『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』








(何を考えてるんだ僕は!)

ウィルは頭を振って雑念を振り払う。
一瞬でも甘い誘惑に囚われた自分を恥じた。

確かにミルティーユは美しい。
だからといってそれがライムやリィナを見捨てていい理由になるはずがない。


「どうされたのですか?」

目の前には心配そうに顔を覗き込むミルティーユがいる。

しかしその背後には彼女の分身体と戦っているライムやリィナがいる。

ウィルがどちらを見つめるべきかは明白だった。

「……」

無言でライムの救援に向かおうとウィルが決めたその時、ミルティーユは両手を大きく広げてゆく手を遮った。


「行かせませんわ……今は私だけを見て!」

「なッ!!」


「ずっと会いたかった。せっかく出会えたんだもん……絶対離したくない。今日からあなたは私の物」

蒼い瞳が冷たい輝きを放ち、彼女の背後で急速に展開される氷の壁。
それは何が何でもウィルをライムのもとへ向かわせまいとする気迫が込められた防御結界だった。

しかしウィルは張り詰めた氷を砕くことも割ることもなくミルティーユの横を通り過ぎていった。


「……話を聞いてあげられなくてごめん」

「――えっ? そんな!?」

元々スライムバスターとして氷の魔法には長けている。
目の前の壁が氷で出来ているのなら、組成を変えてすり抜けることなど彼にとって難しいことではなかった。


(とにかく今はライムを助けてあげないと!)

結界を抜け、呼吸を整えてからウィルは目を大きく開いた。

少し離れたところで羽交い締めにされているライムが見える。
リィナは彼女を助けに行こうとしているけどもう一体の分身に阻まれている。
どちらも手助けが必要な状況だと判断する。


『その子は炎の力を吸収してくれますわ。たっぷり遊んでもらってね、お姉さま』

ミルティーユはたしかそう呟いていた。
分身とはいえ彼女の冷気は強力だ。

しかも炎を吸収する特殊能力まで付与されていると言う。
そうだとしても分身が水属性なら、氷の魔法で力を相殺してうまく倒せるかもしれない。

(よしっ、ライムを助けよう!)

あとで彼女には叱られるかもしれないけど、万が一にもライムを失うようなことがあってはならない。
女王様との約束、それにルシェからの期待……どちらも裏切れない。

しかしライムを拘束する半透明の分身体まであと数メートルに迫ったところで、ウィルの足が何かに引っ張られた。


「なぜ……また私だけが裏切られるのです!?」

彼とライムの間に本体のミルティーユが割り込んできた。

体中に氷のオーラを纏い、目標に向かって飛びかかろうとしたウィルを上回る冷気が周囲に立ち込める。

キリキリと音を立て、空気が凍りついてゆく。


「ミルティーユ……!」

目の前で静かに怒りを爆発させる氷の女王を見てウィルは言葉を失う。

さっきと違って明らかに怒りと憎しみが満ち溢れた表情。
そしてブルーティアラによって増幅された氷のオーラがウィルを圧倒している。

ミルティーユの全身にみなぎる殺気はすさまじく、もはや親近感などかけらもない。


(なんてことだ、これじゃあ氷を相殺できない。ライムに近づけない!)

ウィルはしかたなく彼女に向き直り、戦う意志を示す。

その間にもライムは徐々に衰弱してゆく。
彼女の全身を包んでいた炎の力がだいぶ弱まってきているのが離れたところでもわかる。

(少しだけ待っててくれ、ライム!!)







氷壁で遮られた向こう側、ライムの体を抱きしめるミルティーユの分身は薄く笑っていた。


『終わる、吸い尽くしてあげる……フフフフフフ』

それは勝利を確信した囁きだった。
羽交い締めにした真紅の髪を持つ強敵が放つ強烈な炎の闘気が徐々に弱まってゆく。

吸収し続けていた炎の力も今や風前の灯。
あと数分、いや数十秒もあれば敵は行動不能になる。

そうなれば氷の柱に封印術で閉じ込め、本体であるミルティーユに同化すれば任務完了である。

刻一刻とその時間は迫ってくる。

『もうすぐ終わる、これで……』

一瞬だけライムの体が脱力した瞬間、ミルティーユの分身は妙な違和感を覚えた。

ビキッ……

「!?」

不吉な音が自分とライムの間から聞こえてきた。
ただそれが何なのかわからない。

ギチッ、ベキッ……

「グアッ!!」

本能的に感じる脅威。そして自らの肉体に起こった変化に思わずうめき声をあげる分身。


『ア、アアアアア! 熱い!?』

慌てて拘束を解いて身を引こうとしても今度はライムから離れることができなかった。
敵を抱きしめた腕が、触れ合っている部分全てが剥がせない。


「ねえ、分身のアンタに言っても仕方ないことだけど……この程度で勝てると信じちゃったの?」

『な、何を……あああッ、アギャアアアアアアアアアアアア!?』

その時になって分身体は気がついた。
自分が抱きしめている敵が、自分にとっては天敵の属性に変わっていたことを。

水の魔力が吸収されてゆくと同時に拘束していた腕が半透明の輝きを失い濁ってゆく。

「ウィルのせいでね、私の体には3つも余計な魂が宿っているのよ」

「!?」

ミルティーユの分身にはその情報は記録されていない。
しかし目の前では明らかにさっきとは様子の違う敵が反撃の意思を示し始めている。


『なっ、これは、吸いとられる……』

柔らかで張りのあるライムの肌が硬化してゆく。
それはまるで鉱石のように鈍い光を放ちながら彼女を包み込む鎧のようで……

「出てきてメタリカ! こいつを蹴散らして!!」

ライムはそう叫んでから一瞬だけ気を失った。
そして再び顔を上げた彼女はいつもと違って無邪気で残虐な笑みを浮かべていた。

表情だけじゃない。髪型も違う。髪の色も違う。
そして何よりも身にまとうオーラは紅の炎とは程遠く、孤高の鈍いきらめきを放っていた。

「えいっ!!」

口元を歪ませた彼女は体に力を込めると、拘束する分身体の腕を一瞬で振り払った。

『ひいいいいっ、ぎゃあああああああ!!!』

悶絶するミルティーユの分身。
それは振り払うというより、自分の体に吸い付いた水属性の腕ごと引きちぎるように強引に体を回転させただけの行為だが、自分を拘束する敵を一蹴するに充分な反撃だった。


「余計な魂って言われたら傷ついちゃうけど、ここはボクに任せてよ!!」



ライムの中に宿る魂の一つ、はぐれメタルのメタリカが目を覚ました。



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