『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』
「ライムお姉さま、女王様と何をお話されていたんですか~?」
「うるさいわね」
リィナの質問攻めを適当にあしらうライムと、なかなか変化を見せない目の前の景色を見比べながら僕は歩いている。
(重い内容だし僕から話すことでもない。リィナにはそのうち気が向いたらライムが話をするだろう)
スライム界の力関係はわからない。
そういえばリィナも皇族とまではいかないにしても貴族の出身だと聞いている。
何故お嬢様ばかり僕のもとに集まってくるのだろう。
相手は人間ではなくスライムだけど。
「境界線」付近に設置したワープポイントに着いてから、僕達三人はティフォリア城を目指している。
前回ここに来た時以上に防寒装備も整っているので体力の減少もそれほどない。
しかし非常に退屈だ。
歩きながらリィナは太陽に向かって何かをかざしている。
指先でキラキラ光るそれは、青い指輪だった。
「それどうしたの?」
「あっ、これはマルクくんに貰ったお守りですぅ! 綺麗でしょ」
「ふ~ん……お守りね…」
嬉しそうにしてるリィナを見ながら、僕は以前マルクが単独でクリスタルパレスに潜入した時のことを思い出していた。
■
遠くに見える山の向こうに目指すお城があると聞いているが遠すぎて全然近づいてない気がする。
道はほとんど一本で迷うことはなさそうだが、だんだん針葉樹の数が増えてきた。
ゴロゴロ転がってる冷たそうな岩も好きじゃない……
太陽は出ているものの、どこまでも寒々とした景色にうんざりしかけた頃、ライムが急に黙り込んだ。
それだけでなく、ピタリと足を止めて凍った地面の一点をじっと見つめている。
「ウィル、ちょっとそこ退いてくれる?」
「ん? どうしたんだい急に」
ライムはそう言って、僕だけじゃなくリィナにも少し離れろと指示を出す。
「いいから早くどきなさい!」
「う、うん」
とりあえず彼女から少し離れると、突然ライムの背中から真紅の炎が湧き上がった。
(ぜ、全開!?)
目の前に敵の姿は見えないというのにライムは炎のエレメントの力を解放した。
紅の闘気が炎となり、ライムの右手に集中してゆく。
「待ってよライム……こんなところでエレメントの力を」
「やああああああああああああっ!!」
僕の問いかけなど無視して、ライムは拳を振り上げると全力で凍った地面に炎を叩き込んだ。
■
ライムの拳が固い凍土に突き刺さる。
少なくとも僕にはそう見えたのだが、これといった激しい音もせず、辺りは静寂のまま……
「あっ、ウィルさん! もう少し下がったほうがいいかもですぅ~」
「えっ……?」
リィナの言葉が終わる直前、急に地面が揺れだした。
立っていられないほどではないが、これはもう大規模な地震といってもいいくらいの――
ビキッ……
続いて大小合わせて十数本の亀裂が急速に広がって、ライムを中心に放射線状にひび割れた箇所に、彼女が体に宿した炎が染みこんでゆく。
「一体何を……う、うわあああああっ!!」
焦った僕は大きな岩の上に座っているリィナの方へと退避した。
その直後、亀裂から真っ赤な溶岩が滲みだすのが見えた。
ボコボコという不気味な音と共に、ライムの周辺に広がる亀裂が熱で溶けてゆく。
(これじゃあ小規模な火山噴火みたいじゃないか!!)
ライムの一撃で冷えきった大地がとつぜん灼熱地獄に変わった。
大げさでもなんでもない。
とつぜん気温が十度近く上昇したようなものだ。
僕はリィナを抱き寄せながらさらに遠くへと避難した。
(まさか炎のエレメントを共鳴させて溶岩を呼び寄せた?)
前にライムから聞いた話を思い出していた。
彼女の体に埋め込まれたエレメント単体の炎も強力だが、それだけに頼るよりも他の場所から炎を呼び寄せたほうが効率がいいと。
精霊の力を借りて、自然を味方につけたほうが強力な効果を得られると気づいたらしい。
それは彼女が僕との戦いの中で習得したスキルだった。
非力な人間が魔力を用いて水の魔法を使う。
空気中から水分を集めて瞬時に魔力で凍りつかせる僕の技を見て、ライムは自らの身に宿る精霊の力を進化させた。
それを今、目の当たりにしているわけだが……一体そこまでする理由があるのだろうか、と考えた矢先の事だった。
「ほら、お姉さまの周りをよく見てください」
「あああっ!?」
リィナが指さした場所を見ると、炎に包まれた人型の何かが悶え苦しんでいた。
しかも複数……僕らよりも多い数。
地面の中に潜んでいた敵をライムは一瞬で炙りだして葬ろうとしていた。
「いつまでも隠れてないで出てきなさい!」
炎に包まれた北の大地に響きわたるライムの声。
誰に向かって叫んだのかはわからない。
彼女には敵の姿が見えているのだろうか。
僕とリィナは遠目からその様子を眺めている。
「んっ?」
ふと、頬に何か冷たいものが触れた。
「雪……? いや、これは氷の――」
気がつけば、周囲の空気が凍り始めていた。
数秒も経たぬうちに、小さなしずくのような形に凝結した無数の氷が、ライムやその周辺めがけて矢のように降り注ぐ。
「ライムッ……」
このままだと彼女が危ない。反射的に飛び出そうとする僕をリィナが引き止めた。
「止めないでくれリィナ!」
「ウィルさん、お姉さまなら大丈夫ですぅ! それよりも周りを見てください」
「でもっ……!」
リィナは大丈夫と断言するけど、それはまるで小規模なブリザードのようだった。
燃え盛る炎の勢いを完全に殺すことはできそうもないが、無数に降り注ぐ氷のつぶては鎮火にも有効だ。
これは自然現象じゃない。
誰かが周囲の、しかも広範囲に水を操った結果だ。
「境界線を超え、他人の土地に侵入して、いきなり環境破壊ですか」
ライムが立っている場所の後方から冷たい声がこだまする。
目を凝らすと、見覚えのある涼し気な青い瞳を持つ美女の姿が見えた。
まるで氷の妖精といった装いで、吹雪を纏いながらライムを睨みつけている。
スラリと伸びた長い足、きめ細やかな肌、そして整った顔立ち……彼女こそシアノ女王から依頼された今回のターゲット、ブルーティアラを奪ったミルティーユに違いなかった。
「ふわああああ! ライムお姉さまに似てますぅ!!」
リィナが言うまでもなく僕もそう感じていた。
ミルティーユを見るのは二度目だが、まさにライムの生き写しだった。ただしその瞳は深い憎しみで濁っているように思えた。
髪型こそ違うものの、全体的に醸しだす傍若無人なオーラというか……できれば関わりたくない相手だと本能的に思わせる何かをうちに秘めている。
「環境破壊だけでなく私の可愛い部下を一瞬で惨殺するとは、困ったお姉さまですね……!」
冷たい言葉に怒りを乗せて、ミルティーユは両手を広げて冷気をかき集める。
すると人間の頭ほどの大きさの氷塊が彼女の周囲に浮き上がり、軽く百を超える数だけライムめがけて飛んでいった。
「避けろライム!!」
あれはただの氷ではない。魔力が乗っている氷の刃に違いない。
炎と水では相性が悪すぎる。
しかもここは北の大地、水と氷のフィールドだ。
「……ウィルが珍しく心配してくれてるみたいだけど、まるで私が弱いみたいじゃない。そんなの絶対イヤ!」
自分めがけて四方から飛んでくる氷の塊を一瞥すると、ライムはその場でステップを踏むようにくるりと回ってみせた。
そして右足で強く地面を打ち付けると、くすぶっていた溶岩が再び勢いを取り戻し、ライムの周囲に立ち上る。
復活した炎の柱にぶつかった氷塊が激しく爆発・飛散した!
ミルティーユが仕掛けた氷は標的であるライムに届く前に全て空気中で消滅してしまった。
「さすがです。またお会いできて光栄ですわお姉さま」
「いちいちセリフが気に入らないわ。妹のくせに」
ライムは憎々しげに自分そっくりな青い髪の妹を睨み返すのだった。
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