中の毛穴が開くようだった。
 感度が上がった俺の体と心に、志穂は容赦なく追加攻撃を振る舞う。

「下半身は私が担当ね。腰を抱きしめて……」

さわ……

「くひいいっ!?」
「後ろから手を回して、大事なところをなでなでなで……」
「あっ、あ、あああぁぁ!」

 まるで本当に撫でられているように、背筋がゾクゾクしてきた。ヤバい!

「……悠真、想像してるんでしょ?」
「そ、それは……そんなこと、ぉ……!」

 すると今度は妹が正面からギュッと抱きついたまま、顔を横に向けた。

はむっ♪

「んひいいい!」

 左の耳を噛まれ、俺は悶える。

「しほちゃんの綺麗な手で~……おちんちんを、なでなでシュッシュ……お顔はおっぱいでぎゅっぎゅっぎゅ……」
「ま、待って! 結菜、それだめだから……思い出す、その口調は!」
「結菜のおっぱいで、あま~い香りと柔らかさに抱かれて無防備にされて、」

 一時間ほど前のことを思い出し、治りかけた傷口がまた開いていくようだった。
 結菜の口調は俺を魅了したときと同じ音色で、聞いてるだけで心の奥がジクジクと疼き出す。
 しかも目の前には反則級の妹の体が……

ふにょんっ!

「ふあああああっ!」

 喘ぐ俺を見て、奴らは左右同時に囁き始める。

「おっぱいでふわふわ、ヌルついた指先でアソコをくちゅくちゅにされて……」
「身動き取れないのにいじめ抜かれて、おちんちんからドピュ~~~って……」

 頭の中がスパークする。本当におかしくなりそうだった。

(志穂のおっぱい、背中にあたってるし……ゆうなのおっぱいふわふわでもう、あ、あああぁぁ!)

 わけもわからず全身が痙攣する。言葉責めだけで射精してしまいそうなのに、我慢しても上積みされていく快感の量が多すぎて堪えきれない!

「あ、がぁ……しほ、ゆな、しほぉ、ゆ……」

 そして俺に残された道は気絶することだけだった。

「あっ、しほちゃんストップ! おにいが泡吹いてるよ」

 俺の動きが止まったのを感じて、結菜が言った。

「ふん……だらしないのね。相変わらず」

 志穂は俺の顔を数回指先でつついてから、静かに離れた。
 これが完全に気を失う前の俺の記憶だった。








 それから数日後。休日。

「おにい、いってらっしゃーい!」

 早起きした俺は自転車に釣り道具を積み込んで妹を待っていたのだが、なぜか見送られている。
 妹はパジャマ姿のままだ。

「あぁ!? お前、一緒に行きたいとか言ってなかったっけ?」
「あははは……結菜はお友達とショッピングなのでした。
 いっぱい釣ってきてね! 晩御飯の天ぷら楽しみにしてるからー!」
「この裏切り者ー!」

 俺は仕方なく、一人ぼっちで湖まで出かけることにした。
 妹が居ないからといって別に困ることは少ないのだが、なんだか少し寂しいのも事実だ。


 そして30分程度のサイクリング。
 険しい山道というわけでもないので、気楽にペダルを漕ぐ。

「でもまあ、今日は一人のほうが良かったのかもな」

 平日はそれなりにクルマの多い道路ではあるものの、日曜日は比較的交通量も少なく、安心して自転車を漕ぎながら考え事ができる。

「今週はいろんな事があったなぁ……」

 志穂に毎日弄られ、妹の結菜にもきまぐれに悪戯され、学校では……、

「そう言えば浅乃さん、日曜日は何をしてるんだろう」

 今後試しに聞いてみようか。
 いや、プライバシーに踏み込み過ぎだと叱られるかもしれない。
 もっと自然に話しかけられたら良いのにな……気楽に話せるのが志穂と妹だけじゃ駄目だと思う。

「今度釣りにお誘いしてみようかな」

 そんな事を考えてるうちに目的地である「悲恋湖」に到着した。
 言い伝えというほどでもない噂話だが、昔この湖で恋人と別れた女性が身投げをしたらしい。
 その彼女が流した涙が集まって湖になった……というありがちな逸話。


「恋する人魚が眠る場所 青き涙が満ちる場所

 ため息はそよ風となり 水面を揺らす

 その悲しみは消えることなく 永久に大地を潤す」


 湖畔に建てられた看板にもこんなポエムがあるけど……涙で湖とかありえない。
 どんだけ泣いてるんだよ人魚。

 思わず一人ツッコミしてしまうほど俺はこの手の話が苦手だ。

 さて、悲しい恋の湖という名を持つこの場所だが、デートスポットとして定着している。
 ボートを漕いで楽しむカップルも多いようだ。
 みんな沈んでしまえばいいのに。

 そんな怨嗟の声は出さずに、黙々と一人で釣りの準備を始める。
 湖畔の絶好スポットが今日は運良く空いていた。

 早速釣り糸を垂らすと、一分もしないうちに食いついてきた・

「おっと!」

 しかし引き上げるタイミングが早すぎたのか、手応えが急激に遠ざかってゆく。

「餌だけ食われた」

 よくあることなので気にせず続ける。
 一度や二度の失敗など気にするものか。

・・・・・
・・・・
・・・
・・


 しかし、しかしだ! 一時間もアタリ無しというのは如何なものか。
 休日な貴重な時間を費やして釣れたのは中身が入ったままのペットボトル、変なノート、水を吸った折れた枝……こんなの釣りじゃねえ!

「なんか苛ついてきたぞ……」

 今夜の夕食は絶望的ですよ、と妹にメッセージを入れても気分が収まらない。
 ためしに殆ど味のなくなってきたガムを餌にして釣り糸を垂らしてみる。
 どうせ釣れないなら何だって良いだろう。ガムが駄目というなら今度は小石でもいいや……などと考えついたその時だった。

ぐぐぐっ!

 猛烈な手応えが突然やってきた。
 湖の主ってやつか! いや、そんなの聞いたことないぞ。
 じゃあブラックバスか!! それも違う気がする。
 まさか、志穂がいってたヒラメ?
 ありえない!
 でも、もうなんでもいいという気持ちで思い切り棹を掴む。

「ヒラメでもマグロでもいいから来いやああああああ!」

ザバアアアアッ!!

「ぶげえええええっ! 痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「う、嘘だろおおおおおおお!?」

 思わず叫び声がでた。
 死体じゃなくて生きている状態で、引き上げてしまった。

 しかもこの人、女……だと思うけど、まさかこれは!?

「は、半魚人!?」
「ちがうっ! 人魚と言え、人魚と!!」
「え……頭おかしい人ですか?」
「何故そうなる。小僧、キサマ死にたいのか……」

 自称人魚は、尾ひれをピチピチさせながら針が突き刺さった場所を痛そうに撫でている。

「あの、本当に人魚なんですか?」
「いちいち考えるな、心で感じるのだ! それがキサマの答えになる!」
「じゃあ人魚でいいです……」
「ふむ、素直なやつだ」

 コスプレにしては上出来すぎるので、俺は考えるのを放棄して彼女を人魚認定した。
 それが彼女、リリス16世……ヴァヴル・サキュ・フローラとの出会いだった。




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