『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』








――ティフォリア城・大回廊~玉座の間にて。ルシェの手記。



 玉座の間に空間座標を設定し、無事にライムを連れて転移できたのは僥倖だったと、ルシェは思う。

 スライム女王の娘であり、最強の手駒であるライムと、氷の女王・ミルティーユの一騎打ちをお膳立てできたのだ。

 淫界参謀としての自分の役割は十二分に果たしたと言えよう。

 しかし、敵の王を討つためにこちらが最強の駒を出して戦う構図など、彼女にしてみれば下策中の下策であり、まったくもって美しくない。
 格の劣る兵を大量に投入して勝利をもぎ取れば結果は同じわけで、むしろ最強を温存することで生まれる余裕がある分だけ良いと常々考えていた。

 ミルティーユが用意したであろう、回廊から溢れんばかりに集結した衛兵たちを眺めて自分の考えは正しいと思う。


「それぞれは大した強さではないですが、数が多すぎませんこと?」

 呼吸の乱れは見せないものの、ルシェは疲弊していた。

 分身を数体生み出し、それぞれ衛兵たちと戦わせてみたところ、氷でできた体にはスライムの技が通じにくいことがわかった。

 氷結するため、一体ずつコーティングすることは難しく、敵の凍った体を機能停止させるのは労力を要する。
 物理攻撃に対してはそれなりの強度を持っており厄介だ。

 それら以上に彼女を苛つかせたのは、氷の女王の頭の悪さだった。

 北の大地に生きる動物たちを問答無用で魔力漬けにして、氷の呪法で言いなりにしている。
 戦いに適していないものまで、戦いに投じるのはただの資源の無駄遣いだ。

 とは言え、窮地には変わりなく、ルシェは数十体の衛兵たちに取り囲まれていた。

 体を砕かれ、片腕になった衛兵が彼女に氷槍を突きつける。ルシェはその冷たく光る刃の先を見つめながら、座り込んでいた。


「万事休す、といったところかしら。別に、まあ……構いませんが」

 特に悔しさはない。役目は果たした。それは事実なのだ。
 この後はライムがなんとかしてくれる。そう思うと少しは気が楽になれた。

 もはや新たに分身を生み出すための魔力チャージには少し届かず、彼女に出来ることは玉砕覚悟の攻撃魔法くらいだった。

 その覚悟を固める直前、視界の端で衛兵たち数体が宙に舞った。


「うきゃああああああああああ~~~~~~~~!!」

 鈍い衝突音と、どこか間の抜けた声が氷の城に響き渡る。

「マルクくん、こっちこっち!」

「わ、わかった!」」

 その声に続いて、重力魔法で次々と衛兵たちが平らに潰されていく。そしてルシェの目の前にいた衛兵は、先程の奇声の主が体当たりで粉砕してしまった。


「ルシェ様、助かりました~~~~~~~~!!」

「リイナ! なぜここへ……」

 驚くルシェに飛び込むように抱きつくリイナ。
 その背後で一人の青年が、立ち上がろうとした衛兵に再び重力魔法を浴びせた。


「本当に危なかった。こちらへ引きつけてくれなければ僕達二人は今頃……」

 リイナとともに、駆けつけてきたのはマルクだった。
 二人はルシェたちに少し遅れてワープポイントにたどり着いたのだ。

 先行したルシェとライムが、予想以上にミルティーユへ接近したおかげで、
危機を感じた氷の女王は自分を守るように指示を出した。

 結果的にワープポイントで待ち伏せしていた兵は居なくなった。

 うまい具合に陽動できたのだと、ルシェは理解した。そして立ち上がり、二人に次の指示を出す。


「この狭い回廊を守りきりましょう。そうすればきっと――」

 あとはライムが解決してくれるという言葉を、ルシェはぐっと飲み込んだ。




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