Elbereth
バラが咲いたとメイドが言ったので庭に出てみた。
空は一面灰色で今にも一雨降ってきそうだった。
ああ、もう5月か……なんとなくそう感じた。
まあ降り出すまでは涼しくて過ごしやすくはある。
バラの木の下には柊柯がいた。
一瞬、思わず近づくことが躊躇われたが、少女1人が庭にいたからといって回れ右をするのも情けないのでそのまま真っ直ぐ歩いた。
白一色を身に纏った柊柯は何やら手を伸ばしてバラの木を押すようにしていた。相変わらず不審な行動をしている。
「添え木にでもなりたいのか?」
緑のアーチを潜りながら先手を打ってやる。
眼鏡を掛けて来なかったのでよくわからなかった状況が近づくにつれて徐々に鮮明になってくる。柊柯はバラの棘を指で触っているようだ。
「バラ」
呟いた。
「バラだな。見ればわかるよ。バラくらい」
「そうじゃなくて」
柊柯は少しも視線を動かすことなく、まばたきさえ煩わしげにじっと指先を凝視している。
「バラになりたいの」
「……なんで?」
「バラはどうしてとげとげなのか知りたいから」
「そうやって棘に触っているとわかるのか?」
「他にどうするの?」
「植物の本でも読めば書いてあるんじゃないか?」
「本なんか開いたってとげとげのバラでいる気持ちはわからないじゃない……」
バラの木と柊柯の体が微かに震えた。
「……っ!」
柊柯は棘に触れていたその指でさらにバラの木を押したのだ。そんなことをしたら棘が刺さるに決まっているのに。
「おい」
すぐに血が流れ出し、ゆっくりと指の腹を赤い糸が伝う。柊柯はまだ見つめている。
「おい!」
堪り兼ねて僕はその左腕を掴み、バラから引き離した。
「痛い!」
「あ……ご、ごめん」
反射的に謝ってしまってからその後に、何故謝らなければならないんだろうと思った。
蓋を除かれた傷口からは勢いを増して血が溢れる。ポケットを探ってみるが、何も入っていない。
「ハンカチ?」
「うん……でも、ない。庭に出てきただけだから……」
「ハンカチなの?」
「……は?」
「ハンカチがいいの?」
意味がわからない。
そのまま黙っていると、柊柯は僕の顔に向けて手のひらをかざした。
「ハンカチがいい」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない」
「嘘でしょ?」
「……嘘じゃない!」
半ば振り払うようにして僕はそこから離れた。
Elbereth
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