『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』
「ねえ、そろそろ話してくれないかしら?」
ライムの長い指がウィルの頬をくすぐった。
いつもは聞けない彼女の甘い声に、ウィルは小さく頷いた。
「話っていうのは、キミのことなんだよ……」
「私? なにかしら」
興味深そうな瞳で彼女が言う。
「まずキミのお母さんは……」
ウィルは真っ赤な髪と、魅惑の瞳を持つパートナーに全てを伝える事に決めた。
「そっか……」
「あんまり驚かないね?」
「うん。なんとなくそんな気がしてたから」
ウィルのほうを向いて軽く微笑むと、ライムは窓の外を見つめながら髪をかきあげた。
一つに結んだ彼女の長い髪が夜風にたなびく。
(キミは今、何を考えてる……ライム……)
ベッドからそっと起き上がって、彼女に寄り添うような位置に立つ。
ウィルはおもむろに手を伸ばすと、ライムの髪をくしゃくしゃと撫で回した。
「なによ……」
特に怒る様子もなく彼女は見つめ返してくる。
心なしか大きな瞳がいつも以上にゆらめいているように見える。
自ら閉ざしていた記憶なのかもしれない。
本当は知らなくても良いことなのかもしれない。
スライムの女王、北の大地の王、そして自分の妹……それらを全て受け入れるにはまだ少し時間が必要だと思う。
「なに景気悪そうな顔してるのよ。その程度の事を聞かされて私が取り乱すとでも思った?」
ウィルが小さく頷くと、ライムの頬がぷくっと膨れた。
「あ~ぁ、信用ないのね私…」
「そんなことないさ。僕が思っているよりも強いんだな、ライムは」
「やめて。そういうの、なんだか……すっごく恥ずかしくなる……」
「へぇ」
普段はクールな表情を崩さない彼女が、彼の視線から逃げるように顔を背けた。
珍しく本気で照れているようだ。
「も、もう、ウィル……本当に怒るよ!」
「うん。いいよ」
彼女の髪に触れていた手をそのまま肩に回して、ウィルは彼女と向かい合う。
不満があるならぶつけて欲しい。不安があるなら分かち合いたい。
そんな思いを胸に、二つの影が一つに重なる。
「ん、ふぅ……抱き寄せてキスとか、ホント馬鹿じゃないの」
「そうだね。ワンパターンでごめん」
「……あなたはいつもずるいんだから。これじゃ本気で怒れなくなっちゃうじゃない」
「いや、怒ってくれてもいいんだよ。僕はちょっとだけ迷っていたから」
「迷うのは構わないけど、私に隠し事とかこれからはやめて」
その言葉が終わると、ライムは一度だけウィルと自分の額をコツンとぶつけて見せた。
痛みは……全くない。
「じゃあこれでおあいこ。いいでしょ、ウィル…」
「うん」
「まだ何か言いたいことある?」
「……あのさ、僕の前ではライムがライムであることに変わりはないんだよね」
抱き合いながら耳元でつぶやくと、彼女はコクンと頷いて見せた。
「そんなの当然でしょ。私は私よ。あなたにとって一番の…………」
耳まで真っ赤にして何かを言おうとした彼女だったけど、すぐに元の表情に戻った。
いつもどおりクールさを取り戻したライムの様子を見てウィルは大きく深呼吸した。
(これなら大丈夫だ。きっと)
とにかく自分がシアノ女王から引き受けた最初の役目は果たした。
そう思いたい。
あとは任務を達成する事。
スライム界の安定のために「ブルーティアラ」を奪還するのみだ。
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