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第四章 第四話





 やがて行為が終わり、俺を優しく包むように抱きしめながら香織さんが口を開いた。

「奏瀬くんはルルカの世界に行ったほうがいいと思う」

 その語り方はいつもの彼女と同じではあるが、どこか寂しそうな口調だった。

「急にどうしたの? 香織さん……」
「だって、私があなたの願いを叶えたわけじゃないから」
「えっ……」

 問いかけると彼女は目を伏せた。
 キュッと閉じたままの口元に、少しだけ悔しさが滲んでいるように見える。

「で、でも! 俺はずっと前から――
「わかってる。でも、ルルカだって同じでしょう?」

 そう言われて俺は言葉を失う。
 正鵠を射ている……そう思ったからだ。

「少なくとも見た目は同じ。中身だってもしかしたら……ルルカのほうが純粋に奏瀬くんを好きかも」
「そんなのわからないよ!」
「じゃあ奏瀬くん、ルルカのことは嫌い?」
「それは……」

 ルルカのことが嫌いだなんて言えない。
 たとえ香織さんと魂の一部がつながっていなくてもそう思うことはできない。

「嫌いじゃないし、好きだよね?」
「うぅ……!」
「ふふっ、奏瀬くんがゆっくり色々教えてあげればいいと思うな?」

 すると一転して優しい口調で香織さんが俺の前髪を撫でてきた。
 そしてまたさみしげな表情を瞳に宿す。

「私が奏瀬くんに抱いている感情は不純だから……」
「不純ってどういう意味? それに俺がいなくなったとして香織さんはなんとも思わないの……」
「もちろんさみしいよ。でも、それについては対応できるって聞いてないの?」

 そこで俺はルルカの言葉を思い出そうとした。
 しかし思い出せない。
 そんな重要なことを聞いているなら覚えているはずなのに。

「奏瀬くんが心配してることもわかるよ。だけどそれは淫魔の世界にとっては大きな問題じゃないの」
「浅乃さんやその他の人に迷惑がかからない方法ってことだよね?」
「そうね」

 俺という人間がこの世界から消えても問題はない。
 全世界の人間の記憶を消すのか、それとも関係者だけの記憶を書き換えるのかはわからないけど、ルルカが香織さんにそういったのだから、おそらくそれは真実なのだろう。
 どうやって実現するのかはわからないけど俺が気にする部分はそこじゃない。

 目の前にいる浅乃香織さんに気持ちを注ぐのか、ルルカを選ぶのか。
 正直なところ、わからない。
 どちらも愛おしい。ルルカのまっすぐなところも、浅乃さんのまじめなところも。

 二人が一つになってくれれば一番いいのに!

「ちょっと、考える時間が俺にも欲しい……」
「そっか……じゃあ、もう私からは何も言えないね」

 すると浅乃さんはにっこり笑って軽くキスをしてくれた。心が震える。
 いつの間にかこんな関係に慣れていることが自分でも信じられなかった。

「でも今日はありがとう。言えたいこと、言えたと思う」
「香織さん、俺は――!」
「あとは自分で判断して、奏瀬くん」

 心まで温まるような口づけの余韻に浸りながら、俺は彼女の背中を見つめていた。





「寂しくないわけないじゃない……」

 一人歩く帰り道、香織はつまらなそうに口をとがらせていた。

「勝手に私の心に住み着いておきながら、どうして気づいてくれないの?」

 それが悠真に対する不満なのか、自分への言い訳だったのかはわからない。
 ただ、確実に自分が彼に惹かれていることに香織は気づいていた。
 ルルカによる接触がきっかけだったのか、それ以前から自分が彼を気に入っていたのか。
 さっきからそんなことばかりを考えていた。

「ルルカの体に惚れまくってるくせに素直になれないのだってずるいよ……」

 いっそのことそうであってほしかったと思う。
 それなら簡単に割り切れるのに。

「黙っていても二人の気持ちが伝わってくるんだもん。こんなの耐えられないよ」

 ルルカと抱き合う彼の姿を見て、不覚にも香織は自分を慰めてしまったのだ。
 普段なら決して行わないような淫らな妄想を胸に、何度も体の一部を指でなぞったり埋めたりした。
 そのたびに彼への思いと、ルルカへの嫉妬が胸に積み重なっていくようだった。

「あなただってそうでしょう? ルルカ」

 胸に手を当てて異世界にいる自分の分身に向かって問いかけると、じわりと心の底が熱くなる。

「これが本当の悲しみなのかもね。ルルカのことも嫌いになれないし、奏瀬くんはどう判断するのだろう……」

 ゆっくりと沈んでいく夕日を見つめながら、自宅の前で香織はしばらく物思いに耽るのだった。



(2019.05.19 更新部分)







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