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『快楽の繭』




次の日の朝、僕は1限が始まる前に大学付属の学園事務室へと足を運んだ。
昨日、ちょっとしたいたずら心のせいで届け忘れた生徒手帳を事務員さんに手渡す。

中身を軽く確認してから、事務員さんは僕に住所と氏名を記入するよう求めてきた。
言われるがままに必要事項を書き終えると、胸につかえていた罪悪感が静かに消えていった。





――それから数時間後。

無事に午後の講義まで聞き終えてから大学をあとにした。

今日の帰り道は昨日と違って女子校生たちの姿はない……当然かも知れないけど、少しだけ残念に思えた。




「ただいまぁ……」

もちろん僕以外の住人は居ない部屋。
でも物音一つしないと逆に落ち着かないので、いつもの癖で入室宣言をする。

それからしばらくしてスマホをいじりながら一息ついていると、狭い部屋に不似合いな音量のチャイムが鳴り響いた。

今日も新聞の勧誘かな、と思いつつドアを開けてみると……



そこにはあの少女が立っていた。

「あ、あの私……大学付属の学園の生徒ですが」

「はぁ……どうも」

まさかここでお名前を知っています、とも言い出しにくいので僕は適当にお辞儀などをしていた。


「生徒手帳を届けてくださってありがとうございました!」

箕村真由は昨日よりも深いお辞儀をした。

どうやら本当に昨日のお礼を言いに来たらしい。

やはり見た目だけじゃなく性格がいい、中身も素晴らしい女の子だ。
制服姿のままで下校途中に立ち寄ってくれたのが嬉しかった。


(――それにしても綺麗な女の子だ)

向こうから話しかけてくれないと思わずボーっと見つめてしまいそう……
整った顔立ちだけでなく、どことなくいい香りがする。

お互いの距離が近いせいもあって、流れるような髪は昨日以上に美しく感じられた。

身長は女の子にしては高いほうだと思う。
僕と10センチも変わらないように見えた。


その時、彼女が小さなくしゃみをした。

アパートの廊下部分は吹きさらしなので風も強い。

立ち話も申し訳ないので、「もし良かったら」という断りを入れつつ部屋の中へ案内した。







来客は想定していない部屋なので買い置きのペットボトル飲料を出す。

その栓を開けてから、改めて彼女が名乗った。
付属学園の三年生で生徒会の仕事をしている自分が落し物をしてしまって恥ずかしい、と彼女は言った。

「それは生徒会かどうか関係ないでしょ。ああ、僕は――」

返すように僕の名を告げると彼女が花のように笑った。



「ところで、手帳の中身をご覧になりましたか?」

暫くの間、部屋の中をキョロキョロと見回していた真由が突然切り出してきた。


「えっ」

「どこまでご覧になったのですか?」

大きな瞳でまっすぐ僕を見つめながら彼女は続ける。

「あれには見られると困ることが書いてあったんですけど」

「い、いやいやいや! 全然見てないってば」


「本当ですか?」

「うん!」

実は中身についてはしっかりと読んだのだが……彼女の名前以上に気になることは書かれていなかったと記憶している。
そうなると逆に何が書かれていたのか気になってくる。

彼女の身長、体重、その他身体的なことなのか。

友人関係、彼氏のことなのか。家庭のことなのか。全く想像がつかない。


「僕は本当に……うわあああッ!」

「秘密にしてもらわないと困ります」

ふいに僕の両肩に彼女の体重がかかる。
普段なら支えられる程度の重みでも、取り乱した状態の今の僕には難しかった。

ほっそりとした指先と、彼女の呼吸を感じながら僕は静かに押し倒された。



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