『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』







「そろそろお姉様がやってくる頃かしら」

 氷の城、ティフォリアの玉座の前でミルティーユは不敵に笑う。

 彼女の隣にある魔力の繭、通称「氷の棺」は、ブルーティアラによって生み出された空間である。
 閉じ込められた対象は魔力の繭によって永遠の快楽を味わうことになる。
 やがてその繭が孵る時、一人の従順な戦士が誕生するのだ。

「早く逢いたいわね」

 内部を見つめながら、ミルティーユは目を細める。

 最愛の人が敵になった時、あの憎らしい姉はどんな顔をするのだろう。

 愛する対象が自分から妹へ移った時、どれだけ悔しい思いをするのだろう。

 真紅の瞳が薄汚い灰色に変わるのだろうか。

 ライム、ライム、ライム――
 その名を思うたび、彼女の中で憎しみは無限に膨れ上がる。

「お姉さま、早く来て。逢いたいわ」

 もちろん迎撃態勢も万全だ。
 ミルティーユは彼らが退却した後、もう一度戦場へ足を運んだ。
 その時に見つけた転移の術式は全て回収してある。
 あのマルクと呼ばれたウィルの弟子が、小賢しいことに複数のポイントを設置していったのだ。

 ダミーを含め十箇所以上にも及ぶワープポイントは、城内の大回廊に集められた。

 彼らが転移してきた際は、ポイント付近に待機させている氷の衛兵たちが返り討ちにする。

 慌てたところでもう遅い。
 多勢に無勢で、すぐさま対処できるはずもない。殲滅は容易い。

 ミルティーユは一睡もせずその時を待つ。
 興奮で目が冴えて眠れないのだ。
 もうすぐ訪れる最高の瞬間のために。

「ふふ、ふふふ……あーはっはっは! お姉さま! お姉さま! お姉さま~~!!」

 思わずミルティーユが立ち上がったその時、目の前の空間が僅かに歪んで見えた。
 何か悪い予感を覚えたミルティーユが、素早くその場を飛び退く。

「こ、これは……空間座標指定!?」

 空間の歪みは次第に大きな亀裂となって広がり、人が通れるほどの大きさとなる。
 ワープポイントに頼らない転移術だった。

 そして亀裂の向こうから声がする。

「……だいたいこの辺りのはずですわ」

「だいたいって何? 参謀のくせにどうなのよそれ? ポンコツね」

 相手は二人。そのうち一人はミルティーユに聞き覚えのある声だった。
 本能的な危機感から、彼女は亀裂付近に氷の罠を仕掛ける。

「あれ、出られないじゃない?」

「きっと罠でも仕掛けたのでしょう。ではこちらから……」

 亀裂の向こうでそんな声が聞こえた次の瞬間、ミルティーユの左肩が強く掴まれた。


「あ、あなっ……ライム!」

「待たせたわね」

 驚きに顔をひきつらせ、ミルティーユはその手を振りほどく。

 突然できた新たな空間の亀裂から、ライムともう一人、緑色の髪をした美女が現れる。


「あら、ブルーティアラ強奪の姫様ではないですか」

 初めて間近でミルティーユの姿を見たルシェは、改めて自己紹介をした。


「ルシェ……!? 淫界参謀がこんなところまで何を」

「私はただの道案内役ですわ。あとは貴女たち姉妹でどうぞ」

 そう言い放つと、彼女はライムに背を向けた。


「助かったわ、ルシェ。さっきのポンコツ呼ばわりは撤回してあげる」

「そんなお礼はいらないです。さっさとウィル様とティアラを」


「わかってる。任せて」

 ライムは自信たっぷりに言う。
 ルシェは彼女を一瞥してから、玉座の間を出ていこうとした。


「お待ちなさい! 勝手な振る舞いは許しません!」

 ミルティーユの声とともに、空気中に氷の矢が形成される。
 そのままルシェの背中に向けて無数の矢が放たれた。

「ふん……」

 しかしその矢が背中に突き刺さる前に、ライムは炎の壁で全てを防ぎきった。
 コツコツと音を立てながら、ルシェは悠々と姿を消した。

「あんたの相手は私でしょ? 妹」

「お、おのれ……お姉さま、何処まで私を怒らせれば……」

 ミルティーユは美しい顔を歪ませ、場内に響き渡るような大声で叫ぶ。

「衛兵たちよ、私を守りなさい!」

 その声は魔力によって拡声され、ワープポイントを監視していた衛兵たちを含む全てに伝わる。


「あの悪名高い淫界参謀もこれで終わりよ。もちろんお姉さまもね!」

 得意げに鼻を鳴らす妹を見て、ライムは大きくため息を吐く。

「あのね、兵隊の数が多けりゃ良いってもんじゃないでしょう。それ以前にルシェが簡単にやられるわけないし」

「なっ……」

「あいつとは何度も戦ってるけど、とにかくしぶといのよ。だから妹のアンタでも無理だと思うわ」

 ルシェを倒せたら褒めてやる、とでも言いたげなライムの言葉にミルティーユは呆気にとられた。

 ライムはチラリと氷の棺を見る。

「悪趣味ね……」

 魔力で満たされた繭の中に浮かぶ影を見て舌打ちする。彼女にはそれがウィルだと認識できた。

「あら、気づかれましたか? お姉さまの愛しい人はもうすぐ私のものになるのです!」

 ライムの表情が曇った様子を見て、畳み掛けるようにミルティーユは続ける。

「あの繭の中にいるうちに、すっかり私の虜になってしまうのです。ティアラで増幅した私の魔力を充分に吸収したウィル様は、屈強な氷の戦士として私の――」





 その時、氷の棺に小さな亀裂が走った。








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