『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』






(なんてことだ。ライムが二人……)

きっとリィナも驚いていることだろう。さっきから隣で口をパクパクさせている。
対峙する炎をまとった灼熱の姫と、氷の世界を統べる姫。しかもどちらもスライム女王・シアノの娘。


少し離れたところで見ていると本当によくわかる…ライムとミルティーユはそっくりだ。

髪の色・瞳の色は異なるし、着ているものだって違う。
しかし本質的な部分で二人は猛烈な攻撃型……身に纏うオーラの質が全く同じ。

ミルティーユは口調こそ穏やかに見えるが、内心穏やかではなさそうだ。
腹の中で渦巻いている怒りを何とか押さえ込んでいる様子が手に取るようにわかる。

逆にライムはクールな表情のまま。
冷静に相手を観察することに徹しているようだ。

しかしこの均衡も長くは続きそうになかった。



「ねえ、お姉さま……いいえ、ライム。私達のお父様が亡くなったことはご存知?」

しばらく無言で僕達を睨みつけていたミルティーユが冷たく微笑んだ。



「話には聞いてるわ。会ったことないけどね」

ライムがそっけない返事をすると、ミルティーユの口調が変化した。


「私に対してとても優しかったお父様……ティフォリアの王が最期に口にした言葉は何だと思う?」

先程よりも低い声で問いかけるミルティーユ。
質問された側のライムは何も答えず軽く首を横に振ってみせた。


「お父様はね、『ミルの姉、ライムに会いたい』……そう言って息を引き取ったの」

ギリッという歯ぎしりの音さえ聞こえてきそうな険しい表情。
美しく整ったミルティーユの顔が憎しみの色に染まる。


「私、すごく惨めな気持ちだった。あんなに尽くしたのに、お父様のことが好きだったのに…………それなのに最期の言葉が、私が見たこともないお姉さまへの愛情だなんて……どう思われますか?」

「別に……何とも思わないわ?」

そういったきり、ライムは何も答えずに目を伏せている。
クールな反応がますますミルティーユを苛立たせているようだ。

「それだけじゃないの。この私がスライムの女王の娘であることを告げられ、屈辱と悲しみまで背負わされた! 今まで自分は精霊の一族であり誇り高きティフォリアの皇族だと信じて疑わなかったのに!!」


「だからブルーティアラを奪った……」

僕がつぶやくと、ミルティーユがチラリとこちらへ視線を向けた。


「そうよ。せめて魔界の皇族の証が欲しかった。たとえそれが薄汚れたスライムの所有するものでも!」

「ひどいですー! 薄汚れてなんかいないです! ライムお姉さまも、あたしも…」

抗弁するリィナを一瞥して、軽く鼻であしらうミルティーユ。その視線は氷よりも冷たい。
今まで自分の体にスライムの血が流れていることなど意識せず生きてきた彼女には全てが許せないのだろう。


「とにかく目的は半分達成。テイアラがお姉さまとその想い人を連れてきてくださいました」

それは美しくも冷たい、やわらかで残酷な笑みだった。

(想い人って、もしかして僕のことかな……)

そんなことを考えた瞬間、ミルティーユが急に肩を揺らし始めた。


「フフッ、アハハハハハハ! 哀れな人達……暖かいお花畑で、『境界線』の向こう側でじっとしていれば痛い目に遭わずに済んだものを」

そして彼女が右手を高く上げると、僕達を取り囲むように地面に大きな魔法陣が浮かび上がった。


(これは結界! 仕掛けられていたのか……)

急いで術式を読み取る。すでに魔法陣は稼働している。
どうやら術者を倒さない限り脱出は難しい形式らしい……。

陣の中で僕らは身動きを取れるが、
内側から外へ逃げ出すことは短時間では不可能と思われる。


「光栄に思いなさい。この地方の当主であるミルティーユ・シアノが直々に処刑してあげる!」

さらにミルティーユは微笑みながら空中に手をかざす。
何もない空間から青く輝く物体が現れた。

あれは――!


「ええ、ご察しの通り……ブルーティアラですわ。これを被れば私の力がさらに増幅されて……」

ミルティーユの頭にティアラが装備された途端、淡い光が彼女を包み込む。
きっとライムと同じように体内に埋め込まれたエレメントが共鳴しているんだ……強い水の力を感じる。

青い光がどんどん強まっていくと、ミルティーユの背中に大きな翼が生えた。
だがそれらはすぐに根本からポッキリと折れて、彼女のそばに落ちた。

地面に落ちた翼がそれぞれ蠢き始める。
それは大きな青いスライムだった。


「ほらこの通り。そこのお二人……今まで退屈だったでしょう? たっぷりおもてなしさせて頂きます」

楕円形の球体になった直後、ひねり出されるように現れたのは――ミルティーユそっくりの分身だった!

『このまま全て吸い尽くしてあげる……』

『さあ、お覚悟を……』

生まれたばかりの分身たちが恨めしそうにつぶやいてる。
そして俊敏な動きで僕とリィナに襲いかかってきた。


(迎撃しなきゃ!)

かなりのスピードで迫ってくる分身体。
だがこんな時こそ慌てずに両手に魔力を込める。

ここは北の大地……すぐに魔力は冷気へと変わる。

突進してきた分身を避けながらその体に触れてみる。


(なんだ……このオーラ量ッ! 本当に分身体なのか?)

それはまるで淫界参謀ルシェの得意技である分身術のようだった。

淫気を内包したミルティーユの分身体は、一瞬触れただけでも強敵そのものだと判断せざるを得ない。


「いやあああああっ! なんでこっちに向かって来るのぉ~~~!?」

リィナは襲いかかってきた分身体をかわせずに組み合っている。

なんとかしてやりたいが、まずは僕の眼の前にいる敵を倒さないとまずい状況だ。








「ふふふふ……絶対逃さない。三人まとめて氷漬けにして、雪に閉ざされたティフォリア城の回廊に飾って差し上げますわ」

ウィルとリィナに向かわせた分身の動きを目で追いながらミルティーユが微笑む。

分身とはいえ自分とほぼ力量は同じ。
そう簡単には倒せないはず。時間稼ぎにはなる。

その間にライムを血祭りにあげる。
今のミルティーユにはそれしか頭の中になかった。

復讐。

嫉妬。悲しみ。

それら全てをぶつけるべき相手が目の前にいる。
邪悪な気持ちが無限に膨れ上がり、ティアラもそれに共鳴する。



元々彼女は、ミルティーユは穏やかな性格だった。

ひそかに自分の中で眠っている攻撃的な性格を恥じて、他人に優しく振る舞うことで精神的な調和を保っていた。

幸い生前のティフォリア王もそのことに気づいており、できるだけミルティーユに孤独を感じさせぬよう心がけていた。

その甲斐もあって彼女は愛情に恵まれた時間を長く過ごしてきた。王が消え去るその日まで。


しかし今のミルティーユには何も残されていない。

父であるティフォリア王の死後、部下を連れてクリスタルパレスから強奪したブルーティアラを被った瞬間、偶然だが彼女はライムの記憶の一部を継承してしまった。

ライムが一度だけブルーティアラを使用した時の残像思念がミルティーユの心に流れ込んできたのだ。

(これが私のお姉様……それにウィル……優しそうな恋人と、リィナ……可愛い妹のような存在。なぜこの人は、ライムは私にないものばかり持っているの? ずるい、許せない……!)

その時ミルティーユの心が歪に変容した。
愛しい父との思い出を踏みにじった憎い姉……まだ見ぬ母の愛を一身に受けた生き別れの姉をこの手にかけること。

この世で、境界線の向こうでウィルと幸せそうにしているライムを不幸にすること。
悲しく哀れな思いを正すこと、それこそが彼女の中に残された生きがいであると決め込んだ。

そして今、ついにその願いを遂げる時が来たのだ。

ここは北の大地。
自分が負けるはずはない。


「フッ、お姉さま……どこからでもかかっ…………ハッ!?」

ミルティーユが視線をライムの方へと向けると、すでにそこに彼女の姿はなかった。
その代わり自分の左斜め後ろから強烈な熱気を感じて振り返ると……

ボヒュウウウウウウウウッ!

「きゃあああああああああああっ!!!」

反射的に危険を感じたミルティーユが飛びのきながらしゃがみ込むと、巨大な火の玉が目の前を通過して空へと突き抜けていった。


「ん~、残念。頭じゃなくて足を狙うべきだったわね」

ライムはすでに戦闘態勢だった。
気配を殺してミルティーユの死角へと移動していたのだ。

「まっ、まだお話は終わっていませんのに! その下品な振る舞い、決して許……」

「じゃあ終わらせて。もう飽きたの」


「なッ!!」

ミルティーユが絶句する。
彼女は今までの人生で自分の話を遮られたことも否定されたこともないのだ。


「ホント……さっきから退屈すぎてあくびが出ちゃう」

「なんですって……!!」


「やっと会えたお姉さまに頭をなでなでして欲しいの? ミルティーユ」

挑発するライムを睨みながらミルティーユの顔色が怒りに染まってゆく。
もちろんそんなことはお構いなしで話し続けるライム。


「私の妹のくせにつまらない。話が最高につまらないわ!」

「……!!」


「親が死んで悲しい? それで生き別れの姉と母親に八つ当たり……どれだけお子様なのよ。冗談は見た目だけにして!」

冷静だったライムの目が深い紫から朱色へと変わる。
炎を宿した瞳を見て危険を感じたミルティーユは全力でライムとの距離を取ろうとするが、


「動きが鈍いわ、ミル……そのティアラに魔力を吸われてるせいかしら?」

「馬鹿な! い、一瞬で間合いが――!?」

その距離1m以内。
ライムは左手を伸ばし、ミルティーユの眼前で手のひらを開いてみせた。
すでに炎の闘気が収縮し始めている。


「お仕置きよ……吹っ飛びなさい。炎殺掌!」

掛け声とともに瞬時に膨れ上がるライムの炎熱打撃。
それは掌圧で相手を突き飛ばしながら燃やす技だった。

だが燃え盛る一撃が放たれる直前、ミルティーユは腕を交差させて氷の盾を形成した。


「守って! サウザンアイス(千枚氷)!!」

大気中の水分が瞬時に凝固する。
無数の氷の結晶がミルティーユの正面に現れた。


「こんなものッ!!」

ライムの掌で火球がさらに巨大化する。
呪文の詠唱なしに作り出した氷のガードでは、ほぼ全力のライムの攻撃を抑えこむことはできない。

ミルティーユが生み出した氷は瞬時に消滅した。

金属が弾け飛ぶような無数の炸裂音が響き渡る。


「なんて重い一撃ですの……私の防御が破壊されるなんて!」

ミルティーユは表情を変えぬまま交差した腕の隙間からライムを睨みつける。


(さすがね、お姉さま……炎のエレメントの力を完全に使いこなしている。氷の世界で私が押されるほどに……)

舐めていた。

同じ力量なら自分のほうが勝てる。

慢心していた……

しかしこの姉は決して侮れない相手。

ミルティーユは気持ちを締め直す。



(ふん、魔力のレベルはウィルと同じくらいか……でもあのガード、けっこう堅い。どうせまともなダメージは無しでしょ? これがフィールド効果ってやつなの)

ライムもまたクールな表情の裏で焦りを感じていた。

先の戦いでもウィルに言われていた懸案事項。
北の大地ではライムの力が半減するという憂い。

最初に現れたホワイトレディ程度の雑魚なら気にすることはなかった。

しかし目の前にいる自分の妹は……生まれながらにして氷と水の加護を受けている体を持つ強敵だった。


(どうしたものかしらね……)

防御姿勢を崩さないミルティーユの目を見つめたまま、ライムは次の一手を模索する。




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