Elbereth

 階段まで来ると、振動がはっきりと感じられた。天井からぱらぱらと塵が降ってくる。
 家を壊す気か。
 階段を駆け下りると、古臭い電球に照らし出された一枚の扉が向こう側から断続的に強い衝撃を加えられて、今にも吹き飛ばされそうな重い悲鳴をあげていた。なるほど、これでは怖くてのこのこと鍵を挿しに近づくこともできない。
「おい。やめろ……」
 無駄だとは思いながらも呼びかけてみたが、やはり無駄だった。そのかわりに何かを訴えかける如く、扉から何かが飛んできた。
 ……ネジだった。
 すまない。手遅れみたいだ。

 不快な金属音とともに蝶番が弾け飛んだ。そして、扉はスローモーションでこちら側へと倒れこむ。
 扉は鉄で補強されているにも関わらず軽く「く」の字に折れ曲がった変わり果てた姿でその役目を終えた。

 やがて舞い上がった埃が薄らぐと、扉を踏み越えつつ、影の向こうから人影が現れた。
 闇を纏ったような丈の長い黒のナイトドレス。それに何とも似つかわしくない、両手に構えた掛け矢。完全に据わった目。
 恐い。
 ……殺される。
 そんな風に恐い。

「やあ。久しぶり」
 あえて呑気な挨拶を繰り出すと、彼女は掛け矢を放した。ごろりと音を立てて自らが粉砕した扉の上に転がる。
 そして彼女はスカートを摘むと、こちらを見据えながら足早に向かってくる。
「啓蟄にはまだ少し早……痛っ!」
 向かってきたそのままの勢いで、僕の足を蹴りつけてきた。
「冬眠明けだってわかっているなら、その陰気な顔をわざわざ見せないで頂戴」
 ……これだ。
 まあ、掛け矢で殴られなかっただけ増しかもしれない。
「たまよ! たまよ!」
 それっきり僕を無視して通り過ぎ、メイドを呼び付ける。階段の上に居たのか、メイドはすぐにやってきた。
「お、お早うございます、柊柯様」
「庭の梅は咲いた?」
「はい、それはもう」
「そう。おふろに入るから着替えを」
「はい、すぐに」
「それからごはん」
「はい、用意しておきます」
 ……こうして春の嵐はやってきた。

 そういえば、もう梅が咲いたのか。

Elbereth

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