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  第三章 第四話
  
  
  
  
   予定していた時刻よりも少しだけ遅くに俺は帰宅した。
   この時間になると妹の結菜くらいしか起きていないはずだ。
  
   それでも普段なら少しは気を使って玄関のドアを開けるのだが、今夜に限ってはその余裕すらなくなるほど疲れ果てていた。
「ただいまぁ……」
  「おかえり、おにい。どこ行っていたの?」
  
   待ち構えていたように妹が駆け寄ってきた。
  
  「香織さ……いや、浅乃さんの家にいた。遅くなって済まない」
「えっ、何それ! もしかして朝帰りってやつじゃん!」
  「あの、どう考えても夜中だよね、今……」
  「あ、そっか。そうだね。じゃあなんて言えばいいんだろ……?」
  
   人差し指をおでこにあて、首を傾げる妹を横目に、俺は自室へ向かうために階段を上る。
  「疲れた。セックスって女性に搾り尽される感じなのか。あんなに激しい喪失体験をするとは……」
  
   無造作にベッドに体を横たえる。疲労感がほんの少しだけ和らぐ気がした。
   ルルカから得た知識を総動員して香織さんは俺と向き合ったのだろう。
   ところどころぎこちない部分はあるにせよ、卓越した性技で完封された気がする。
  
  「処女とサキュバスって、もしかして相性いいのか?」
  
   数時間前のことを回想してみるとそんな結論に至る。
   ルルカが教えたであろうサキュバスの技を熱心にトレースした香織さんは、性格的にまじめだしそれなりにセックスに関しても興味があったに違いない。
   マッチングが良好というのはこういう意味だったのかと、リリスの言葉を思い出す。
  
  「ルルカにも聞いておきたいことがあるけど、明日でもいいかな」
  
   何気なく枕の下に隠しておいたエスノートに触れてみると、リリスからもらった護符に指先が触れた。
  
「あっ」
   小さく叫んだ次の瞬間、部屋の時計の針が止まる。
   俺が見上げる天井の左斜め上あたりに小さな黒い渦が現れた。
   この感覚には覚えがある。
   そんなことを考えているうちに、俺の体は暗闇の渦へと吸い込まれた……。
  
  
  
   花のような香りがする。そしてリリスの顔が近い。
  
  「む、こんな夜更けにどうしたのじゃユウマ」
  「違うんだ。来るつもりはなかった……」
  
   エスノートに挟んでおいた護符の効果で時が止まり、俺は闇の渦に吸い込まれたのと同時にサキュバスの世界へと転送されていた。
   リリスが言うには、闇の渦がこの世界へ通じるゲートらしい。
   そして護符に触れる時に淫魔のことを思い浮かべていると自動的に術式が展開されるそうだ。
   余計なところに気が利いてる……こういう重要なことは先に伝えて欲しかった。
  
  「ふん、素直じゃないのぅ……」
  
   リリスの右手がそっと俺の頬に触れる。柔らかで心地よい。
   それに正面から見据えられると、少し照れる。
   彼女が本気になって魔眼の力を振るえば、少し照れる程度では済まないわけだが。
  
「べ、別にアンタに会いに来たわけじゃないんだからな!」
「だろうな。どうせルルカに会いに来たんじゃろ? 顔にそう書いてあるわ。ほれ、さっさといけ!」
  
   リリスは目を細め、早口で呪文を詠唱する。
   頬に触れた手が少しだけ熱くなる。
   俺の足元に魔法陣が浮かび上がり、落とし穴のように黒い穴が広がった……。
  
  
  「あ、あれ……ここは?」
  
   落下の感覚はなく、一瞬で目の前の景色が変わる。
   そこは、とても上品な桃色と白を基調とした室内の壁紙と、可愛らしい調度品に彩られた空間だった。
  
「くすくすっ、お疲れ様ですユウマ様。私の部屋へようこそ」
  「ルルカ! あ、あの……うっ……」
  
   そして俺の隣には彼女がいた。
   髪と瞳の色以外は、香織さんそっくりのルルカが微笑んでいる。
   ここは彼女の部屋であり、腰をかけているふかふかのベッドもルルカの所有物だと思われる。
   目まぐるしく変化する状況の変化に対応しきれずにいる俺に、ルルカは嬉しそうに身を寄せてきた。
「何も言わなくてもわかってますよ?」
「あっ……」
  「したいんですよね……つ・づ・き♪」
  
   微笑む瞳に見つめられ、俺は反射的に頷いてしまう。
「それは、確かにそうだけど……いいのか……?」
  「はい、私もそのつもりですから。たっぷり味わってほしいです」
  
   ルルカのほっそりした腕が俺の首に回る。
「ユウマ様の頭の中にいる香織と一緒に、気持ちよくしてあげます……うふふふふ」
  「待ってくれ、俺はルルカと話をし、に、う、んうううぅぅ~~~~!?」
  
  ちゅううぅぅ♪ レロ……
  
   柔らかな唇が俺の言葉をさえぎって呼吸を奪い、香織さんと同じように魅力的なバストが二人の間で惜しげなく形を変える。
  
   言葉より先に行動してくるあたり、サキュバスは本能に忠実で素晴らしいのかもしれない。
   可愛らしい舌先を差し込まれ、意識が少しずつ桃色に霞がかっていく中で、俺はそんなことを感じていた。
  
  「ユウマ様ぁ……ん、ちゅうう♪」
  「あ、ん、んっうううぅぅ!」
  
   巧みな舌使いに喘がされる。
   ルルカのキスはまるで急所狙いと同じで、逃げようとしても弱点ばかりをつついてくる。
  
「少し、上手になりましたね。クスクスッ」
  「そ、そうかな……」
  「香織のこと、考えちゃいます?」
  
   いたずらっぽく微笑みかけられると、視線が逸らせなくなる。
   ルルカを見てると香織さんのことを考えてしまうのは事実だし、逆もまた同じだった。
   恋人が二人同時にできたような戸惑いが俺の中には存在する。
  
  「いいんですよ、もっと考えて……もっと溺れて?」
  「あ、ああぁ……でも、今はルルカとのキスだから」
  「優しいんですね。でも、誰かを思っている人を快楽で染めるほうが私も気持ちよくなれますから」
  
   そしてまた唇が触れ合う。
   さっきよりも優しく、柔らかく、淫らに。
  
  「こうして唇を重ねると、あとで香織も喜びます」
  「えっ」
  「夢の中で何度も何度も好きな人とキスをして、甘い気持ちになれちゃうの……」
  「好きな人!?」
  
   俺の言葉に、彼女もハッとしたような表情になり、顔を赤くした。
  
  「失言でした。忘れてください。そのために、今日はサキュバスらしくユウマ様のことを導いてあげますからね」
  
   彼女は俺に抱きついたまま目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。
   するとルルカの背中から白い光が溢れ出し、俺たちを包み込んだ。
   苦痛はなく、適度な圧迫感を感じる。
   それ以上に彼女との密着感が高まって……、
  
  「き、きもちいい……なに、これ……」
  「ふふっ、背中……抱かれちゃいましたね。こんなこともできるんですよ?」
  
  すりすりすり♪
  
   それは、きめ細やかな彼女の肌が、まるで全方位から擦り付けられているような感覚だった。
  
  「うあああああああっ!!」
  「お気に召してくれたようで何よりです」
  
   ルルカはすでに俺の首に回した両手を解放していた。
   俺の腰や背中に手を置いて、ゆっくりと上下に動かしているだけだった。
   それなのに彼女と体が離れないのは、先ほどの白い光が帯のようになって俺たちを包み込んでいるからなのだろう。
  
   そして彼女も頬を赤くして、呼吸を弾ませている。可愛らしい表情に更なる色気が加わって、俺はルルカに魅入られていた。
  
  「もしかして、ルルカも気持ちいいの、か……?」
「はぁぁん、この技、『淫魔の抱擁(クローズ・コンタクト)』ができる相手と巡り合えて、私も幸せです」
  
   まさに心が解け合うような距離感で彼女は言う。
   白い光が収束して、まるで二人を包み込む繭のようになりつつあった。
  
   密室の中で抱き合い、彼女だけを感じる。
   細い腕が脇の下を通って俺の背中を抱きしめた。
  
  ぎゅっ……!
  
  「うううぅぅ、胸が……!」
  「聴こえますか? ユウマ様の心臓の音まで好きになっちゃいそう」
  
  とくん、とくん……
  
  「あ、ああぁっ! 聴こえる……ルルカの音も、自分の音も……!」
  
   急に恥ずかしさがこみあげてくる。
   全てを彼女に見られているような気持ち、心を丸裸にされたような倒錯した快感に俺は耐えられずに叫んでしまった。
  
  「ふふふ、さあ……ぴったりくっついたまま、私の眼を見てください……」
  
   言われたとおりに彼女の瞳の奥を見つめる。
   俺自身の姿が見える。
   しかし彼女が一度瞬きをすると、映し出された俺の代わりに、眼の中に何かの模様が浮かび上がった。
  
  「あ……」
  「ふふっ、魅了(チャーム)は……気持ちいいですよね」
  
   全身が骨抜きにされた俺に、彼女が優しく口づける。
  
  チュッ♪
  
   全身が震える。魂まで震えるような快感を、唇から与えられる。
   それなのに全く動けない!
   動けないせいで快感が渦巻き、俺はますます感じるしかない!!
  
  「うああ、ああぁぁ! ルルカァ……気持ちいいよ、それ、好き……」
  「じゃあ興奮を高めるために拘束(バインド)もしましょうか。それっ♪」
  
  ピシッ……
  
   ルルカの声とともに、俺の周りだけ空気が凍り付いた。
   先ほどまでの快感で体が動かせないのとは違う、全身を見えないガムテープでぐるぐる巻きにされたような感覚だ。
  「なっ、か、体が……っ!」
  「はい。数十秒程度ですが、手足の自由を奪いました」
  
   俺を見つめたままルルカは片方の手をそっと下ろし、ペニスをつかんで位置を調整する。
  
  「その間に、もっと興奮できるようにしてあげる……」
  
  くちゅっ……!
  
  「ひあ、ああああ!」
  「太ももの間に、おちんちんを挟み込んじゃいました」
  
   そして再び両手で俺の体を愛撫し始める。
   しかし先ほどまでと違って、ペニスへの絶妙な圧迫感がある。
   そのおかげで俺は恥ずかしい声を上げることになる。
  
  クニュ、チュ、クチュ、ニュルルル、ニュル……
  
  「ふあっ、ああ、あっ、ルルカアアアアア~~~~!!」
  
  クニュクニュ、クチュチュチュ……
  
  「なんですか? ユウマ様」
  
  キニュ、クチュウウウウ~~~♪
  
  「ああああああ、それえええええええええええ!!!」
  
  クチュクチュクチュッ、キュッキュッキュ……
  
  「いい硬さになってきましたね」
  
   俺を抱きしめながらリズミカルに左右の足を動かし、ルルカは肉棒を何度も愛でる。
   白くてすべすべの美脚に弄ばれるたびに我慢汁を大量に吐き出してしまう。
  
  「うあ、あっ、これすご、あああああああ~~~!」
  「うふふ、このままでもイっちゃいそうですけど、これを見て?」
  「あ、あっ! えっ、なにこれ……」
  
   気づけば目の前で、直径3センチ程度の小さな花のようなものが揺れていた。
   チューリップをそのまま小さくしたようで、花弁がとろりと濡れているのがわかる。
   朝露に濡れた小さな花というべきものだったが、不意にその花びらが広がり始めた。
  
  「お忘れですか? サキュバスには自由に動かせる尻尾があるのですよ」
  「!!」
  「この可愛い尻尾のお花で、おちんちんから蜜を吸いだしてあげます」
  「待って、そ、あ……み、蜜ってまさか……!」
  
   広がった花びらの中心には、桃色のめしべが見受けられた。
   その先端に自分のペニスが包まれることは、彼女の言葉から容易に想像できた。
  
  「太ももの間から、少しだけ、亀頭の先がはみ出しているでしょう? これに――、」
  
  チュ、ルン……カプッ♪
  
  「んはあああああぁぁぁ!」
  「可愛い声ですね。ユウマ様の先っぽ……私のお花に食べられちゃいました♪」
  
   花の姿が視界から消えてすぐに、太ももに挟み込まれたペニスが疼きだす。
   それがどんな意味なのかを考えるだけで俺は射精しかけてしまった。
  
   ルルカの作り出した小さな花は、彼女の持つ尻尾の先端が変化したもの。
   つまり淫魔の搾精器官に間違いないのだ。
   それが今、身動きのできない俺のペニスを先端から侵食している。
  
  クプクプクプクプ……
  「身動きが取れないまま、お花にチュッチュされて気持ちいいですか?」
  
   小さな水音が耳に響いてくる。
   その音に少し遅れてじわじわと快感が染み込んでくる。
  
   俺は耐えた。喘ぎ声を上げようものなら、ルルカの責めがますます激しくなるような気がしたから。
  
  「ぐっ、う、うううぅぅぅ!」
  「必死になって堪えてる……声に出して、聞かされると興奮しちゃう? ふふ、では……」
  
   亀頭にかぶりついていた花の感覚が一瞬だけ消える。
  
   ジンジンと痺れたまま震え続けるペニスに与えられたひと時の猶予。
   それは数秒間程度のものだったが、その後にやってくる甘美な刺激へのプロローグだった。
  
  くちゅり……クチュクチュクチュクチュ、チュッチュッチュッ♪
  
  チュッチュッチュッチュ♪ チュッチュッ、クチュッ、チュ♪
  も
  チュッチュッチュッ♪ チュッチュッチュウウゥ♪ チュッチュッチュ♪
  
  チュッ、クチュッ♪ クチュッ、クチュッ♪
  
チュッチュッチュッチュ♪
  
  「うあ、あっ、あ、あっ、ああああっ!」
  「聴こえますよね? チュッチュッチュ、ほらもっと……先っぽをチュウ♪ ぺろぺろぺろ~~♪」
  
   彼女の言葉通りに花が踊り、俺の感じやすい部分を蝕んでゆく。
   溢れ出す我慢汁に白いものが混じり始め、徐々に俺は追い詰められてしまう。
  「さっきより濡れちゃいましたね? おつゆ、どんどん甘くなってる……」
  ペロペロペロ、ペロペロ、チュッ……♪
  
  「ふあ、あ、ああああ! な、舐められて! ルルカの花が、俺のあそこをこんなに、愛して、あ、ああああぁぁぁ!」
「このまま繰り返して、もっとルルカに対して弱~くなってもらいますから」
  
   拘束の魔力が切れ始めた俺の体を、彼女はしっかりと抱きしめて囁いてきた。
  
  「あっ、今日はまだでしたね……」
  「えっ」
  
   抱きしめあう姿勢で、耳元にあったはずの彼女の顔が、俺を正面から見つめてきた。
  
  「ユウマ様の心も、いただいちゃいますね」
  
  ちゅ、ううぅぅぅぅ……♪
  
  「~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!!!」
  
   両手で顔を固定され、口づけを奪われる。
   さらに体中から力が抜け落ちて、代わりに快感が強まるのを感じた。
   下半身の花も、同じタイミングで亀頭にキスを繰り返し、優しく包み込んできた。
  
  (も、もう限界だああああああああ!!)
  
   俺は何かを求めるように腰を跳ね上げ、ブルブルと震えながら彼女を見つめた。
  
  「いいですよ。ほらぁ♪」
  
  チュッ♪
  
   そしてもう一度唇を重ねた瞬間、
  
   ビュルッ、ビュルルル、ビュクンッ! ドピュウウウウウウウウウウウウウウウ!!
  
   散々焦らされ、ため込まされた精液が一気に解放された。
   キスで頭の中を溶かされ、太ももで優しく愛撫されながら、5回、6回と搾り取られ、俺は彼女の下でぐったりと手足を緩ませた。
  
「いかがですか? 二度目の『魅了する愛の鎖(メルティ・チャーム・キッス)』のお味は」
  
   何も答えられず、俺はただ彼女を見つめるだけだった。
   それでも気持ちは伝わったようで、ルルカは優しく微笑んでくれた。
  
「回数を重ねると、もっと気持ちよくなっちゃって、キスだけでイけるようになりますよぉ……」
  
   指先で俺の体をなぞりながら、妖艶な笑みを浮かべて彼女が言う。
   さらに柔らかな指先で、さんざん精を吐き出して小さくなったペニスを撫でながらつぶやく。
  
  「ユウマ様のこれを、ルルカの膣内に招待するのは次回にしましょう。今の段階で入れちゃったら、ユウマ様は確実に壊れちゃいますからね」
  
   そうだ、まだルルカの膣内には招かれていないのだった。
   太ももとキスだけでここまで感じさせられてしまうのだから、膣内での責めは、それこそ人外の快楽といってよいのだろう。
  
  (こんなの、反則だよぉ、ルルカ……)
  
   乾ききった唇で俺はそんなことをつぶやく。
   性格もよくて見た目も申し分ない、それにエッチが上手……少なくとも俺にとっては最高の女性像といってよいだろう。
   ルルカの顔を見ているだけで自然と香織さんとのセックスを思い出し、再びペニスが膨らみ始めてしまうのだから。
  
  
   それから数分後、ルルカは神妙な顔で、体力を回復させた俺の隣に座っていた。
  
「そろそろ落ち着きましたか。実は、ユウマ様にお話しておきたいことがあります」
  「あの、今日はもう無理……」
「いいえ、お尋ねしたいといったほうが正確かもしれませんね……」
  
   笑顔のままではあるが、明らかに彼女は悩んでいるようだった。
   しかも、どうやらセックス関連のことではないらしい。
  
   俺が慎重に次の言葉を待っていると、彼女が口にしたのは本当に予想外の質問だった。
  
  「ユウマ様、悲しみというのはどのようなものでしょうか。教えてほしいのです」
  
  
  (2018.07.31 更新部分)
  
  
 
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