『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』






――玉座の間へ続く回廊。


背後で響いた轟音に、ルシェたち三人は一瞬だけ動きを止めた。

「今の波動、炎のエレメントでは……」

「ライムお姉さま、キレちゃったの!?」

 怯えたような反応の二人と対照的に、ルシェは唇の端を歪めた。

「いよいよ大詰めってところね。うまくやりなさいよ、ライム」






――そして玉座の間。




 炎のエレメントを解放して、精霊力を上乗せした彼女の物理攻撃は、
 彼女が見上げるほどの巨大な岩石さえも打ち砕くことができる。

 その力が今、全く容赦なく無防備なミルティーユに打ち下ろされたのだ。

 突然のことにミルティーユは思わず目を瞑ってしまう。しかし……

「えっ!?」

 その声は彼女自身の驚きだった。

「ほらね。引っかかったわ」

 続いてライムの声。心なしか満足そうだ。
 その様子をウィルは呆然と見つめている。

 炎を一点に集中した一撃……顔面に打ち下ろされたライムの拳を、ミルティーユは右手でしっかりとガードしていた。
 熱に溶かされた氷の盾が砕け散り、同時に炎もかき消される。


「なぜ私……っ、ぐうう、あうううぅぅっ!!

 戸惑いながらミルティーユが苦しみ始める。程なくして彼女は脱力してしまった。
 ウィルは呼吸を確かめるようにミルティーユの胸に耳を当てた。

 すると彼女の背中から抜け出すように、紫のシルエットがぼんやりと浮かび上がった。


「ライム!」

「大丈夫よ」

 ウィルが叫ぶと、ライムは予想通りと言った様子でシルエットを睨みつけた。


「イツカラ気付イテイタノダ……」

「ここに来る前からよ」

 紫色のシルエットは、忌々しそうに言葉を絞り出す。

 その影は完全にミルティーユから分離して、玉座に腰掛けるようにして揺らめいていた。


「はじめましてお父様。いいえ、先代ティフォリア王」

「……」

 影は答えない。しかしそれは何よりも雄弁な肯定だった。


「ミルを操って、クリスタルパレスに潜入した時、記録映像の使い魔に気づかなかったのは失敗だったわね。それともわざと残したのかしら? いずれにしても許すつもりはないけど」

「どういうことなんだい、ライム」

 ウィルが不思議そうに尋ねる。
 真っ先に映像を見た彼には、こんな紫の影を見つけることができなかったのだから。


「ナルホド、エレメントノ影響カ……」

「そうね。私には貴方が見えていた。ミルと初めて出会った時からずっと」

 ライムは感じていた。
 不思議なくらい鼓動が共鳴していることに。

 そしてミルティーユと対峙した時の自分が、驚くほど冷静であったことに。
 運命を感じる何かよりも、運命を脅かす何かを彼女自身ではない別の存在が発していたことに。

 紫色のシルエットは、間違いなく彼女たちの父・ティフォリア王の魂だった。

 彼は死の間際、血縁関係が有り、純真無垢なミルティーユの心に寄生した。
 シアノから受け取った水のエレメントの力と、自らが所持していた炎のエレメントの力を悪用して禁術を発動したのだ。

 だが依代であったミルティーユの心が、ウィルによって完全に闇を打ち払われた。
 その結果、彼女にはもうこれ以上寄生できなくなったのだ。


「ライムヨ、我ガ娘ヨ、何ヲ望ム」

 観念したように影は言う。

「何も要らない。ただ消えてほしいの。これ以上、ミルの思い出を汚さないで。素敵な父親のままで居て欲しいの」

 ライムの言葉に影は押し黙る。

 初めての娘との対話が、二度と会えなくなる決別の誓いだということにウィルは同情した。



「ソウカ……デハ、ソウスルコトニシヨウ」

 諦めたような、どこか切ない声で影は告げる。

 やっと出会えた自分の娘に拒絶され、現世に留まる意味もない。

 その気持を察したライムの表情に寂しさが灯ったその時だった。



「コノセカイト、トモニ滅ブガイイ!」

 突然、ティフォリア城を大きく揺るがす大地の鳴動が彼らを包み込んだ。









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