『スライムバスター3 ~境界線からの使者~』
大地を揺るがす鳴動は、境界線の向こうまで鳴り響く。
慌てふためくクリスタルパレス内で、スライムの王女であるシアノは感じ取っていた。
この激しい揺れが、かつて自分が愛していた北の大地の王・ティフォリアの放つ断末魔の叫びであると。
玉座の間の窓に駆け寄り、ライムが外の様子を窺う。
そこは白い地獄絵図だった。
「話が違うじゃない!」
ライムが叫ぶ。
同時に眼下の雪山が崩れ、緑の森を巨大な雪塊が覆い尽くしてゆく。
空を見れば異常を察知した鳥たちが大挙して同じ方向へと連なり、飛び去っていくのが見えた。
テイフォリア王は世界へ復讐を誓っていた。境界線の存在をなくすために世界を滅ぼす。
彼にとってそれは当然のことだった。
境界線さえなければ、シアノとともに過ごすことができた。
境界線さえなければ北の大地を緑で潤すこともできた。
境界線さえなければ……
大いなる偉業を、自らの力で成し遂げる。
そのために、世界の水の半分を氷塊に変えることにした。
達成するためにはブルーティアラの力が不可欠だった。
だからクリスタルパレスに潜入した。
体内に宿るエレメントの共鳴が、ライムに王の考えを全て伝えてくれた。
「ライムヨ、何ヲ言ウ。望ミハ叶エル。タダシ、オ前タチ全員ガ我ノ共ダ……」
その狂気の言葉を最期に、ティフォリア王の魂は完全に消滅した。
「どうしたのですか! 衛兵たちは皆沈黙しましたが、先程の地鳴は……」
言葉を失ったまま外を見つめているライムに、ルシェが声をかける。
少し遅れてマルクとリィナも到着する。
窓際に駆け寄り、世界が崩れ行くさまを見てすぐに彼女は言う。
「なんてこと……急いで退却しましょう。マルク、転移術をすぐに用意して!」
「わかりました!」
「……無駄よ。逃げ場はないわ」
「っ!!」
ライムの言葉にルシェは絶句する。
その場にいる全員に向かって、魂が消失する寸前、ティフォリア王と意識を共有した事実をライムは語りだした。
王は全てを凍りつかせるつもりだ。
エレメントに蓄えた魔力で、雪山を崩し、溶かし、海水面を上昇させるつもりらしい。
「このままだと私達だけの問題じゃなく……人間たちも死ぬわね。大量に」
「どれくらい……?」
「たぶん3割から5割は……沈むんじゃないかしら? それに大陸の殆どが凍りつくわ」
ライムがそう話した時、ミルティーユが目を覚ました。
「そん、な……私は、今まで一体何のために……」
「おはよ、ミル。状況は掴んでいるみたいね。とりあえずブルーティアラ、出しなさい」
王の魂に肉体を乗っ取られた間も、彼女の意識は目覚めたままだったという。
ミルティーユは黙ってライムにティアラを差し出した。
「さて、と……私の魔力だけで氷を止められるかしら」
「リィナもお手伝いしますぅ!」
「やめて。死ぬから」
「はううぅぅ……」
しょんぼりするリィナの頭にライムは手を載せる。
こんな時、可愛い後輩の彼女の気持ちはとても暖かく染み込んでくる。
それだけで十分、自分は幸せ者だとライムは思った。
元々これは自分の父の尻拭い、犠牲は自分だけでいい。
そしてティアラをかぶった時、
「いいえ、お姉様では無理ですわ」
冷静さを取り戻した声でミルティーユが手を挙げる。
「氷を元通りにするのは私に任せて下さい。せめてもの償いをこの手で。全ては私の心の緩みが――」
「自分を責めないで、ミル」
悔しそうに歯ぎしりする双子の妹を、ライムは優しく抱擁する。
「寂しくさせちゃってごめんね……言い訳はしないわ」
「!!」
囁かれた言葉に、ミルティーユが一筋の涙を流す。
「でも、ライム、お姉さま……」
言葉を紡ぐミルティーユの唇を、そっとを人差し指で抑えながらライムは続ける。
「それと今まで、ごめんなさい……貴女を本気で傷つける気はなかったの」
心底申し訳なさそうに謝るライムに、ミルティーユは優しく微笑みかけた。
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