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  第三章 第一話(後半)  ~ルートS(志穂&シフォン)~
  
  
  
   俺は見慣れた部屋にいた。
   窓の外からは穏やかな風が吹き込み、月明かりが床の一部を照らしている。
   しかしここは俺の部屋ではなくて、
  
  「ここは志穂の部屋……だよな?」
  「そうね。いらっしゃい悠真」
  
   幼馴染のマイルーム。落ち着いているのにドキドキしている。
   矛盾しまくりだがそれが事実だ。
  
   どこか涼しげなベッドの色、無駄なものがない機能的な配置、時々入れ替わってるフレーム入りのポスター。
   落ち着いた雰囲気の中に確かに存在する明るくて清涼な空気。
   なによりも志穂の笑顔が眩しかった。
  
  「志穂、なんだか機嫌よくないか?」
  「そうかしら?」
  
   顎の先に指を当てながら彼女は言った。
   いつもと同じそっけない返事、ではなかった。
   長い付き合いだからこそわかる。
   こいつ、間違いなく今は上機嫌だ。
  
   志穂が羽織っているデニムの肩口にポニーテールの毛先がかかっていた。
   それすらもどこか弾んで見える。
   いつもみたいに攻撃的な緊張感も感じられず、志穂はじっと俺を見つめている。
   それらが重なったこの状況こそ、俺がドキドキしている理由なのかもしれない。
  
  「悠真、困り事があるでしょう」
  「そういえばテストが近かったよな。志穂、勉強を教えてくれないか」
  「いいわよ」
  「やけにすんなりオッケーしてくれるんだな」
  「ええ、だって断る理由もないし。それに悠真も最近忙しかったのでしょう?」
  
   尋ねると優しく答えてくれる。
   しかもねぎらいの言葉までおまけについてきた。
  
  (いつもの志穂じゃない……)
  
   この時点でこれは夢だと気づいたけど、すぐに覚めたくない居心地の良い空間だった。
   何も言わずに彼女のそばに座って顔を眺めてみる。
  
  「どうしたの、見とれちゃって」
  「えっ、別にそんなことは――」
  「嬉しいけど」
  
   柔らかな笑顔。
   目の前のこいつが理想の幼馴染ってことに改めて気付かされる。
  
  「私は嬉しいよ、悠真」
  
   重ねられた志穂の手が、指先が少しだけ折れ曲がる。
   自然と手を握り、口づけを交わす。
   たとえ夢の中だと思っても恥ずかしいのはなぜだろう。
  
   言葉は短いけど、これは、愛情を感じるやり取りだ……
   ああ、志穂といつもこんなふうに話せたらいいのに。
   ため息交じりにそう願っていると、夢は静かに霞んでいった。
  
  
  
  
  ――そして目覚め。
  
  「早く起きてよ、悠真……」
  
   鼻先に甘い香りを感じる。
   夢は終わったはずなのに、まだ続いているような感覚。
  
  「って、なぜお前が俺の部屋に居る!?」
  「いちいち説明しろと?」
  「当たり前だ!!」
  
   今度こそ現実の世界に戻されたはずなのに、本物の志穂が俺の顔を覗き込んでいた。
  
   結んだ黒髪が陽の光を受けてキラキラ輝いている。
   夢の中みたいに微笑んでいないけど、志穂がきれいなことに変わりはない。
  
  「まあとにかく、おはよう悠真。ふむふむ……」
  
   特に表情のない顔で俺を見つめながら志穂が小さくうめいた。
  
  「なんだよ、おい答えろ志穂! なんで俺の部屋にいるんだよっ」
  「それは悠真が私のことを呼んだからじゃない?」
  「え」
  
   一瞬ドキッとした。
   たしかに俺は夢の中でこいつと一緒だった。
  
  「実を言うとね、私も不思議なのよ」
  「何が!?」
  「驚くほど自然にここへ来たいと思ったから。だから来ちゃった」
  
   だからといって、それはあくまでも夢というだけであって願望とはいい難くて……
   でも、夢……あっ、まさか!
  
  「お前、まさか俺の夢の中に!?」
  「ふふっ、悠真。あなたシフォンの存在を忘れかけていたでしょう」
  「いっ!?」
  
   決してそんなことはないはずだけど、後ろめたさは少しある。
   浅野さんと初めてお話したからな……
  
   だが志穂は畳み掛けるように俺を問い詰めてきた。
  
  「寝る前に、ううん寝てる間も何かいいことがあったんじゃないの?」
  「な、なっ、まさか本当に夢の中を覗いたり、介入できるのか……」
  「半分正解」
  
   志穂の片方の目の色が僅かに青に染まった。
  
   そう、おそらく今も志穂とシフォンは一緒にいる。
   意識を共有して俺を観察しているんだ!
  
  (そういえばこいつら、シンクロ率がやばすぎるってリリスが言ってたような……)
  
   二人の呼吸がぴったりという意味なのだろう。
   なんとなくわかる。彼女たちはよく似ている。
  
   生真面目なところや、冷静なところ、そんな雰囲気がほとんど一緒なのだ。
   シフォンと初めて会ったときなどは、志穂がそのまま淫魔になったような印象だった。
  
  「完全に介入できるわけじゃなくて、きっかけを与える程度の力しかないわよ」
  「そうなのか……って、それだけでも十分やばいんですが!?」
  
   その抗議は無視して、志穂がずいっと顔を寄せてきた。近いッ!
  
  「ねえ、アンタってそんなに私のことを好きだったの」
  「は?」
  「答えなさいよ」
  
   クールな雰囲気はそのままに、志穂が俺を舐め回すように見つめている。
   今までとは微妙に違う距離感で俺を惑わせるような仕草が見受けられる。
  
   全身からみなぎる自信と優雅な振る舞いに、俺は思わず彼女に見とれてしまった。
  
  「悠真が答えやすいようにしてあげようか」
  「あ」
  
   志穂の指先が俺の頬をなで、それから顎の先を持ち上げる。
   流れるような動作に背筋がゾクゾクしてきた。
  
  「こうして触られると気持ちいいでしょ」
  「う、うん……」
  「シフォンにされたこと、忘れたなんて言わさないわよ」
  
   じっと見つめられて俺は息を呑む。
   志穂のはずなのに、同級生で幼馴染のはずなのに!
  
   淫魔の名前を出されただけで完全に呑まれてる自分がいる。
  
  「ひいいっ! あ、あれは彼女がしたことで!」
  「そうね。シフォンがしたことだよね。でも……」
  
   ゆっくり指先が俺をなぞる。
   別にペニスをもてあそばれているわけでもないのに、鼓動が早くなる。
  
  「気持ちよかったんだよね」
  「う、うううぅぅ!!」
  
   自分の魅力をじっくり刷り込むように、志穂は俺から目を離さない。
   いつしか正面から抱きすくめられるような体勢になっていた。
  
  「ちゃんと答えて」
  
   志穂の体がピタッと俺にくっついてきたあああああっ!!
  
  (まず、これだけで、あ、あの腰使いを思い出して……う、ううぅ……)
  
   志穂の体温と柔らかさをダイレクトに感じる。
   そして、彼女の美しい口元が淫らに歪む。
  
  「シフォンに抱かれた悠真の顔、最高に可愛かったわ」
  「お前、全部知ってて!!」
  「そうね。こうして間近で見ると興奮してきちゃうわ。だからもっとじっくり見せてね」
  
   とびきり妖しく志穂が微笑んだ。
   同時に俺の心臓が今朝一番のドキドキを記録した。
  
  
  
  (2019.09.09 更新部分)
  (2020.03.23 修正)(2020.05.23 修正)
  
 
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